ラスト・チケット

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
20 / 58
三上 靖

第3話 俺の三日目

しおりを挟む
――三日目――

「真由美、それじゃあちょっくら行ってくるわ」

 聞こえないとわかっていても声はかける。
 ひょっとすると、なにか通じるものがあるかもしれないからだ。
 店を出て者両を探す。
 これもすんなりと見つかり、乗者して向かったのは沖縄だ。
 どのくらい時間がかかるかわからないから、遠いところから攻めてみることにした。

「あつ……湿気があるから余計に暑い気がするんだよな」

 ここへは真由美と一緒に新婚旅行で来たんだった。
 恩納村のホテルに泊まって、水族館に行ったりボートやシュノーケリングをしたっけ。
 移動中、よみがえってくるのは楽しい思い出だけで、つい頬が緩む。
 ホテル近くにあったお店は、幸いにも今も健在で、俺は中華街でしたことを繰り返した。

「やっぱりうまいな、肉……こんな海の近くで肉ってなんだよ? って昔は思ったんだよな」

 そのときも、海の幸を食べたかったのにと、俺は大きく肩でため息を漏らし、真由美に叱られたんだ。
 結局、食べてみればやたらとうまい肉で、俺は食べ過ぎて眠れないほどだったっけ。

――新婚旅行の初日で動けないほど食べるって、バカなんじゃないの!
――そんな怒るなって……ホントごめん。
――靖って、いっつもそう。自分の胃袋の加減ぐらい自分でわかるでしょ!
――そんなこと言ったって……ゲエッフ!

 自分でもびっくりするくらいのゲップが出て、真由美をさらに怒らせてしまうんじゃあないかと、おずおずとその顔を見ると、真由美は怒るのを忘れて大笑いをしたんだ。

――なに? 今のゲップ! そんなの初めて聞いた!

 ゲラゲラと笑う姿に、俺もつい笑ったんだった。
 こんなこともあるだろうと思ったといって、スーツケースから胃薬を出してくれた。
 初夜がこんなことで腹が立っただろうに、なんだかんだで結局は許してくれる。
 このあとも、二人で沖縄のあちこちをめぐり、楽しい思い出をたくさん作ったんだ。

「そういえば当時の写真なんか、まだ残っているんだろうか。帰ったら見てみたいけど、自分じゃあみられないからなぁ」

 あぐー豚の料理やソーキそば、チャンプルーなどいろいろな料理を一口ずつ堪能し、俺はまたすぐに空港へ戻り、ちょうどいい者両をみつけると、今度は福岡に移動した。
 空港から天神に移動して、豚骨ラーメンを食べ歩く。
 実際に廻ったときとは違って、腹がいっぱいにならないぶん、いくらでも味だけを堪能できてありがたい。
 本場の豚骨ラーメンは匂いがどうこう、なんて言われていたけれど、俺も真由美も気になったのは少しだけだった。

「ストレートの細麺が本当にうまかったんだよなぁ」

――靖と一緒にいると、食べてばっかりだから太っちゃって嫌だわ。

 そうこぼしていたっけ。
 このころ実際、結婚前に比べると二十キロ近く太ったらしい。
 ダイエットだなんだと、やたら騒いでいたものだ。
 俺はそんなの気にしやしないのに。

――靖も太りすぎじゃあない? 健康でいなくっちゃ、店なんか続けられないわよ。

 そう言って野菜ばかり出されていた時期を思い出す。
 赤身や鳥の胸肉がパサついて味気なくて、耐えきれなくなって二人してとんかつだなんだと、油分の多いものに走り、結局は痩せなかった。

「まあ、それでもあれこれ考えた飯を作ってくれたけどな」

 それからは大きく体重が増えることはなかったのを思うと、真由美が頑張って太りにくくてうまいメニューを考えてくれたからだろう。
 そのあとはもつ鍋の店を廻り、夜になって俺はまた自宅へ戻ってきた。
 店は当然、閉まったままで、もう夜も遅いからか、真由美は眠っていた。

「あのな、俺、今日は沖縄と福岡に行ってきたんだよ。相変わらずうまいもんばかりだったよ」

 眠っている真由美に話しかける。
 いつもだと、あんたばかり旅行に行ってずるいとか、そんなに食べてばかりでそれ以上太ったらどうするのとか、あれこれ言われるのに。
 一方通行の会話に寂しさを感じて、肩で大きくため息をつく。

――もう! 貧乏神がくるからそんなため息をつかないでったら!

 急に真由美がそう言い、俺は驚いて枕もとでその顔をのぞき込んだ。

「なんだ? 寝言か? 夢でも俺はため息ついてんのかよ」

 ぐっすり眠っている真由美をみつめ、俺は思わず苦笑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

七色の心臓

九頭坂本
ライト文芸
完結済み。約十万文字の作品です。 あらすじは後々書くかもしれません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...