ラスト・チケット

釜瑪 秋摩

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三上 靖

第2話 俺の二日目

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――二日目――

 夕べは日付が変わるころまで真由美は帰って来なかった。
 帰ってきたときは焦燥しきっていて、みていられないほどだった。
 今朝になって、左隣りで焼き肉店を営んでいる伊勢いせさんの奥さんや、右隣りでラーメン屋をやっている長山ながやまさんの奥さんが来てくれて、促されてあちこちに連絡をし始めた。
 どうやら火葬場が混んでいるらしく、通夜が五日後で告別式が六日後だという。

「おいおい……通夜は七日目なのか……」

 結構先だ。しかも最終日とあっては、最後まで見られないかもしれない。
 仕方がないことだとわかっていても、また、ため息がでる。

「そうしたら……それまでどうするかなぁ……真由美についていてやるのもいいんだろうけど……」

 ご近所さんたちが親身になってそばにいてくれるなら、声すら届かない自分がいるよりは、早く気持ちの整理がつくかもしれない。
 真由美は決して弱い人間じゃあないから、俺がいなくなって寂しく思ってはくれても、立ち直るのは早いはずだ。

「とりあえず思い出の場所をいくつかめぐってみるかな」

 そう考えて店を出た。夜までに戻ってきて真由美とはそれからまた一緒にいればいい。
 スルリとドアをすり抜ける。
 最初に帰ってきてドアをすり抜けたときは驚いた。怖い話しなんかだと、誰も来ていないのにドアが開いた、なんて聞いたりするから、てっきり自分の手でドアを開けるものだと思っていたのに。
 外に出てからまずどこへ行こうか考え、俺は横浜に行くことに決めた。
 青い者両がいくつか現れ、俺はやっぱり一番数字の小さいのを選んだ。

「そう遠くはないけど、行くのは久しぶりだなぁ」

 懐かしさに、俺は関内までいかずに桜木町で者両を降りた。
 昔はここから歩いたものだ。
 そう思ったのに、実際降りたらあまりの変わりように驚いた。

「えっ……なんか知らんビルがやたら建ってやがる……」

 基本的な通りは変わっていないんだろうけれど、俺の知っている景観じゃあない。
 とりあえず住吉橋を渡り、横浜スタジアムに向かって歩き出す。馬車道で曲がってから海岸通りに出てまた驚いた。

「いやいや、ここらもずいぶんと変わったもんだなぁ」

 自分の記憶とだいぶ違うことに戸惑いながら、そのまま山下公園に向かって歩き出す。
 この辺りは変わっていなくてホッとする。マリンタワーも懐かしい。
 ゆっくりと散策しながら、目的の中華街へと足をすすめた。
 南門から入って大通りを歩いていると、カフェやら占いのお店が多い。

「タピオカドリンクって……そんなもんまであるのか」

 昔は丸焼きの鳥が店頭にたくさんぶら下がっている店が多かった。
 無造作に袋詰めされたような茶葉やライチ、なぜかヤシの実が売っていたりもした。
 今は全部が小ぎれいだ。

「食べ放題の店なんてのも、増えたんだなぁ」

 昔、良く通った小さな中華料理店を思い出した。雑居ビルの一階が調理場で、二階と三階が客席になっていて、炒飯と玉子スープがやたら安くてうまかった。
 その店を思い浮かべたけれど、者両は一つも現れない。
 もうなくなってしまったんだろうか。
 ふと、長野から出てきて最初に勤めた店を思い浮かべる。大きな店だったから、いまも健在なんだろう。者両がいくつか現れたので、俺はそれに乗った。
 者両は店内に入っていく。

「ここも奇麗になったもんだな」

 懐かしさに下者を忘れ、そのまま隣の椅子に腰をおろし、店内を眺めた。
 制服も変わっている。きっと調理場も変わっているんだろう。
 いろいろと考えていると、者両が頼んだ料理が運ばれてきて、食べ始めた。
 俺の口いっぱいに、五目炒飯の味が広がった。

「うんまっ!!! えっ? 乗ってると味を共有できるのか?」

 感動に打ち震えていると、者両が何度か首をひねった。

――おかしいな……今日はなんか味が薄い。

 ヤバい。
 共有したぶん、者両のほうは本来の味を味わえていないようだ。
 俺はあわてて下車をした。
 すると今度は、者両が満足そうな表情に変わった。
 ちゃんと料理の味を味わえているんだろう。

「これは……ひょっとすると、なかなかいい体験なんじゃないか?」

 ぐるっと店内を見渡して、今度は小籠包を食べようとしている者両に飛び乗った。

「あっつ!!! いやでもこれもうまぁ~!」

 調子に乗って、あちこち乗り換えては一口だけ共有させてもらった。
 満腹感は感じないけれど、満足感は相当に満たされる。
 店内にいた者両をくまなく回ると、俺は外へ出て、行ったことのある別の店を思い浮かべ、同じことを繰り返した。

「へえ、この店はちょっと味付け変わったみたいだな……」
「ほうほう、今はこんな料理も出しているのか……」

 数件めぐりながら、俺の店で出すならどうしよう、こうしよう、などと考えてハッとした。

「もう作ることはないのに、俺はなにをやってんだか……」

 いろいろな料理を味わった満足感とは裏腹に、自分が調理場に立つことはもうないという寂しさが溢れた。
 トボトボと街なかを散策しながら、それでも明日からのことを考える。
 記憶や思い出は全部が料理に繋がっていて、俺はとりあえず思い浮かぶかぎりをめぐってみることにした。
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