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今野 洋平
第8話 旅立ち ~今野 洋平~
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白の間へ戻ったとき、ちょうど期限の二十時四十三分だった。
今、もう数分が経っているはずなのに時計はそのままだ。
ここでは時間が動かないのか。
「今野さま。七日間、お疲れさまでした。有意義なお時間を過ごせましたでしょうか?」
「どうでしょう……ずっと家族のそばにいたので、満足感はあるんですけど……正直に言うと後悔と寂しさばかりです」
浮かんでくるのは仁美と楓のことばかりで、楓の成長を仁美と一緒に見守っていきたかった。
サキカワさんはずっとほほ笑んだままだ。
「そうですか……急なことですから、そう仰られるかたも多いんですよ。さて……それでは、チケットをお返しいただきます」
サキカワさんが胸のあたりで手にしている黒革のトレイに、オレのチケットが吸い寄せられるようにして乗せられた。
「あと、こういうことは隠していると不利になりそうなので先に言いますが、オレは兄にとり憑いてしまいました」
生前、憎かった人に復讐をしたり悪意を持ってとり憑いたりしてはいけないと注意をされていたにも関わらず、兄に憑いて父親を殴ってしまったことを伝えた。
「これってやっぱり、大変なことになるんですよね……この白の間には戻れたけれど……」
サキカワさんは急に真顔になると、オレの顔をジッとみつめた。
最初に会ったときからずっと笑顔だった人が急に真顔になると、なんだか怖い。
やっぱりオレは地獄行きになるんだろうか?
フッとサキカワさんの表情が緩んで笑顔に変わった。
「今野さま、あのとき本当にご自身の意思でとり憑かれましたか?」
「……えっ?」
あの瞬間を思い出す。今、思い出しても腹立たしい。あと五、六発は殴っておけば良かっただろうか。
「恐らく、吸い寄せられるように感じたのではないかと思われるのですが」
「あ……そういえばそんな感じだったかもしれません」
「あのとき、今野さまの御兄さまもまったく同じ気持ちだったようです。とり憑いたというより、引き寄せられたということのようです」
「引き寄せ……兄貴も同じ気持ちだったのか……」
「殴るという行為も、御兄さまのご意思で行われたのが半分、今野さまのご意思が半分、ということで不問でよろしいそうです」
「不問……ですか……良かった。ありがとうございます」
オレは思わず小さくため息をこぼした。
生まれ変われないといった事態にはならずに済みそうだ。
サキカワさんに深く頭を下げ、お礼を言った。
「今野さま、もうお時間でございます。今野さまには、あちらの扉からお進みいただきます」
サキカワさんは真っ白な部屋の一角へ手を向けた。
今度は壁に、金色のドアハンドルが刺さっている。出かけるときは確か銀色だった。
あの先に進んだとして、そこでは仁美を待っていることができるんだろうか。
できるなら、次も同じ時代に生まれてまた巡り合いたい。
今度こそ、おじいさんとおばあさんになるまで共に過ごし、幸せにしてあげたいし、オレ自身ももっと長く幸せを感じたい。
出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたサキカワさんは、オレに向かって深く頭をさげた。
「それでは今野さま、いってらっしゃいませ」
「サキカワさん、ありがとうございました」
オレは金のハンドルを握りしめた。
ドアを開く前に、もう一度、仁美と楓の顔を思い浮かべる。
ふと、兄と母親の顔が過った。
みんな、きっと大丈夫だ。この先、幸せに過ごしてくれれば、それでいい。
なんの根拠もないけれど、いつかこの先でまた会えるような気がする。
ドアを開けるとオレの体はまぶしい光に包まれた。
【今野 洋平 38歳 男 町工場勤務 白の間より旅立ち】
今、もう数分が経っているはずなのに時計はそのままだ。
ここでは時間が動かないのか。
「今野さま。七日間、お疲れさまでした。有意義なお時間を過ごせましたでしょうか?」
「どうでしょう……ずっと家族のそばにいたので、満足感はあるんですけど……正直に言うと後悔と寂しさばかりです」
浮かんでくるのは仁美と楓のことばかりで、楓の成長を仁美と一緒に見守っていきたかった。
サキカワさんはずっとほほ笑んだままだ。
「そうですか……急なことですから、そう仰られるかたも多いんですよ。さて……それでは、チケットをお返しいただきます」
サキカワさんが胸のあたりで手にしている黒革のトレイに、オレのチケットが吸い寄せられるようにして乗せられた。
「あと、こういうことは隠していると不利になりそうなので先に言いますが、オレは兄にとり憑いてしまいました」
生前、憎かった人に復讐をしたり悪意を持ってとり憑いたりしてはいけないと注意をされていたにも関わらず、兄に憑いて父親を殴ってしまったことを伝えた。
「これってやっぱり、大変なことになるんですよね……この白の間には戻れたけれど……」
サキカワさんは急に真顔になると、オレの顔をジッとみつめた。
最初に会ったときからずっと笑顔だった人が急に真顔になると、なんだか怖い。
やっぱりオレは地獄行きになるんだろうか?
フッとサキカワさんの表情が緩んで笑顔に変わった。
「今野さま、あのとき本当にご自身の意思でとり憑かれましたか?」
「……えっ?」
あの瞬間を思い出す。今、思い出しても腹立たしい。あと五、六発は殴っておけば良かっただろうか。
「恐らく、吸い寄せられるように感じたのではないかと思われるのですが」
「あ……そういえばそんな感じだったかもしれません」
「あのとき、今野さまの御兄さまもまったく同じ気持ちだったようです。とり憑いたというより、引き寄せられたということのようです」
「引き寄せ……兄貴も同じ気持ちだったのか……」
「殴るという行為も、御兄さまのご意思で行われたのが半分、今野さまのご意思が半分、ということで不問でよろしいそうです」
「不問……ですか……良かった。ありがとうございます」
オレは思わず小さくため息をこぼした。
生まれ変われないといった事態にはならずに済みそうだ。
サキカワさんに深く頭を下げ、お礼を言った。
「今野さま、もうお時間でございます。今野さまには、あちらの扉からお進みいただきます」
サキカワさんは真っ白な部屋の一角へ手を向けた。
今度は壁に、金色のドアハンドルが刺さっている。出かけるときは確か銀色だった。
あの先に進んだとして、そこでは仁美を待っていることができるんだろうか。
できるなら、次も同じ時代に生まれてまた巡り合いたい。
今度こそ、おじいさんとおばあさんになるまで共に過ごし、幸せにしてあげたいし、オレ自身ももっと長く幸せを感じたい。
出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたサキカワさんは、オレに向かって深く頭をさげた。
「それでは今野さま、いってらっしゃいませ」
「サキカワさん、ありがとうございました」
オレは金のハンドルを握りしめた。
ドアを開く前に、もう一度、仁美と楓の顔を思い浮かべる。
ふと、兄と母親の顔が過った。
みんな、きっと大丈夫だ。この先、幸せに過ごしてくれれば、それでいい。
なんの根拠もないけれど、いつかこの先でまた会えるような気がする。
ドアを開けるとオレの体はまぶしい光に包まれた。
【今野 洋平 38歳 男 町工場勤務 白の間より旅立ち】
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