6 / 58
荒川 瞬
第5話 ボクの五日目
しおりを挟む
――五日目――
夕べは母親だけでなく、父親も妹も弟も、叔父さんたちまでも交代でボクに付き添ってくれていた。
ありがたくて涙がにじんだ。実体がなくても涙は出るものなんだな……。
朝になるとほかの親戚たちも集まり、告別式に向けてバタバタと慌ただしくしていた。
「さすがに親戚が集まると壮観だな……イトコたちなんて、会うの何年ぶりだろう」
イトコたちもほとんどが結婚していて、旦那さんや奥さんにその子どもたちと賑やかだ。
そう広くはない会場の半分は占めている気がする。
イトコたちとは昔はお正月など親戚が集まる機会に遊んだりしたけれど、その子どもたちには数回程度しか会っていない。
良く知りもしないオジサンのお葬式など興味はないだろうに、式が始まるときちんと椅子に腰かけて大人しくしている。不思議だ。
今日は昨日と違って、高校のころの同級生や会社の人たちが訪れてくれていた。
誰も来ないんじゃあないかと不安だったけれど、ホッとする。
読経が始まると、お通夜のときもそうだったけれど、変な心地よさに包まれた。
祖父母のときや親戚のお葬式に参列したときは、ただただ眠くなるばかりで、読経になんの意味があるのかと疑問に思っていたけれど、こちら側になって初めて、意味のあるものなんだと実感する。
会場の一番後ろの空いた席に座っていた。
お焼香が始まり、席を立って進んでいく列に、見覚えのある姿がいくつかあった。
ナンノくんたちの姿もみえる。
「本当に今日も来てくれたんだ」
ライブで初めて知り合ったときのことを思い出す。ナンノくんがいてくれたおかげで、キタくんやニッシーくんたちとも親しくなれたんだっけ。
「もっとみんなと一緒にライラックを応援したかったな……」
地下アイドルとはいえ、ライラックドリームは人気が高い。ライブの盛り上がりは、なかなか壮観だ。
今度のライブではラストが楽しみだった。
ボクにはもうできないけれど……。
感傷に浸っている間に、いつの間にかお焼香が終わり、花入れの時間になっていた。
急いで棺の横に立ち、参列してくれた人たちに感謝を込めてお辞儀をした。
ナンノくん、キタくん、ニッシーくん、ユキオくん、山辺さんが棺を囲むように並び、花と一緒になにか入れてくれている。
――アラちゃん、絵師さんに描いてもらったりのりんの似顔絵、おばさんに許可をいただいたから入れていくね。
ボクの顔に近づいたキタくんが、そういったのが聞こえた。
ほかの参列者に気を遣ったのか、色紙に描かれた似顔絵は裏返しになっていて見えない。
「うわあ! マジか! めっちゃ嬉しい! なのにどんな絵なのかみえないー!」
なんとかめくれないものかと、手を出してみるも、空をかいて手にすることができない。
「ちょっと! 待って! 表にしていってよ~!」
半泣きになりながら訴えても誰にも届かないのが悲しい。
棺にもたれて息を吹いてみても、手で扇いでみても、びくともしない。
不意に茜がボクの向かいに立った。色紙が入れられているのが気になったのか、裏返った色紙を表に返していく。
「でかした! 茜!」
茜の隣に身を寄せて似顔絵を見る。
うう……やっぱり可愛い……りのりん……。
隣で茜がつぶやいた。
――キッモ。
やかましいわ。ボクの女神だ。文句あるか。
ずっと見ていたいけれど、時間は容赦なく過ぎていき、棺の蓋が閉じられた。
母親や親戚のすすり泣きが聞こえて胸が痛む。
いよいよ出棺だ。ボクは悩みながらもまた叔父さんに乗者した。車に乗り込む前に周囲をみたけれど、ナンノくんたちの姿が見えない。
もう火葬場へ移動したのだろうか?
車が走り出し、葬儀場の門を出た。
門の横に、喪服姿の人たちが道に沿って並んでいるのがみえる。
叔父が窓を開けて彼らをみた。ボクもつられて目で追った。
――なんだ? 瞬の友だちじゃあないか。
「え……? あれ? ナンノくんたち……」
――アラちゃん! 今までありがとう!
並んでいるのは十五人で、ナンノくんをはじめみんなライブ仲間だ。
手にはりのりんのメンバーカラーであるグリーンのサイリウムを持っている。
彼らはライラックの代表曲『スターライト・メロディ』のサビを歌いながらオタ芸を打ち、最後に通りすぎていく棺を乗せた車に敬礼をした。
「なにやっているんだよ、みんな……そんな良い格好してるのに……みんな見ているのに……バカだなぁ……」
そう言いながらも、ボクは感動と感激で、あふれる涙が止まらなかった。
――なんだ? ありゃあ? 瞬の友だちは一体どんな友だちなんだ?
叔父さんは呆気にとられた様子で小さくなっていく彼らを眺めている。
「みんな、いい奴らなんだよ。周りにはバカにされることが多いけど、ホントにいい奴らなんだ」
結局ボクは火葬場に着くまで涙が止まらないままだった。
そんなボクを乗せたまま、叔父さんと叔母さんは先に着いた母親たちのところへ向かった。
塵一つ落ちていなさそうな奇麗なホールから奥へ入る。
まるでエレベーターのようなドアがいくつか並び、その一つの前に棺が置かれている。
係の人の説明を聞きながら、みんなが棺を囲んでいるのを、ボクは少し離れた場所からみていた。
「いよいよ体ともお別れか……」
最後の最後まで実感がわかない。
もう一度、顔の部分の蓋が開けられ、母親がボクの名前を何度も呼んだ。
その姿にまた泣けてくる。
棺がドアの向こうに納められ、みんな控室へと移動していく。
玄関先で、ナンノくんたちが母親のところへ挨拶にきた。
――今日は無理を聞いていただいてありがとうございました。
――いいえ、こちらこそ遠いところまで本当にありがとうございました。
みんなここまでで帰るという。明日も仕事だろうから、それも仕方がない。
ボクもナンノくんと一緒に帰ろう。
「お父さん、お母さん、今まで本当にありがとう。ボクはこの家に生まれてきて本当に良かったと思っているよ。新盆には行燈を灯してね。きっと帰って来られると思うからさ」
両親はナンノくんたちを見送りに玄関まで出た。
「それじゃあね。最後までいられなくてごめんね。二人とも元気で長生きしてね。茜、将、二人を頼むね」
最後の最後までボクは親不孝者だ。
両親の後ろに立つ茜と将にも声をかけ、ボクはナンノくんに乗った。
ナンノくんは車に乗り込みエンジンをかけると軽く首を左右に振った。
――なんか体が重い気がする。
――えー? アラちゃんが憑いてきたんじゃないの?
――まさか~。まだ火葬だって済んでいないのに。
ニッシーくんと一緒になってナンノくんは笑ってそう答えた。
ごめんね。憑いてるっていうか、乗ってるんだ。
夕べは母親だけでなく、父親も妹も弟も、叔父さんたちまでも交代でボクに付き添ってくれていた。
ありがたくて涙がにじんだ。実体がなくても涙は出るものなんだな……。
朝になるとほかの親戚たちも集まり、告別式に向けてバタバタと慌ただしくしていた。
「さすがに親戚が集まると壮観だな……イトコたちなんて、会うの何年ぶりだろう」
イトコたちもほとんどが結婚していて、旦那さんや奥さんにその子どもたちと賑やかだ。
そう広くはない会場の半分は占めている気がする。
イトコたちとは昔はお正月など親戚が集まる機会に遊んだりしたけれど、その子どもたちには数回程度しか会っていない。
良く知りもしないオジサンのお葬式など興味はないだろうに、式が始まるときちんと椅子に腰かけて大人しくしている。不思議だ。
今日は昨日と違って、高校のころの同級生や会社の人たちが訪れてくれていた。
誰も来ないんじゃあないかと不安だったけれど、ホッとする。
読経が始まると、お通夜のときもそうだったけれど、変な心地よさに包まれた。
祖父母のときや親戚のお葬式に参列したときは、ただただ眠くなるばかりで、読経になんの意味があるのかと疑問に思っていたけれど、こちら側になって初めて、意味のあるものなんだと実感する。
会場の一番後ろの空いた席に座っていた。
お焼香が始まり、席を立って進んでいく列に、見覚えのある姿がいくつかあった。
ナンノくんたちの姿もみえる。
「本当に今日も来てくれたんだ」
ライブで初めて知り合ったときのことを思い出す。ナンノくんがいてくれたおかげで、キタくんやニッシーくんたちとも親しくなれたんだっけ。
「もっとみんなと一緒にライラックを応援したかったな……」
地下アイドルとはいえ、ライラックドリームは人気が高い。ライブの盛り上がりは、なかなか壮観だ。
今度のライブではラストが楽しみだった。
ボクにはもうできないけれど……。
感傷に浸っている間に、いつの間にかお焼香が終わり、花入れの時間になっていた。
急いで棺の横に立ち、参列してくれた人たちに感謝を込めてお辞儀をした。
ナンノくん、キタくん、ニッシーくん、ユキオくん、山辺さんが棺を囲むように並び、花と一緒になにか入れてくれている。
――アラちゃん、絵師さんに描いてもらったりのりんの似顔絵、おばさんに許可をいただいたから入れていくね。
ボクの顔に近づいたキタくんが、そういったのが聞こえた。
ほかの参列者に気を遣ったのか、色紙に描かれた似顔絵は裏返しになっていて見えない。
「うわあ! マジか! めっちゃ嬉しい! なのにどんな絵なのかみえないー!」
なんとかめくれないものかと、手を出してみるも、空をかいて手にすることができない。
「ちょっと! 待って! 表にしていってよ~!」
半泣きになりながら訴えても誰にも届かないのが悲しい。
棺にもたれて息を吹いてみても、手で扇いでみても、びくともしない。
不意に茜がボクの向かいに立った。色紙が入れられているのが気になったのか、裏返った色紙を表に返していく。
「でかした! 茜!」
茜の隣に身を寄せて似顔絵を見る。
うう……やっぱり可愛い……りのりん……。
隣で茜がつぶやいた。
――キッモ。
やかましいわ。ボクの女神だ。文句あるか。
ずっと見ていたいけれど、時間は容赦なく過ぎていき、棺の蓋が閉じられた。
母親や親戚のすすり泣きが聞こえて胸が痛む。
いよいよ出棺だ。ボクは悩みながらもまた叔父さんに乗者した。車に乗り込む前に周囲をみたけれど、ナンノくんたちの姿が見えない。
もう火葬場へ移動したのだろうか?
車が走り出し、葬儀場の門を出た。
門の横に、喪服姿の人たちが道に沿って並んでいるのがみえる。
叔父が窓を開けて彼らをみた。ボクもつられて目で追った。
――なんだ? 瞬の友だちじゃあないか。
「え……? あれ? ナンノくんたち……」
――アラちゃん! 今までありがとう!
並んでいるのは十五人で、ナンノくんをはじめみんなライブ仲間だ。
手にはりのりんのメンバーカラーであるグリーンのサイリウムを持っている。
彼らはライラックの代表曲『スターライト・メロディ』のサビを歌いながらオタ芸を打ち、最後に通りすぎていく棺を乗せた車に敬礼をした。
「なにやっているんだよ、みんな……そんな良い格好してるのに……みんな見ているのに……バカだなぁ……」
そう言いながらも、ボクは感動と感激で、あふれる涙が止まらなかった。
――なんだ? ありゃあ? 瞬の友だちは一体どんな友だちなんだ?
叔父さんは呆気にとられた様子で小さくなっていく彼らを眺めている。
「みんな、いい奴らなんだよ。周りにはバカにされることが多いけど、ホントにいい奴らなんだ」
結局ボクは火葬場に着くまで涙が止まらないままだった。
そんなボクを乗せたまま、叔父さんと叔母さんは先に着いた母親たちのところへ向かった。
塵一つ落ちていなさそうな奇麗なホールから奥へ入る。
まるでエレベーターのようなドアがいくつか並び、その一つの前に棺が置かれている。
係の人の説明を聞きながら、みんなが棺を囲んでいるのを、ボクは少し離れた場所からみていた。
「いよいよ体ともお別れか……」
最後の最後まで実感がわかない。
もう一度、顔の部分の蓋が開けられ、母親がボクの名前を何度も呼んだ。
その姿にまた泣けてくる。
棺がドアの向こうに納められ、みんな控室へと移動していく。
玄関先で、ナンノくんたちが母親のところへ挨拶にきた。
――今日は無理を聞いていただいてありがとうございました。
――いいえ、こちらこそ遠いところまで本当にありがとうございました。
みんなここまでで帰るという。明日も仕事だろうから、それも仕方がない。
ボクもナンノくんと一緒に帰ろう。
「お父さん、お母さん、今まで本当にありがとう。ボクはこの家に生まれてきて本当に良かったと思っているよ。新盆には行燈を灯してね。きっと帰って来られると思うからさ」
両親はナンノくんたちを見送りに玄関まで出た。
「それじゃあね。最後までいられなくてごめんね。二人とも元気で長生きしてね。茜、将、二人を頼むね」
最後の最後までボクは親不孝者だ。
両親の後ろに立つ茜と将にも声をかけ、ボクはナンノくんに乗った。
ナンノくんは車に乗り込みエンジンをかけると軽く首を左右に振った。
――なんか体が重い気がする。
――えー? アラちゃんが憑いてきたんじゃないの?
――まさか~。まだ火葬だって済んでいないのに。
ニッシーくんと一緒になってナンノくんは笑ってそう答えた。
ごめんね。憑いてるっていうか、乗ってるんだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
初愛シュークリーム
吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。
第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる