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◆付き合ってない
スラッジカタログ
しおりを挟む「君の好きなスラッジを選んでくれ」
俺をファミレスに呼び付けたスラッジは、席につくなりファイルを渡してきて開口一番にそう言った。ファイルを開いてみると、証明写真のようなスラッジの写真がずらっと並んでいた。写真の下には「大雑把。その分人にも寛容なタイプ。好物は栗ご飯。ネコ」、「メンタルを病みやすい。執着心が強くてストーカー気質。歌番組が好き。タチ」等、紹介文のようなものが書かれている。
「何これ」
「パラスーアサイド専用スラッジカタログ」
「何から何まで意味が分からない」
「去年、僕は君に告白しただろう? 盛大にフラれたけれど、僕は諦めきれなかったんだ。だからクローンの研究をして君の好みと合致する僕を作ることにしたんだ。そのカタログは成果物だよ」
「クローン……?」
スラッジカタログとやらに並んでいる写真をまじまじと見た。顔の作り自体の違いはない。けれど、言われてみれば、何となく、纏っている雰囲気が写真ごとに違うような気がする。
「見た目は完全に一緒だよ。でも性格には個体差があるんだ。紹介文を読んで気になったスラッジがいたら詳細も教えるよ。今気になってるスラッジはどれ?」
「強いて言うなら君の頭の中身が気になってるけど」
ぱらぱらとカタログをめくる。何十枚という写真があり、それぞれに違う紹介文が書かれている。本来なら、クローンなんて何を馬鹿な事をほざいているんだと一蹴するような発言だけれど、このカタログには妙に説得力があった。
「選んでくれたらすぐに工場から出荷するよ」
「工場まで建てられてんのこれ」
「全財産をつぎ込んだんだ」
「使い所を間違ってるよ」
「そんなことないよ。これは何を捨ててでも成し遂げるべきことだ。パラスーアサイドとスラッジが結ばれた、その文面だけで僕はこの上なく幸せになれるんだよ」
「へえ……」
こいつが俺のどこにそこまで惹かれているのか分からないけれど、凄まじい執念だ。気持ち悪いけれど、感心する。
俺はカタログを閉じてテーブルに置いた。スラッジは「お気に入りの僕は見つかった?」と聞いてくる。俺は「いない」と即答した。
「そっか、仕方ないね。もっと量産してカタログを厚くしてくるよ」
「……君を量産するより、俺を量産して君のことを好きになるような個体探した方が早かったんじゃないの?」
スラッジははっとしたように軽く目を見開いて「確かに」と呟いた。
「そうじゃないか。君を作れば良かった。君がこの世に何人もいるなんて、それこそ幸せじゃないか。しかもその中の一人と結ばれるなんて最高だよ。幸せ過ぎて死んでしまう。今すぐ生産しよう。そして僕のことを好きな君を探そう。きっといる筈だ。そしたら僕は晴れて君と付き合えることに……」
そこまで言ってから、スラッジは数秒黙り込んだ。
「……でも、結局、僕が好きな個体は君なんだ」
スラッジはカタログを手に取って表紙を見つめた。
「よくよく考えてみれば、別のスラッジと君が付き合っていたら嫉妬で殺してしまいそうだ。やっぱり僕は、自分自身で君と付き合いたい。今ここで改めて君に告白させてくれ。君の事が大好きだ。僕と人生を共に歩んで欲しい」
「良いよ」
「やっぱり駄……え? 良いの?」
「この一年で気が変わった」
「……」
スラッジはがたっと椅子から立ち上がった。何をする気かと思えば、テーブルを回り込んで来て俺に抱きついてきた。
「僕は今人生の絶頂にいる。今まで僕は幸せという言葉を軽々しく使い過ぎてた。本当の幸福は今この瞬間のことだよ」
スラッジは軽く鼻をすすった。少し泣いているようだ。俺はそこまで感情が高ぶっている訳ではなく、むしろ大袈裟過ぎると引いているけれど、茶化す気にはなれずに軽く抱き返した。周囲の客が何事だと視線を向けてしているのが鬱陶しい。
ひとしきり抱き合って満足したのか、スラッジは俺の隣に座ってきた。
「工場は停止させよう。もう意味がなくなってしまった」
「作った奴らはどうすんの?」
「勿体ないけど破棄するしかないかな」
「死体の山が出来るね」
「僕としても心苦しいよ。可哀想だ。でも他に道がないじゃないか。彼らはパラスとスラッジが付き合っているという文章を事実にする為だけに生まれたんだから、野に放ったら君の取り合いが起きてしまう。君は一人しかいないんだから」
言い終わってから、スラッジは思い出したかのように「そうだ!」と大きな声を出した
「彼らの為に君を量産しよう! 番を沢山作るんだ。そうすれば誰も不幸にならない。君はどう思う?」
「……したいならしていいけど」
「うんうん、そうだよね。さっそく工場に連絡して君の生産の準備をするよ」
スラッジはスマホで本当に電話をかけて何やら指示を出した。電話を切った後、俺にもたれ掛かりながら腕を組んできた。
「僕ら、沢山の場所で幸せになれるね」
それはどう考えても異常な状態だけれど、スラッジが本当に嬉しそうにしていたから、「そうだね」と返事をした。
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