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◆付き合ってない
うんうん
しおりを挟む「うんうん、それは彼氏さんが悪いね」
テーブルを挟んで座っている男はもっともらしい顔でそう言った。
こいつとはついさっき出会ったばかりだ。俺がもつ鍋屋の前で看板を眺めていたら「食べたいの?」と声をかけてきた。タダ飯が食べられるならと思って一緒に店に入り、ビールを飲みつつ具材に火を通している間に今日別れたばかりの恋人の話をした。
酒癖が悪く、普段からパチンコに明け暮れ、財布から勝手に金を抜き取り、注意されても不機嫌になるだけで聞く耳を持たず、別れを切り出されれば逆ギレして手をあげる。
ということを、『俺が』した。
「今の話のどこにあいつの悪いところがあったの?」
「口説きたくて言ってるだけだから気にしないでくれ。君の彼氏さんの悪いところを強いて言うなら君を選んだ見る目のなさだ。こんな見てくれだけが良い典型的な事故物件、親が人質に取られているとかでもない限り普通は付き合わないよ」
「君はそんな相手を口説こうとしてんの?」
「そうだよ。趣味が悪いんだ。聞いてる限り君の性格は最悪だ。お父さんの精巣からやり直した方がいい」
「口説き方の勉強をした方がいいよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと心得てる」
男は財布を取り出した。ああ、なるほど。買おうという訳か。確かに一晩寝たいだけなら口説き落とすより手っ取り早い。金欠だったところだ。金額次第では考えてやらなくもない。
「かわいい子をいじめるの、好きなんだ。良い子だと気が引けちゃうから、悪い子の方がいい。いくらならいじめさせてくれる?」
そう言って男はにこにこと笑っている。人を買おうとしているとは思えないような人好きのする明るい笑顔だ。
俺はしばらく考え込んだ。そいつの手にあるブランド物の財布の中にはいくらあるだろうか。いくらなら好き勝手させても許せるだろうか。
ふっかけてみるかと思って十万と答えた。
「それだけでいいの? 意外と慎ましい性格をしてるんだね」
「……言えばもっとくれんの?」
「かわいい子に貢がないでいつお金を使うんだ。お金は有意義に使うべきだよ」
嘘をついているようには見えなかった。俺は俺の事をかわいいと形容するそいつを見下すように身体を少し後ろに逸らし、ふてぶてしく言い放った。
「百万ちょうだい。そしたら何でもさせてあげる」
「本当? 約束だよ? 後からやっぱり嫌なんて言わない?」
「言わない」
「じゃあ、百万あげる。流石に手持ちだと足りないから、食べ終わったらATMに行こう」
そいつは茹で上がったもつとキャベツをおたまで器に移して食べ始めた。俺は直箸で具材を器に移した。
もつを食べながら百万の使い道を考えた。とりあえず増やすか。スロットに突っ込めば多少増えるだろう。競馬でも良い。
俺は大金に浮かれていた。何をされるのかなんて、心配すらしていなかった。
数時間後、俺は死ぬほど後悔していた。縛り上げられて、拷問のような扱いを受けて、あまりの辛さに泣いて、やめてくれと必死でそいつに懇願していた。そいつは手を一切緩めることなく、笑顔で言った。
「あんなこと言った君が悪いよ」
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