創作BL SS詰め合わせ

とぶまえ

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◆付き合ってる

喧嘩

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 冬空の下、俺はコートを着込んでマフラーを巻き、キャリーケースを転がして街を歩いていた。向かっているのは昨日泊まったのとは別のホテルだ。ネットで確認したらそっちの方が宿泊費が安かった。

 数日前に同居していた恋人であるスラッジと喧嘩した。普段小競り合いは多少するものの大した喧嘩にはならない。数時間もすればお互い忘れているようなレベルだ。でもあの日は別だった。今後の生活における根幹な部分での意見が食い違って大喧嘩になった。結果としてその場で別れる事になり、俺はこうして家を出てホテル暮らしをしている。先の事は考えていない。喧嘩の余波のイラつきと、あまり認めたくないけれどスラッジを失ったことへの喪失感で何かをまともに考えられる状態じゃない。
 ここまで喧嘩するような事だっただろうか、妥協すれば良かったんじゃないか。時折そんな言葉が頭を過ぎる。その度に俺は深く呼吸して自分の考えを否定した。あれは些細な事じゃない。重大な話だ。衛生観念が合わない相手とは一緒に暮らしていけない。スラッジとはどの道長くは続かなかったんだ。
 スラッジの方は俺のことなんて気にもしていないだろう。今頃は暖かい部屋で本かゲームにでも熱中している筈だ。それが憎たらしく、溜め息を吐いた。寒さで息が白い。早くホテルの暖かい部屋に行きたい。
 そういえば、スラッジとはエアコンの温度設定については気が合ったななんて、未練がましく思った。

 ホテルの前に着いた時スマホに着信が入った。今はとてもじゃないけれど人と話す気分じゃない。会話なんて、スラッジへの愚痴と未練をたらたらと話すしか出来ない。通話を拒否する為にスマホをポケットから取り出して確認すると、画面に表示されていたのはスラッジの名前だった。なんで君が俺に連絡してくるんだ。俺の未練がましさを嘲笑う為に連絡してきたのか。
 俺は寒さで震える指でスマホを操作して電話に出た。すぐにスラッジの声が聞こえてくる。

「パラス? いまどこ?」
「……どこって。ホテルの前」
「ホテル? 何の? いかがわしい方の?」
「そんな訳ないだろ」
「そっか。安心したよ。てっきり誰かといるのかと思った」
「いたとしても君には関係ないだろ。何の用だよ。君とは恋人も友人もやめたつもりなんだけど」
「そんなきつい言い方しないで」

 スラッジは寂しげな声で言う。俺は緊張から喧嘩腰になっていた事を強く後悔した。でも、だって、普段のこいつならこんなの気にしないだろう。

「……何の用?」

 気を静めて改めて聞いた。スラッジは少し間を置いて答える。

「君に謝らなくちゃと思って」

 困惑と、仄かな期待でスマホを握る指に力が入った。スラッジは言葉を続ける。

「ごめんね。僕が悪かった。君の言い分をもっとちゃんと聞くべきだったんだ。僕は自分が楽することばっかり考えて……。君が普段どれだけ我慢してたのかなんて想像もしてなかった。反省した、なんて軽々しく言っていいのか分からないけれど、自分の行いを見つめ直すよ。だからお願い。もう一回僕と恋人になって。家に帰って来てほしいんだ」

 弱々しい声だ。俺は「今更分かったの?」と可愛げなく言いたくなるのをぐっと堪えた。今のスラッジには、俺に好かれているという大前提がないんだ。何を言われても自信満々で笑っていられる状態じゃない。言葉はもっと正直に、素直に言うしかない。

「……本当に行動を改めるの?」
「うん。勿論。ちゃんと、死体は二日以内に片付けるようにする。切り刻んで捨てるか溶かすかして影も形も残さないよ」

 せっせと死体を片付けるスラッジの姿が頭に浮かんだ。死にたてで、まだ腐臭のしていない死体をだ。
 これまでのスラッジは死体を面倒臭がって放置していた。臭い始めたぐらいでようやく重い腰をあげるというのが常だった。こんな不衛生な環境で過ごせるかと俺の不満が爆発したのが数日前の喧嘩の原因だ。
 その原因が解消されるのなら。

「──分かった。今から家に帰る」
「本当!? ああ、良かった。君がいなくなってからの僕はこの世が終わってしまったかのような気分だったんだ。八つ当たりで目につく人間を手当たり次第に全員殺したいぐらいにやさぐれてた。実際四人ぐらい刺したよ」

 「あっ、勿論全部片付けたよ!」とスラッジは誇らしげに言っている。本当に実践していると関心するのと同時に、それが俺の為なのだと改めて認識して頬が緩んだ。スラッジとよりを戻せるという事実に想像より浮かれていた。
 俺はホテルから引き返しながら口を開いた。

「俺も君に謝んなきゃいけないことがある」
「何を? 喧嘩の時沢山酷いこと言ってきたこと? 良いんだよあんなの。お互い様じゃないか」
「ホテル代にする為に君の持ってた貴重品全部売った」
「ちょっとそれについては別途話があるよ」
「なんで」
「なんでじゃないよ」
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