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読み切り
とびきり悪いこと
しおりを挟む家を突然訪ねて来たのは、この間俺の腕を切り落とそうとした天使だった。
「神様と喧嘩したんだ」
「……そう」
知るかそんなこと。
頭痛を感じるほどにげんなりしている俺を他所にずかずかと上がり込んで来る。俺は家に押し売りが来た時用に玄関の壁に立てかけている大鎌を手に取った。図々しいそいつを背後から真っ二つにしてやろうとしたけれど、あっさり避けられ、結局切る事が出来たのは羽根一枚だった。躱すな。腹が立つ。
天使は客間まで辿り着くとふてぶてしくソファーに座った。
「ここは思いっきり反抗してとびきり悪いことをしようと思う。悪魔との姦淫あたりが、お手軽且つとびきりの悪いことなんじゃないかと思うんだ」
「そんな訳の分からないこと言うためだけに俺のところに来たの?」
「僕が知ってる中で一番しぶとくて質が悪そうなのが君なんだ。どうだろう、天使とえっちできるまたとない機会だよ。僕に協力してあの鳩の総大将に嫌がらせをしないかい」
「もしかして自分たちのこと鳩って言ってる?」
「羽生えてるし似たようなものだろう。そんなことは良いんだ。僕に協力してくれ」
「他当たって」
あまりにも当然の返答なのに、そいつは心外という顔をした。
「どうして! 僕は君以外に悪魔の知り合いなんていないのに!」
「いない理由は見境なく殺してるからだろ」
「それはそうだよ。だって邪魔じゃないか。むしろなんで君は殺されてくれないんだ」
「別に君に殺された連中は君に殺されてやろうとしてた訳じゃないと思うけど」
「抵抗されなかったんだからそんな筈は無いよ」
「抵抗される前に殺してるだけだろ」
「そんな話は置いておいて、僕と、」
「帰って」
俺は邪魔な大鎌を適当に床に放り投げた。無駄にすばしっこいこいつ相手だとこれは役に立たない。
「何がそんなに嫌なんだ」
「全部。そもそも君に触りたくない」
「人間社会にはコンドームという利器があるんだよ」
「それ使ってたら触ってない判定になるってどんなとち狂った感性してんの?」
「失礼だな。僕ほどまともな天使はいないよ」
「まともじゃないからろくでもないこと考えて俺のところに来たんだろ」
「喧嘩した、相手が謝らない、嫌がらせをする。この流れのどこにおかしなところがあるんだ」
「最後だよ、最後」
天使とは思えない思考だ。
「君は仲違いした相手に嫌がらせもせずに話を終わらせるような穏便な性格なの? そんなことないだろう。悪魔はそんな温和な存在じゃない」
「悪魔にも色々いるだろ」
「少なくとも君は違うよ」
こいつは俺の何を知ってるんだ。会ったことがあるのは数回だけで、毎回毎回、殺そうとしてくるだけの癖して。
「話していたら喉が渇いてきた。お茶か水を出してくれ」
「向こうの火山に溶岩が流れてる」
「あれは飲み物じゃないよ」
「俺は飲むよ」
「ひとりで飲んでてくれ。僕は冷たいお茶が飲みたいんだ。あ、液体窒素とかは出さないでね」
「そんなの常備してる訳ないだろ」
帰れと言っては帰らないと返ってくるだけの不毛なやり取りを繰り返し、面倒になって来た俺は飲み物を出してやった。
「なんだか血みたいな味がする」
「血だからね」
「なんてものを飲ませてるんだ」
「なんで飲み続けてるんだよ」
「喉が渇いたって言ったじゃないか」
嫌がらせとして出した人間の血を、そいつは不味いと言いつつ全て飲みほした。
「話を戻そうか。僕と楽しい楽しい嫌がらせをしよう」
「そもそもなんで喧嘩したの?」
「この世で一番美しいのは誰かって話をしてて、神様は自分の娘って答えて欲しかったみたいなんだけど、僕は僕って答えたんだ。そしたら機嫌を悪くして。あまりにも横暴だから口論になったんだよ。酷い話だと思わないかい」
「適当なこと言って話合わせておけばいいのに」
「僕は正直者なんだ。嘘なんてつけないよ」
性根が腐っているのに正直なんて目も当てられないほどに質が悪い。
「僕と仲良く触れ合えるのに何がそこまで不満なのか分からない」
「思い出したように何回も殺しに来る奴に近づこうと思う訳ないだろ」
「死んでないからいいじゃないか」
「俺が君のこと殺そうとしても、死ななかったら文句言わないの?」
「そんな訳ないだろう」
「本当に鬱陶しい性格してるね君」
さも俺がおかしいことを言っているかのような顔をするな。
そいつは何も無い場所から怪しい袋を取り出した。どうやってるんだ。
「仕方がない。僕に協力してくれたらお小遣いをあげよう」
「俺の事子供だとでも思ってんの?」
「君、せいぜい300歳とかそこらだろう。ほぼ子供じゃないか。お小遣いを貰って無邪気に喜んでくれ」
「……君何歳なの? いつから生きてる?」
「人類が文明を持ち始めた頃に生まれたよ」
想定外の返答に絶句した。こんな害悪のような奴が数千年生きているなんて世も末だ。
「お小遣いとしてこれをあげよう。心臓10個だよ。神様のお気に入りの人間を殺し回ってきたんだ」
怪しげな袋から取り出されたのは血の滴る心臓だった。血がぽたぽたと床に垂れている。汚すなとソファーごと蹴り倒そうとしたけれどそいつはすいっと躱して、無駄にソファーが倒れただけに終わった。本当に腹立つなこいつ。
「お気に入りを殺し尽くして来たならもう充分嫌がらせしてるだろ」
「これは僕のストレス発散の結果であって、嫌がらせ目的でやったことじゃないよ。嫌がらせはこれから君と一緒にやるんだ」
「……神って、天使ひとりが悪魔とどうこうした程度で何か思うような奴なの?」
「僕の仲間が千年ぐらい前に悪魔といたした時には五百年は引き摺ってたよ。僕らのこと所有物だと思ってるからね。地獄に住んでるようなろくでもない存在と勝手に交わるなんて許せないって思ってるんだ」
「ああ、そんな面倒な奴のそばにいたから君も面倒な性格してるんだ?」
「鳩の総大将の影響なんて受けてないよ。これは僕の持ち前の素晴らしい性格だ」
ゴミのような性格の間違いだろう。
そいつは心臓を袋に入れ、袋ごと俺に差し出してきた。
「これ、いらないのかい。ただの人間の心臓じゃないよ。神様が贔屓にするような人間の心臓なんて、まさに貴重品だ。ダイヤよりも貴重。食料としては最高峰だよ」
天使はにやにやと笑っている。その姿は最悪だけれど、正直なところ、興味はあった。神が気に入るなんて相当稀有な存在だろう。これまで食べたどんな物よりも美味いに決まっている。
「……いる」
「うんうん、素直でいいね」
子供に言うような声色なのでイラッとしつつ、袋を受け取った。香ばしい血の匂いがする。
「お小遣いもあげたことだしベッドに行こうじゃないか。寝室はどこ?」
「ヤるより先に、その面積ばっかり取って邪魔な羽切り落とさせてくれない?」
「天使に向かってなんて事言うんだ。これは僕のアイデンティティだよ」
邪魔だ鬱陶しい嫌なら帰れと言い続け、一度取っ組み合いになり、そいつはぜえぜえと息を吐きながら「分かった」と言った。
「仕方ないから引っ込めてあげよう。窮屈で不本意なのだけど、君が我儘だから」
「それしまえたんだ」
本当にすうっと羽が消える。便利な身体をしてる。
「これで何も文句はないよね? 早く寝室に案内してくれ」
「一応聞くけど、準備して来てるんだよね?」
「勿論だよ」
天使は胸を張ってそう言った。そしてまた何も無い所から物を取り出す。
「コンドームはばっちりだし、普通のえっちより更に不健全なえっちをする為に拘束具とかバイブとか目隠しとか鞭とか、沢山用意したよ。抜かりはないよ」
「道具なんてどうでも良いから。尻の準備、して来たんだよね?」
「え?」
何も無い空間に物をしまい込みながら、そいつは間の抜けた声を出した。
「してないよ。何の準備をするって言うんだ」 「……君、抱かれに来たんじゃないの?」
「なんで。僕のお尻は物を入れる場所じゃないよ」
「……」
じゃあこいつは、俺の尻を狙ってここに来たのか。
縊り殺そうとしてまたしばらく取っ組み合いになった。お互い疲れてぜえぜえと息を乱していたところで、さっきのようにそいつが「分かった」と言ったので取っ組み合いは終わった。
「そんなに嫌なら道具は使わずに初心者向けの普通のえっちから始めよう」
「本当に俺がそこに引っかかってるって思ってんの?」
「じゃあ何が嫌なんだい」
「君に突っ込まれる事に決まってるだろ」
天使は「ああ」と納得した様子で手を打った。
「つまり君は玩具を使ったえっちの方が好みなんだね」
ようやく理解したと思ったのに何故こいつはいつまでもとち狂ったことを言い続けるんだ。
「もういい。さっきの心臓は返すからさっさと、」
帰れと、言おうとした瞬間、不意打ちで側頭部を思い切り回し蹴りされた。ぐわんと視界が一瞬揺らいで、俺はその場に倒れ込む。
「返さなくていいよ。後でゆっくり味わって食べてくれ。きっと美味しい。僕への感謝が溢れる筈だ」
殺意以外の何が溢れるんだ。
◇◇◇
俺が動けないでいる間に天使は俺を縛り上げた。無理矢理トイレに連れて行かれてそいつの持ってきた道具で中を洗われ、その後寝室に連れて行かれた。ぼすりとベッドに押し倒される。
「君の家は無駄に広いね。迷いそうだ。次に僕が来る時までに改装しておいてくれ」
「文句があるなら今すぐ帰って」
縛られていない膝で腹を蹴り上げる。そいつは一瞬だけ呻いて、「まだ用事が終わってないよ」と笑顔になった。こんなに腹の立つ顔は無い。
抵抗したけれど縛られていてはあまりに分が悪い。そう経たないうちに天使に服を脱がされた。
死ねと悪態をついていると、そいつはおもむろにスマホを取り出した。なんで天使に似つかわしくないものを、今このタイミングで取り出したんだ。
天使は俺にスマホを向ける。
「悪魔とえっちなことしたって言う記念撮影をしないと」
「……は?」
記念、撮影?
「何訳の分からないことほざいてんの……?」
「撮影しとかないと証拠が残らないじゃないか。嫌がらせの意味が無い。あ、もしかして恥ずかしい? 大丈夫だよ。僕も写るから」
そんなことをぬかすくせにそいつはピースサインした手だけ写そうとしている。撮影自体こいつがゴミにしか見えなくなる行いだけれど、余計に最悪だ。
「指一本でも写っていれば神さまは誰なのか気付くから心配しないでくれ。きっと怒り狂って血管が切れそうになるはずだ。楽しみだね。その時は君にも神さまの血管が何本切れたか教えてあげよう」
俺にスマホを向けるのをやめ機嫌良さげに画面を眺め出したところからしてもう撮ったらしい。
殺そう。前々から思っていたけれど、たった今強く決意した。
「まずは拡げるところから始めようか。神さまの血管は切りたいけれど君のお尻を切りたい訳じゃないからね」
天使は雑にぬめぬめとしたローションを指に纏わせている。表情は楽しそうだ。触られる前にこいつの指を引き千切る方法はないだろうか。
「う……」
穴を触られてぬるりとした嫌な感触が伝わってくる。蹴り上げようとしたら足を掴まれて無理矢理足を広げさせられ余計に状況が悪化した。
「君の寿命っていつ来るの? 今死んだりしない?」
「唐突なことを言うね。この世の終わりぐらいには寿命を迎えるんじゃないかな」
なら今すぐこの世ごと終われ。
ぐにぐにと穴の縁を触られながらこの世を呪っていたらそいつはぽつりと「面倒臭くなってきた」と呟いた。
「縁を解してから指を入れて、ゆっくり慣らした方が良いって聞いたのだけれど、このままいくと僕の指が疲れる予感しかしない。君って身体頑丈でちょっとやそっとじゃ死なないし、お尻が痛いぐらいなんてことないだろう。もう本番していい?」
「どれぐらい痛いのか君で先に試した方がいいと思う」
「僕のお尻には何も入らないよ」
「ふざけ、」
言い終わる前に急にずるりと中に指を突っ込まれた。あまりにも突然だったので身体が強ばる。確認するようにぐるりと内側を触られて鳥肌が立った。
「うん、行ける気がする。大丈夫、痛かったら気絶でもしておいてくれ」
指を引き抜いて、そいつは服を脱ごうとし始め、そして動きを止めた。
「そういえば君は玩具を入れられたい♡って言ってたね」
「記憶中枢が腐りきってるみたいだから早く切除した方がいいよ」
「どれがいい? 色々あるよ。好きなのを選んでくれ。採用するかは僕の気分次第だけれど聞くだけ聞いてあげるよ」
どさどさと何も無いところからバイブだのディルドだの、訳の分からない形をした物だの、大量に出てくる。一体どこから仕入れて来たんだこいつは。
「これとかかわいい色で良いんじゃないだろうか。あと勝手に動くらしいから僕の手が疲れない」
「疲れたくないならそもそも何もしなければ良いってなんで分かんないの?」
「嫌がらせは大事じゃないか」
天使は鼻歌でも歌いそうなぐらい上機嫌に細いバイブへローションを垂らしている。あまりにも適当にやるからシーツに流れ落ちている。ふざけるなよこいつ。
「それじゃ入れるね。喘いでくれても嫌がってる空気を出してくれてもどっちでもいいよ。どっちであっても、悪魔と遊んでる時点で不道徳だ」
空気じゃなくて全力で嫌がっている。さっきから睨みつけている俺の顔が見えてないのか。隙あらば蹴り付けようと何度もしているのを忘れたのか。
どうせ分かった上で言っていると思い余計に殺意が増した。
不意にぬめりを帯びた硬いものが穴に押し当てられた。やめろと身体を捩る。
「嫌がる空気を出す方向で行くんだね。うんうん、それもまた味があるよね」
「ふざけ、んな、っあ゙」
ずぶりと中にバイブが入り込んでくる。慣らされてもいない場所にそんなものがすんなり入る筈がない。俺は痛みに声を上げた。
天使は容赦なく奥へバイブを押し込む。未知の痛みで、ともすれば以前こいつに切り付けられた 時よりも耐え難い類の痛みかも知れない。
逃げようともがくと余計に中が痛みを拾う。しかし、ただ耐えてこいつの好きなようにされるのは癪だ。
俺が暴れるのを片手で押さえ込みながら、そいつは根元までバイブを押し込んだ。腹の中が苦しくて、息が詰まる。どうにか外に出せないかと下半身に力を入れたら「穴、ひくひくしてる」と、面白そうに言われて羞恥心と怒りと殺意で一気に頭に血が登った。
「今どんな感じ? どんな気分?」
「この世で一番嫌いな奴を決めるとしたら君になるって確定した」
「僕は君がこの世で一番好きだよ。嘘だけれど」
天使は余ったらしきローションをとぷとぷと俺の性器に垂らしてした。冷たさに身震いする。
「最初からお尻で気持ちよくなるのは難しいらしいけれど、別の気持ちいいことをしていたら頭は混乱してきっとどっちも気持ちいいんだって思い込むよ」
「君の馬鹿な頭じゃあるまいし」
そいつは何処吹く風でバイブのスイッチを入れた。ただでさえ異物感が激しくて不快だったのに、振動することで余計に存在感が増して吐き気すら感じた。
「っ……!?」
にゅる、と嫌な感触と共に性器を扱かれた。ローションがぬちゃぬちゃと気持ち悪い音を立てている。
「やめろ、そこ触んな……!」
「君はじっくりゆっくりやる方が好き? それとも刺激重視? とびきり不健全で、不道徳な行為を演出する為には、君にはどろどろのぐっちゃぐちゃになって欲しいんだ 」
「ひとりでやれそんなこと!」
「オナニーよりえっちする方が悪いことをしてる気分になるじゃないか」
なんで俺はあんなどうでもいい土産なんかに一瞬でもぐらついたんだ。こいつのろくでもなさを舐め過ぎていた。
「ゔ……っ」
天使はぐちゅぐちゅと片手で性器を扱き続けている。中では気色の悪いものが振動を続けていて何も気持ち良くない。早く終われという感想しか出て来ない。
「中々完勃ちしてくれないね。君って鈍感だったりする?」
「君が下手くそ過ぎるだけだろ」
「……」
天使の笑顔が固まった。手は性器から離れていき、シーツでごしごしとローションを拭った。
「その指摘はごもっともだね。純粋に生きてきた僕には経験値が足りなさ過ぎる」
珍しくすんなり受け入れた。突然馬鹿が治ったんだろうか。
「だからもっともっと道具に頼ろうと思う」
馬鹿は馬鹿のままだった。
「そうだなあ、とりあえず、もっと厳重に縛り上げて穴という穴を塞ごうか。よりいやらしい光景を作り上げた方が神さまはもっと怒るだろうからね。それに」
そいつは俺に顔を近づけて来た。
「減らず口ばっかり叩く君のかわいい姿が見られるかも知れない」
◇◇◇
俺は本当に余計な事を言ったのかも知れない。
天使は俺からバイブを引き抜くとバルーンと呼ばれるものを中に突っ込んできた。付いている空気入れを天使が押し潰すと、バルーンが膨らんで中を埋めつくそうとする。
「やめろ……苦しい……!」
「さっきまでよりも良い反応をしてくれて嬉しいよ。淫らで不適切な行為への第一歩だ」
「ああ゙……!」
どんどん膨らむそれが苦しい。全身に汗が滲む。
そいつは穴の縁に触れてきて、つつつとなぞった。苦しさとは違うあまりにも気持ち悪い感触にぞわっと総毛立った。
「凄く拡がってる。最初からこれ入れて無理矢理拡張すれば早かったね」
「ふざけんな……!」
「とても真面目だよ。だから次に活かそうと思ってる」
次ってなんだ、次って。まさかこれを今日限りにしない予定なのか。
本当にこいつの頭は腐っている。早く殺した方が、俺の為にとどまらず世の為だ。
人生最大の善行をなそうかと考えていたら視界を黒い布で覆われた。二重、三重に覆われて、視界が完全に真っ暗になる。
「流石に眼孔に物を入れて塞ぐのは可哀想だからね」
こいつに本当に他人を憐れむ気持ちなんてあるのだろうか。いや、あるはずがない。そもそも現状の諸悪の根源はこいつだ。
「次はこっち」
口に硬いものが押し当てられる。ふるふると首を横に振り、脇腹を蹴り上げるとそいつは「ゔっ」と汚い声を上げた。内臓が潰れれば良かったのに。
「ほら、口開けて」
指でこじ開けられた。噛み千切る好機だと思ったけれど、噛み付く前に口に異物を押し込まれた。どうせ、猿轡とかその辺だろう。そんな、後から考えれば呑気なことを考えていたら異変に気が付いた。口に押し込まれた物は太く、長い。喉奥を突かれて反射的に吐き出そうとしたけれど、その時には既に頭の後ろまで回されたベルトで固定されていた。
「んん゙ん゙ッ……!」
「これ何か分かる? ディルド付きの猿轡なんだ。今の君なら気持ちいいと言おうが犬のフンと言おうが、全てやらしく聞こえるよ」
ご満悦そうに言ったそいつが次に目をつけたのは性器だった。掴みあげて再びローションを垂らしてくる。いくら触られようが気持ち悪いだけだと高を括っていたけれど、先端に冷たい金属を押し当てられて一気に血の気が引いた。見えないけれど、何なのかは分かる。さっきこいつがどさどさと色んなものを出した時に紛れ込んでいた。
「ん、ゔ、うゔーー……!」
嘔吐感に苛まれている喉で必死に抗議の言葉を発しようとするけれどまともな声なんて出て来ない。そもそもとして、こいつが言葉で言って聞くようなやつでは無いのだということぐらい分かっている。抵抗せずにはいられないだけだ。
性器に押し当てられていた尿道ブジーがずぶずぶと入り込んでくる。後ろの穴に入れられた時ともまた違う痛みに顔が歪む。きっと、天使は愉快そうな顔で俺を見ているだろうなと思うと、言い知れないほどの殺意が沸いた。殺意には上限などないのだと初めて知った。
「ん゙ぅぅ……!」
ぐちゅりと奥の奥まで入れられ手を離された。これ以上入れられなくて済むという安堵と、そんな場所にまで入ってしまったという不安が入り混じる。あらゆるところに感じる圧迫感と痛みに、あまりにも不本意ながら目に涙が滲んできた。
「あとはどうしようかな」
不意にそいつは鼻をつまんできた。ただそれだけ。しかしまともに口で呼吸が出来ない今の俺にとってその行動は死活問題だった。
「ん゙ん゙ッ、うぅ゙ぅ゙……!」
「あはは。冗談だよ。ここは塞がない。そこまで可哀想な事なんてしないよ。屍姦は見た目が地味そうだからしたくないんだ」
手が離れていく。俺は必死に息を吸った。
「穴じゃないけど、こっちもいじめとこう」
「ッ!?」
何かに挟まれたような強い痛みが乳首に襲いかかってきた。数秒しても痛みは引かず悪化するばかりだ。反対側にも同じ痛みが走って俺はうめいた。
「うん、とても不道徳な見た目だ。でももうちょっと足せるかな」
天使は胸を挟んでいる物体と、尿道を埋め尽くすブジーに触ってきた。そいつが何やらやって、俺の肌にコードのようなものが触れる。
「スイッチ入れるね」
何のだと考えていると、ちくりとしたような、妙な痛みが襲って来た。間隔を開けて同じような痛みが走る。最初は無視出来る程度の物だったのに、徐々に痛みが大きくなり、次第に痛みの度に身体がびくりと震えるようになった。
「ッん゙……ゔー……!」
「今ね、電気流してるんだ。僕としては痛いだけじゃないかと思うのだけれど人間の中ではそういうプレイとして喜んでやる人がいるらしいんだよ。性に貪欲で素晴らしいことだよね」
うるさい。そんな馬鹿な人間の事なんて知るか。感心してないで今すぐ止めろ。その後にこの道具諸共雷に打たれて死ね。
抗議と罵倒は全てくぐもった声にしかならずに、不自由さに苛立ちが積もる一方だ。
「っ…ん゙……ん゙ん……!」
「もっと強く出来るのだけれどこの辺で良いだろうか。あんまり強いと、痛くて君怒っちゃうだろうからね」
現時点で本当に怒っていないと思っているのならこの上ない楽天家だ。何も見習うところがない。ただの屑だ。
「足も縛ってもっとえっちな感じにしておこうか」
それよりも天使の足でも切り落として飾っておいた方が不道徳だろ。
本気で抵抗し、蹴っては押さえ込まれ、頭突きしては首を絞められ、何も生まない争いの後に足を畳んだ状態で両足をそれぞれ縛り上げられた。手も足もろくに動かせず、身動ぎするのがやっとだ。思うように動けずあまりにももどかしい。
「ッ……ふ、ゔ……!」
電気は相変わらず流れ続けている。何度もこの痛みに襲われているのに慣れる事がない。
「ようやくいい塩梅になったかな? どう思う?」
俺は何も声をあげずに身体も動かさなかった。何かしたらおかしな方向に捉えられて余計に状況が悪化しそうだ。
「君も納得してくれたみたいだしもっかい記念撮影しとこうね。ほら、笑って笑って」
「ッ」
さっきよりも散々な状況なのに写真なんて撮られてたまるか。そう思いはしたのに、天使は「よく撮れた」なんて言っているからもう全て遅かった。
「準備は万端だし本格的に楽しいことしよっか。まあこの状態なら僕は殆ど見てるだけでいいのだけれど。玩具というのは良いね。素晴らしい文明の利器だ」
ぼすりと横に寝転ばれたような気配がする。また頭突きしてやろうかと思った瞬間、今までで一番強い痛みが襲って来た。
「ん゙ぐ……ッ!」
「あ、痛い? 意外と平気そうだったから強くしてみたんだけれど」
「っ、ん゙ー……!」
天使は身体を撫でて来た。触られる不快感よりも痛みの方が強く、そんなことに構っていられなかった。
手は脇腹を撫でていき、腰骨をなぞる。
「意外と肌がすべすべしてるね君は。溶岩には美容効果とかあるんだろうか」
そう思うなら飛び込んでこい。
「ぅゔッ……ん゙っ……!」
「見た目も音も、背徳的で良いね。よく晴れた日の真昼間だというものそれを際立たせていて最高だ」
最悪でしかないしそもそも今日は曇天だ。
尿道と乳首にはぱちぱちと電気が流れ続けている。どちらも痛みに弱い場所なのか、痛みの度に身体がびくつき続ける。
「っ……!?」
しゅこと、とても軽い音がして穴に入れられていたバルーンが膨らんだ。油断していた俺は苦しさに身を捩った。
「これってどれぐらいまで大きく出来るんだろうね」
「うゔ……!」
知るか。試すな。自分の尻に突っ込め。
「ゔ……んん゙……ッ!」
試すなと言っているのに。言えていないけれど言っているのに。
天使はしゅこしゅこと空気を入れてバルーンを膨らませる。俺はぶんぶんと首を横に振った。痛い、苦しい。
「あはは、お腹ちょっと膨らんでる」
するりと腹を撫でられた。
「苦しい?」
数秒悩んでから、俺は頷いた。こいつの言葉に素直になるのは癪だけれど、もう限界だった。
「そっかそっか。僕はとても慈悲深い天使の鑑のような天使だから、あとちょっとで許してあげるね」
あとちょっと? こいつは何を言ってる?
「──~~!」
バルーンが更に膨らむ。潰れた悲鳴を上げてぶんぶんと激しく首を横に振った。その様子を見て笑ったこいつのどこが天使の鑑なんだ。そんなに天使全てはろくでもない存在なのか。こいつ以外の天使なんて会ったそばから殺しているからあいつらの生態なんて俺は知らない。
「そろそろ良いかな」
「ん゙ーー……!」
「あれ、もうちょっと大きくして欲しい?」
「んん゙ぅ゙……!」
そんな訳ない。早く止めろ。抜け。もう俺に何もするな。
天使はまた俺の腹を撫でて来た。満足気に笑っている。俺はさっきからこいつの笑い声を聞く度に頭痛がするほどの強い憎しみを覚えている。
「んん゙ッ……ううゔ……っん゙ー……!」
それから天使は俺の身体を撫で回し、時折電気を強め、写真を撮って、また身体を撫で回した。そういえばここには何もしてなかったねなんて言われ耳を舐められた時には全身に悪寒が走った。
延々と同じことを繰り返され続け、やがて俺の息は乱れ切り、いつの間にか目隠しは涙で濡れていた。
これはいつまで続くんだ。痛い、苦しい。変な感覚になる。もう嫌だ。
「ねえ」
「っ……!?」
耳元に暑い息がかかり身体が震えた。
「もしかして今気持ちいい?」
何を、訳の分からないことを。
抗議の呻き声は聞き流されて、尿道口に触れられた。
「先走りみたいなの流れてきてる」
そんな訳ない。耳も記憶中枢もおかしければ目までおかしくなったのかこいつは。
不意にずるりと尿道ブジーを抜き去られた。刺激で身体が仰け反る。
「ああ、ほら、やっぱり。気持ちよさそうにだらだら流れ出してる」
性器を握り込まれて扱き上げられた。それが、とても不本意なのに、何故か異常な程気持ちよかった。痛みからでは無い声が喉から出てくる。
「気持ちいいんだ」
天使は荒い手つきで俺の目隠しを外した。大層腹の立つ顔で俺を見下ろしているのだと思ったのに、天使は顔を赤らめて余裕のなさそうな顔をしていた。
「痛くて苦しいの、好きだったんだね? あはは、喜んでもらえて嬉しいな」
胸に付けられていた金属のクリップのような物を取り去られ、バルーンもしぼませた状態で引き抜かれた。もう終わりなのならそれで構わないのに、なんでこいつはこんな顔をしてるんだ。
猿轡を外され、溜まりに溜まっていた罵倒を投げかけようとしていると、そいつは服を脱ぎ始めた。
「なにしてるの」
ずっと太いものに圧迫されていたせいか舌が上手く回らない。
「君が段々いやらしい声出すようになったから、興奮しちゃって」
天使の息は荒い。本当に俺に対して興奮しているのだと分かった瞬間にざっと血の気が引いた。
そいつは俺に馬乗りになる。
「痛いのと苦しいのはどっちが好きだった? ああ、それか縛られてる時点で気持ち良かったりしてる? 君がえっちなひとで良かったよ。今回の目的に適任だった。あのひとへの嫌がらせも捗る」
「や……やめ、離れて」
欲情した目が気持ち悪い。怖い。こいつなんかを怖がりたくないけれど、これは本能的な恐怖心でどうしようもない。
「やっぱり玩具だけじゃ駄目だよね。自分でやらないとね。ね? 君もそう思うよね?」
「思わないしオナニーは他所でやって」
「オナニーじゃないよ。セックスをするんだ」
天使は勃起したものにコンドームをつけると俺の穴へ押し付けて来た。止めろ死ね針の山にでも突っ込んでろと怨嗟の言葉を吐いても、当然の如くそいつは聞いてなんかいなかった。
「あ゙……!」
先端がずぶすぶと中に入り込んでくる。さっきまでバルーンに無理矢理拡張されていたせいで簡単に入っていく。俺は今なんでこんなことになってるんだ。縛られて、しょっちゅう俺の事を殺しにくる気狂いに突っ込まれて。一体俺が何をしたと言うんだ。
「あったかいね。実は僕こういうことするの始めてで。初めての感覚だよ。あったかくて、包み込まれてるみたいで気持ちいい」
「ッひ、動くな……!」
そいつはずりゅりと嫌な音と共に抽挿を始める。体内を刺激されるなんて不快でしかない筈なのに、さっきまでの限界まで押し広げられる苦しさがないから、なんだか、
「気持ちよさそう」
長時間変なことをされたせいで、身体がおかしくなっている。俺の顔を見ながら興奮気味に呟かれて、俺は自己嫌悪で死にたくなった。いや、俺じゃなくてこいつが死ぬべきだ。
「っうう……あっ……!」
中を擦りあげられると、認めたくないけれど気持ちがいい。変な声が出てきて止まらない。
「やめ……ああッ……! あ……!」
「君がこんなにかわいいなんて思ってなかった」
「首切り落とさせてくれるならもっとかわいい顔してやるから縄解いて」
「君のそういうところ、僕としては多少好ましく思ってるけれど一般的には全くかわいくないよ」
君が一般を語るな。非常識の塊だと自覚してるなら改めろ。
「さっさと抜いて……! 腐れる……! っ……!」
「腐らないよ。人間の文明の利器を信用してくれ」
「コンドームごときで不快感を防げる訳ないだろ……!」
訳が分からなさそうな顔をしている。この点については心の底から「コンドームをつけていれば誰とセックスしても問題ない」と思ってるらしい。筋金入りの馬鹿だ。その馬鹿に良いようにされている自分にも腹が立ってきた。
「悪魔なんてろくでもないし皆殺しにしていいと思ってたけど、かわいい姿を見せてくれる存在だったのなら生かしておいてもよかったのかな?」
「そう思うなら今すぐ他の悪魔のところ行って」
「そしたら君が寂しいだろう」
誰がだ。清々するしこいつが帰った後に塩でもまく。
「っん……!」
早く帰って首を括るなり首を掻き切るなりして欲しいのに、そいつは帰らないし何故か俺の性器を握りこんできた。びくりと震えた俺を他所にそこを扱き始める。
「もっと気持ち良くなったら素直になったりするとか、そういう素敵なシステムはあったりする?」
「ふざけてんの……?」
「やっぱり気持ちよさが足りない?」
「ッ」
ぐりゅ、と中を突き上げられる。それと同時に扱かれ続けて、自分が上げているとは信じられない声が出てきた。それを聞いた天使はぱあっと明るい笑顔を見せる。消えてなくなりたい。
「うん、うん、気持ちよくて悪い事なんて一つもないからね。でも僕の手が疲れるのはよくない」
ひとりで喋ったそいつは何も無いところからブジーより少し太いバイブを取り出した。尿道に突っ込む気だと気付いて、俺は顔を引き攣らせた。
天使は手早くローションを纏わせて尿道にそれを突っ込んできた。太さに呻き声が漏れる。そんなことは気にもせず、そいつはスイッチを入れた。
「~~~~ーー!」
なにこれ。だめだ。むり。
「ぬ、いて、いやだ、っ~~~……!」
狭い穴を震わせるにはあまりにも強い振動だ。そんなもの気持ちよくなんて無いはずなのに、馬鹿になっている身体は快感として受け入れている。
天使は俺の様子を見て満足気な顔をして、抽挿を再開させた。
「や、め……あっ……~ーーッ……!」
本当に、駄目だ。頭が回らない。
「もっと早くえっちすれば良かったね。これまでの僕は君への接し方を間違っていたみたいだ」
今までの接し方が間違っているという点は正しいけれど、今も間違ってるだろ。
その後はかわいいだの、僕も気持ちいいだの、気持ち悪いことを散々言われながら犯し抜かれた。そいつは何回か射精し、コンドームを変えてはまた飽きもせず俺に突っ込んでくる。
「も、いやだ、いい加減にしろ……!」
ぼたぼたと涙が流れ落ちていく。涙には悔しさとかこいつへの怒りとか怨嗟とか、自由に身体を動かせないことへのもどかしさとか、あらゆるものか混ざっている。
それに何より。
「これ抜け……!」
もう気持ちいいのは分かった。身体がおかしい。何をされても気持ちいい。分かったから、もう、イキたい。射精して開放されたい。
「はやく……ッ~~……!」
「どうしたの急に。あ、もしかしてもっと太いもの入れて欲しくなったとか、」
「入れたら君の髪全部毟って頭の皮剥ぐ」
「余裕があるのかないのかどっちなんだ君は」
まあいいやなんて言って天使は尿道バイブを掴みゆっくりと引き抜き始めた。
早く。早く。抜いてくれればイける。ようやく射精出来る。
「……」
そいつは黙り込むと途中で手を止めた。抗議する俺の顔をじっと見ている。
「やっぱり駄目」
「ッ!?」
ずぶんと奥まで押し込まれた。せり上って来ていた精液を無理矢理押し戻される耐え難い感覚に身体が仰け反る。
「君は我慢してる時の方がかわいい顔をしてる」
絶対に後から全身の皮剥いで殺してやる。
◇◇◇
あの人生最悪の日から2日後。
「なんで君がまたここにいるんだよ。自分から殺されに来たの?」
「今僕は反抗期なんだよ? 家出して悪い友達の家に泊まったりだって当然するよ」
「誰が友達だ」
「え? ここって君以外も住んでるの?」
とぼける姿に腹が立ったから手近にあった椅子で殴りかかったけれどそいつはすいっと躱した。
「そんなことよりさ、嬉しい報告があるんだ。この前の写真、天使のSNSにアップしたら大反響だったんだよ。神さまは怒り狂って雷を大地に落として焼け野原にしたし、仲間の天使は汚らわしいって大絶賛してくれた。羨ましがってる子もいたよ」
──SNS? あれを、あのおぞましい写真を、不特定多数に晒した?
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