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魔法使いと兵士
番外編 デート ※健全
しおりを挟む朝食を食べていると、鍵を閉めていたはずの玄関の扉が開く音が聞こえた。物凄く嫌な予感がする。
「やあ、おはよう。いい匂いがするね。紅茶かな? 僕はコーヒー派なんだ。淹れてくれると嬉しいな」
我が物顔で部屋に入ってきた魔法使いに向かって紅茶の入ったコップをぶん投げた。当たれば良いのに、コップも中に入っていた紅茶も何も無いはずの空中でピタリと動きを止める。
「コーヒーの方が良いって言ってるのに」
魔法使いがコップを掴むと浮いていた紅茶が中に戻っていった。そのまま紅茶を飲みながらこっちに近付いてくる。口をつけるな気色悪い。
「今日はデートのお誘いに来たんだ」
「一人で行って」
「そんな寂しいデートがある筈ないだろう。デートは好きな子と行くものだ」
「デートは合意の元行くものなんだよ」
「合意だよ。僕と王さまの」
またか。またあの国王はこいつに俺を差し出したのか。これで何度目だ。もういっそ暗殺でもすべきなのか。
「昨日の2時ぐらいに君と健全な愛を育みたいって言いに行ったら快諾してくれてね」
「2時って、いつのだよ」
「夜中。彼の寝室に行ったんだ」
「どう考えても早く追い出したかっただけだろ」
というか城の警備はどうなってる。魔法を使える奴が相手とは言え、一国の王の近辺の警備がそんなにざるで良いのか。
「あ、寝室には行ったけれど何もしてないよ。僕が好きなのは君だけだからね。今のところ。嫉妬しなくても大丈夫だよ。彼は好みではないし、そもそも既婚者だ。相手がいる人に手を出すような趣味なんてないよ」
「……」
嫉妬なんて微塵もする訳ない。しかし、相手がいる人間に手を出す気がないというのは初めて知った。
なら、俺も適当な相手でも見つければ──
「死人は出したくないから変なこと考えないでね? 相手がいる人に手は出したくないけど、それなら相手が消えれば良いだけだ」
思っていたことを見透かされて俺は押し黙った。こいつなら本当に殺しかねない。
魔法使いはにこにこと笑いながらことりとコップをテーブルに置く。紅茶が入っていた筈なのにいつの間にかコーヒーになっている。
「で、最初の話に戻ろう。デートに行こうじゃないか。どこに行きたい?」
「君がいないところ」
「それ以外で」
「君と行きたい場所なんてある訳ないだろ」
「じゃあ僕が行き先決めるね?」
俺は返事に詰まった。こいつとなんか出掛けたくない。けれどどうせ強引に連れ出される。変な所に連れて行かれるぐらいなら自分で指定した方がマシなんじゃないか。
「……いや、やっぱり、俺が、」
「公園に行こう」
「は?」
予想外の場所を言われて困惑する俺を他所に、そいつは楽しそうに喋り続けた。
「城下町の中央に噴水のある大きな公園があるだろう。僕行ったことがないんだ。一緒に行こう?」
曇りのない笑顔だ。本気で楽しみそうにしている。
「……分かった」
「やった。じゃあ、君がご飯を食べ終わったら出発しよう。あ、せっかくだからおめかししてね」
魔法使いは部屋の隅にあるベッドに勝手に座った。暇潰しなのかどこからか取り出した本を読み始めている。
行くのは不本意だけれど、人目がある公園なら、変なこともしてこないだろう。
俺は無言のまま朝食の残りを食べた。コーヒーは嫌いだから捨てた。
◇◇◇
外は快晴だった。風は冷たいけれど、日差しのお陰で寒くは無い。
公園には人が大勢いた。遊ぶ子供にジョギングをしている奴、のんびり散歩をしている老人。噴水の近くのベンチに座って語り合っている奴らもいる。
俺の横を歩いている魔法使いはそれはもう楽しげにしていた。
「ここはとても空気が良いね。広々としていて清々しい気分になれる。あそこで走っている人達みたいに身体を動かしたくなるのも分かるよ」
「……走ってくれば?」
「嫌だよ。僕は運動が嫌いだ。どうしてそんな暑苦しいことをしなくちゃならないんだ」
なんなんだ。
しばらく連れ立って公園の中を歩いた。魔法使いは終始機嫌が良い。手を繋ごうとしてくるのが鬱陶しくて何度か振り払ったけれど、文句は言ってこない。
その内、魔法使いが疲れたと言い出したので噴水の近くのベンチで休むことにした。噴水を眺めるその表情も、酷く楽しげだ。
「ここはいい場所だね」
「本当に来たことなかったの?」
「ないよ? どうして?」
「こんな所、誰でも来るだろ」
この国に住んでいたら、子供の頃には大抵来る。俺も親に連れられて何度か来た。この国には大して遊べる場所もないし、ここに来たことがない人間の方が少ないだろう。
「来たことないよ。こんな所に魔法使いがいたら皆嫌な顔をする。そんな中に一人でいたって穏やかに過ごせないだろう。こんなにのびのびした場所なのに、そんなの嫌じゃないか」
ずっと笑っていた癖に、やけに真剣そうな顔をして俺を見てきた。
「君が珍しいだけなんだよ。誰でも僕らのこと嫌ってる」
「俺は君のこと死ぬほど嫌いだけど」
「僕をだろう? 魔法使いをじゃない」
「それは……」
否定出来ない。魔法使いがずっと迫害されていたのは知っている。ただ、別にこいつ以外から何かされた訳じゃない。会ったことすらない。魔法を使えるからといって全員が全員こいつみたいな糞野郎ではないだろう。周りの連中が、何故そこまで魔法使いを嫌っているのかずっと理解出来なかった。
黙っている俺を見て魔法使いは笑った。
「ね? 君は貴重な存在だ」
「……俺が君たちのことどうとも思ってないから俺に目をつけたの?」
「いや、そこは顔が好みだっただけだけど」
「もう死ねよ君」
なんで俺はこの顔で生まれて来たんだ。もっと醜男なら良かったのか。……いや、それはそれで嫌だ。こいつが生まれて来なければ良かっただけだ。あと国の連中がもっとまともなら良かっただけだ。
「さてと、そろそろお昼ご飯でも食べに行こうか。あっちに見えるパスタ屋さんにでも行こう」
「人が多いところ嫌なんじゃないの?」
「わあ、気遣ってくれてるのかい。優しいね。でも大丈夫だよ。さっきはああ言ったけれど、嫌な顔をされるのも、入店拒否されるのも料理にゴミを入れられるのももう慣れたよ。入店拒否されても違う場所を探せば良いだけだ。いちいちそんな事で怒ったりしないよ」
「それをやった奴らはどうなったの?」
魔法使いはにっこりと笑った。
「どうなったんだろうね?」
◇◇◇
パスタ屋には無事に入れた。店員は魔法使いを見るなり「ひっ」と怯えた様子は見せていたけれど、席にはちゃんと案内された。
「好きなのを選んでいいよ。奢ってあげよう」
「元から財布なんて持って来てない」
適当に選んで店員に伝える。公園にいた時は気付かなかったけれど、魔法使いはじろじろと周囲の人間に見られている。いつもこんな調子なのだとしたら、人前に来るのは億劫だろうなとぼんやり思った。
それにしても、周りの奴らは何故こいつが魔法使いだと分かるんだろうか。見た目は普通の奴なのに。
「君って有名人なの?」
「唐突だね。知ってる人は多いんじゃないかなあ。この国には長年住んでるし、魔法が使えるって隠す気もなかったし」
「ね?」と、魔法使いはすぐ後ろの席にいた男に話しかける。ずっと魔法使いをじろじろ見ていたその男は大袈裟に震えて視線を逸らした。
「酷いな。無視をされてしまった」
俺の方に向き直った魔法使いは、特に何も思っていないような顔をしていた。本当に日常茶飯事なんだろう。
数分すると店員が料理を運んで来た。
「美味しそうだね。こういう所で食べるのは久しぶりだ。いつも自分で作ったものしか食べないから」
そう言いながら何故か俺の前に置かれた皿を手に取っている。
「何してるんだよ」
「君のやつの方が美味しそうだったから」
へらへらと笑いながら俺が頼んだ料理と自分の頼んだ料理を入れ替える。抗議するのも面倒になってそのまま食べようとしたら、料理に何かが入っていることに気が付いた。砂利のような、何か。
「……」
ここに来る前に、ゴミなんかを入れられるのには慣れてるとか、言ってたな。
「どうしたの?」
魔法使いは笑っている。絶対に気付いている。
俺は皿を手に取って立ち上がった。視線を動かすとさっき料理を運んで来た店員が目に入った。
俺はそいつ目掛けて皿を投げ付けた。皿が割れる音が店内に響き、周囲がざわつく。
「作り直して」
店員は慌てて頭を下げて厨房に引っ込んで行った。
椅子に座り直すと、魔法使いがにこにこと笑いながら話しかけてくる。
「君って物投げるの好きだね。お行儀が悪いよ」
「失礼な奴に向かって投げるのはマナー違反じゃない」
「それ誰が決めたの?」
「俺」
魔法使いはおかしそうに笑っている。俺はテーブルに置かれたカトラリーケースからフォークを手に取った。そのまま、魔法使いの顔面目掛けて投げ付ける。
「い゙っ!?」
悲鳴をあげて魔法使いは右目を押さえた。目に、当たったらしい。目に。身代わりでも何でもなく、本人の目に。
「……は? なんで?」
「いや、待って。どう考えてもそれは僕の台詞だろう。なんで投げたんだ」
「俺にゴミ食わせようとしたから」
「本気で食べさせようとはしてなかったよ! 痛いなもう!」
「なんで当たったの? いつも何も当たらないのに?」
「僕だって油断してれば防げないよ。僕をなんだと思ってるんだ。万能じゃないんだよ」
魔法使いはしばらく痛い痛いと言いながら目を押さえていた。数十秒してからようやく手を離す。涙目ではあったけれど、目には何の異常もないようだ。魔法で治したんだろう。
「僕じゃなかったら失明してるよ」
「してろよ。俺の顔見るな」
「酷いな。僕の為にお店に怒ってくれたから感動していたのに」
「誰がだよ。間接的に俺に迷惑かけてきたから投げ付けただけ」
「それでも嬉しかったんだ」
その後店員が新しい料理を持って来た。今度は何も入っていないようだったけれど、魔法使いが「やっぱりそっちがいい」と言い出してまた皿を入れ替えたせいで、俺は完全に冷えた料理を食べることになった。
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