悪役令嬢の残した毒が回る時

水月 潮

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第16話

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 ルイズとマリアンを迎えるにあたり、ブロワ公爵邸では色々と準備がなされた。

 まず、クリスティーンの遺品は全て彼女の実家のアルディ公爵家に全て預けられた。

 前妻の影を感じさせるようなものは、後妻が屋敷に来てから全て処分されたなんて話は割とよくある話なので、先んじて屋敷から撤去することになった。


 現在のアルディ公爵家の当主はクリスティーンの弟であるジョエルで、彼は姉の遺品をアルディ家に預けることを快諾した。

 ジョエルの妻のマルグリットは、ジョエルとは幼馴染で昔からクリスティーンを憧れの姉として慕っており、預けられた遺品を破損させたり処分するような者ではないし、彼らの子供達もそんなことはしない。

 だからサミュエルも安心して預けられた。

 もし、エレオノーラがクリスティーンの遺品のアクセサリー等を身に着けたい時は、アルディ公爵邸を訪問して、そこで着脱することになった。


 次にジョシアだが、彼はこれまで公爵邸の本邸に部屋を宛がわれ、本邸の中で食事や勉強など生活をしていた。

 けれど、ジョシアは美男子であり、ここでシモンとエレオノーラの婚約破棄に使う予定のマリアンがジョシアに惚れてしまったら厄介な事態になるのは明白だ。

 なのでジョシアの住まいは公爵邸の敷地内にある別邸に移すことになった。

 別邸は小さな一軒家で、別邸だからと言って内装に手が抜かれているなんていうことはなく、使用人もきちんと付けられている。

 この頃にはジョシアは身につけるべきマナーや教養は既に履修済みであり、本人が一日を別邸から出ずに暮らすのは退屈で、少しでもエレオノーラに会いたいと言うので、帽子を深めに被り地味な作業着を着て庭師として働くことになった。

 庭師であれば庭園で逢瀬は出来る。

 帝国の皇子にまさか本気で庭師の仕事をやらせる訳がなく、比較的楽な仕事を割り振っていた。

 庭師は数人おり、ジョシアの事情は皆わかっているので、ジョシアが形だけの庭師になることに文句は出なかった。



 こうしてルイズとマリアンを公爵邸に迎え入れることになった。

「ルイズとマリアン。私の娘のエレオノールだ」

「ルイズですわ。私のことは母と呼びなさい」

「ふ~ん、これが話に聞いていたお義姉様ね。まぁ、私の方が可愛いけど。私はマリアンって言うの。よろしくね、お義姉様」

「私はエレオノールと申します。私はこの屋敷にいない時の方が多いですが、よろしくお願いします」


 エレオノーラはすぐに二人のことを受け付けない人種だと感じた。

 実の母が亡くなって一年も経っていない娘に対して母呼びを強要するルイズに、自分の方が可愛いなど初対面の義姉をこき下ろすマリアン。


 正直に言えば二人ともよろしくしたくない。

 よろしくしたくはないが、母の仇を取る為にエレオノーラはぐっと我慢した。


 二人は屋敷の中でやりたい放題だった。

 ルイズは自分は公爵夫人なのだからと必要以上にドレスや宝石を買い漁り、気に入らない使用人をサミュエルに相談なく勝手にクビにしたり、エレオノーラの食事を抜くよう指示している。

 そしてマリアンとエレオノールの扱いには差をつけ、”サミュエル様は私の娘のマリアンだけを可愛がっていて、あんたは娘だなんて思っていないそうよ?”なんて言う。

 マリアンはマリアンで、エレオノーラの私物を勝手に盗んだり、エレオノーラのドレスを勝手にズタボロにしていたり、ルイズがいる場所でわざと”お義姉様、そのネックレス素敵ね! 私にちょうだい!”とねだる。

 そしてエレオノーラが嫌だと言えば”ネックレスくらいいいじゃないの。姉なのだから妹が欲しいものを譲るのは当たり前よ”と言って、エレオノーラから奪う。


 クビにされた使用人はブロワ公爵領の領地にある本邸で再雇用しているし、料理を抜くよう指示されていても使用人は全員サミュエルとエレオノーラの味方なので、ルイズの目がないタイミングを狙って部屋に届けてくれる。

 マリアンが最初にエレオノーラのピアスを盗んだことに気づいた時に、エレオノーラは自室にあるアクセサリーとドレスの類を盗まれたり、破られたりしても問題ないものに入れ替えた。

 マリアンが欲しがるようなキラキラしてデザインが可愛らしいものは全て安物の素材で出来ており、宝石の部分は本物そっくりのイミテーションの宝石を使用したものを用意し、良質な素材や本物の宝石を使用した高級品は一見地味でパッとしないデザインのものをだけ少しだけ手元に残した。

 マリアンは価値に気づかず安物の方ばかりを奪おうとし、案の定、高級品は無事だった。

 だから痛くも痒くもなかった。



 エレオノーラは次期王太子妃教育で王宮に行くことが多かったのも必要以上にルイズとマリアンに関わらずにすむ為、都合が良かった。

 サミュエルにシモンとは婚約破棄すると聞かされて以降、この次期王妃教育は茶番のようなものに感じていたエレオノーラだったが屋敷にいない口実としては有難かった。


 忙しい生活の合間を縫ってエレオノーラはジョシアと庭園で逢瀬を重ねていた。

 ルイズとマリアンがエレオノーラにしてくることは痛くも痒くもないとは言っても精神的に疲弊はする。

 エレオノーラはジョシアと逢瀬を重ねている時だけが癒しのひと時だ。

 二人は庭園の奥深くにある温室のソファーに並んで腰掛けていた。


「ジョシアにあの女達を近づけさせなくて本当によかったと思いますわ。特にマリアン。あの子は私のものは何でも欲しがるような節があるから、あなたも本邸にいたら取られてしまうところだったわ」

「エレオノールのものを何でも欲しがるの?」

「ええ。私のものを奪ったところで私にはなれないのに。本当に何がしたいのやら。一応マリアンが欲しがりそうなものは全て安物にしておきましたから大した被害はないですわ」

「本当に何がしたいんだろうね。それよりエレオノール、お疲れ様のハグ」

 ジョシアは両腕を広げてエレオノーラを抱きしめるポーズをとる。

 そしてエレオノーラがジョシアの胸元にぽすんと収まると、ジョシュアは背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。

「ジョシア、ありがとう。あなたがいるから私は頑張れますわ」

「疲れた時は僕のところにいつでもおいで。待っているから」

「ええ。そうさせてもらうわ」


 二人の逢瀬は温室で咲き乱れる純白の薔薇だけが見ていた――。
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