悪役令嬢の残した毒が回る時

水月 潮

文字の大きさ
上 下
2 / 41

第2話

しおりを挟む
 シモンとエレオノールの婚約はシモンの地位を盤石にする為に結ばれたものだった。


 シモンの実の母であるイレーヌ・カスタはカスタ伯爵家出身で、王族では大変珍しい恋愛結婚で国王陛下と結ばれた経緯がある。

 当時国王には幼少期に決められた婚約者がいたが、婚約を解消し、イレーヌを妃として迎え入れた。

 対外的には穏便に婚約解消されたと発表されているが、実際のところはそうではなく、学園の卒業パーティーで一方的に婚約破棄をしたが、緘口令が敷かれ、当時の目撃者は口を閉ざしている。


 国王は愛で結婚相手を決めたが、その伯爵家は歴史だけは古いものの大した権力も財力も持ち合わせてはいなかった。

 結婚後三年が経ち、ようやくシモンが生まれるが、その後子供が授からないまま三年が経った時点で王子が一人では心許なく思った大臣達によって側妃カルメン・フュネスが国王に宛がわれ、翌年王子イヴァンが生まれる。

 伯爵家出身の正妃に対し、側妃は権力も財力も兼ね備えている武の名門侯爵家出身だ。

 おまけにカルメンの兄である現当主ジャックは騎士団長の座についている。


 イレーヌは愛によって結ばれたはずなのに夫を側妃と共有することになり、大層嘆き悲しんだ。

 せめて次代の王には側妃の子ではなく、自分と夫の愛の証であるシモンを選んで欲しいと嘆願し、国王はそれを叶えた。


 ただし、シモンは正妃腹の子とは言え、イヴァンに比べると後ろ盾が弱い。

 そこでエレオノールとの婚約だ。

 エレオノールの父サミュエルはブロワ公爵であると同時に宰相も務めている。

 ブロワ公爵家の娘エレオノールはちょうど年頃がシモンに合う上、武のフュネス家に対し文のブロワ家と政略的な均衡も取れる。

 エレオノールを妻に迎えることでシモンの立場は盤石になる。

 ちょうど二人の婚約が決まった頃、イレーヌは病死する。

 その時二人は10歳だった。

 イレーヌの死後、カルメンは側妃から正妃へと繰り上がった。



 そのような経緯で婚約は結ばれたが、肝心のシモンとエレオノールの距離は縮まらなかった。

 所詮大人の都合で選ばれた婚約者。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 シモンの方は最初は歩み寄ろうとした。

 エレオノールの見た目は眩い太陽の光を集めたかの如く輝く豪奢な金髪に、ガーネットのような赤い瞳をした美少女だ。

 シモンとエレオノールは一緒に城下町をお忍びで散策して民の生活を確認したり、一緒に机を並べて選りすぐりの講師達による教養やマナーのレッスンを受けたり、孤児院で奉仕活動をしたりした。


 しかし彼女はシモンの劣等感を刺激する存在だった。

 最初は差なんてなかったはずだった。

 でも気づいた時にはエレオノールは何をやっても完璧で、褒められるのはいつもエレオノールだけという状態になっていた。

 どの人もこぞって「エレオノール様はあんなにお出来になられるのですから、シモン王太子殿下ももっと頑張って頂かないと」というような言葉ばかり投げかけてくる。

 彼女と比較されるのがすっかり嫌になったシモンはエレオノールから次第に距離を置くようになった。

 婚約者として最低限の義務を果たすだけ。

 エレオノールの誕生日の贈り物もシモンが自ら選んだものを贈っていたのは婚約者になって最初の二年だけで、後はシモンの侍従任せ。

 贈り物と同封する誕生日を祝う言葉を記したカードすらも侍従任せだった。


 距離を置こうとしたシモンとは反対にエレオノールは一定の距離を保とうとしていた。

 エレオノールも何故シモンが自分と距離を置こうとしたのか察しており、無理に一緒に行動するのは避けていたが、定期的に手紙を書いてシモンに送っていた。

 その手紙はエレオノールのありふれた日常と顔を合わせることがほぼなくなったシモンを気遣う言葉が書かれていた。

 手紙が届いてもシモンが返事を書くことは一度としてなかった。


 そんな状態のままシモンとエレオノールは15歳になり、貴族の子女が通う名門サンブルヌ学園に入学する。

 そこでシモンは運命の出会いを果たす。


 ――愛しい恋人マリアンとの出会いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が残した破滅の種

八代奏多
恋愛
 妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。  そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。  その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。  しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。  断罪した者は次々にこう口にした。 「どうか戻ってきてください」  しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。  何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。 ※小説家になろう様でも連載中です。  9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...