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旅立ち

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     全員一斉に音の方へ視線を向けた。



兵士に見つかった!?



「誰だ!!」



 レイの声に驚いたように音を出した張本人が『ビクッ』と身体を強張らせた。



「……あ……あの……」



 声の主は女のようだ。それもどこかで聞いた声だ。



「あ、君は……」



 女の顔を見てナオキは思い出した。昼間にナオキが救った町長の所の奴隷だった。

 よく見ると顔が酷く腫れあがっている。あの後また町長に殴られたのだろう。



「!? あなたはあの時の……」



 少女もナオキに気付いたようだ。心なしか緊張がほぐれた様に見える。



「そうだよ。どうしたの? 確か町人は避難してるはずだけど……」

「あの……」



 少女は口ごもる。言いにくい事情があるのだろう。



「――何処にもいないな。おい、アッチも探すぞ!」



 少女が黙っていると、遠くから兵士の声が聞こえた。ここいたらスグに見つかってしまう。



「ナオキ行くぞ! 兵士に見つかっちまう」

「ゴメン。オレたち行くから。元気でね」



 馬に跨り少女に別れを告げた。



「あの……私を……私を一緒に連れて行ってください!」



 少女が声を挙げてナオキに言った。



「えっ? 今なんて?」



 突然のことにナオキは聞き直した。



「私を……あなた達と一緒に連れて行ってください!」

「いきなり何言って……それにオレたちは兵士に追われてるんだ。危険だし……」



 ナオキは迷った。



奴隷の少女を連れていく? 馬鹿げてる。



「もうここにはいたくないんです。お願いです。お金はありませんが、代わりに何でもします。一緒に連れて行ってください!」

「………………」



一体どうすればいいんだろう。



「ナオキ何してる? そんな女置いて早く行くぞ!」



 レイが急かす。そうだ、少女を置いて行ってしまえばそれで終わりだ。だが、傷のある悲しそうな顔、裸足で来たためにボロボロになった足。そして昼間の光景を思い出した。

 少女は逃げてきたのだ。もし少女が戻ったらまた暴力を振るわれる。そんなことナオキは許せなかった。



「……君の安全は保障できないよ?」



 ナオキは少女に手を差し出した。

 ナオキの言葉に少女は、目に涙を浮かべ安堵し笑った。



「はい! 大丈夫です!」



 ナオキの手を両手で掴んだ少女をナオキは力一杯引き上げ馬に乗せた。



「ナオキ、何でそうなるんだ」

「ゴメン。でもこの子を放ってはおけない」

「まったく、もうお人好しじゃなくて馬鹿だな」

「ハハハ」



 何も言い返せない。

 

「でもソコがナオキさんらしいじゃないですか」

「まぁ確かにな」

「オニイチャン、ヤサシイ」

「ヤサシイ。ヤサシイ」

「おい、いたぞ! あそこだ!!」



 皆がナオキの事を言っていた矢先、大きな声が響いた。



「ヤベ。見つかった!」

「行こう! 君、しっかり掴まってて」

「は、はい。よろしくお願いします」



 少女はナオキの腰に腕を回しギュッと掴んだ。



「コッチだ! 皆ついてこい」



 レイが先頭きって走り出す。



「え? ソッチって……塀だぞ!?」



 いくら何でも馬がこの高さを飛び越えるのは無理がある。



「まぁ見てろって」



 そう言うとレイは片手を前に向けた。



「バースト!!」



 レイが言葉を発すると手のひらからきりもみ状に発生した空気の塊が弾丸のように塀に飛んでいった。



ドゥゥゥン!!



 空気の塊が塀に直撃した瞬間、けたたましい破裂音と共に塀が吹き飛んでしまった。



「す……凄い……」

「これが兄さまの風魔法です」

「レイ、ちゃんと魔法使えたんだ……」

「バカにしてんのか!? エルフは人間より魔力が高いんだ。まぁ俺は剣のほうが性に合ってるからそんなに使わないだけだ」

「兄さまは村でも一番の風魔法の使い手なんですよ」

「そうだったんだ」

「オマエ、スゴイナ!」



 レイの後ろに乗っているクーがバンバンと失った腕でレイを叩いている。



「ハーッハッハッハッ! そうだろそうだろ。でもオマエって呼ぶんじゃないぞチビ。ちゃんとレイって呼んどけ」

「オマエ、オマエ」

「ガキ! だからレイだって!」



 何故だろう。兵士に追われ、鬼気迫る感じなハズなのにまるで緊張感がない。まるで鬼ごっこでもしているかのような不思議な雰囲気が漂う。これもレイやクーやガーの影響だろうか。ただ、嫌いじゃないとナオキは感じていた。



 壊された塀を抜けてその先には広い草原が広がっている。



「さぁ。このまま突っ走ろう。モタモタしてると兵士たちが追ってきちまう」

「ソレダイジョウブ。ウマ、ワタシタチノイガイステタ」

「ステタ、ステタ。ワイガ、ステタ」

「す、捨てた!? って逃がしたってことか?」

「ソウダ」



 この子供たちはそんなことまで頭が回るのか。というかゴブリンってそこまで知能が高いのか?



 ナオキはクーとガーに感心した。



「よくやったぞチビ達! 凄いじゃないか」

「エライ? ワイ、エライ?」

「おう。偉いぞ! 後で上手い飯食わしてやる」

「ヤター!」



レイの戦闘能力やリーダーシップ。ベルの回復魔法に冷静さ。クーとガーの行動力と機転の利いた判断力。本当にこのメンバーは凄い。



「なぁナオキ」



 先頭を走るレイが話し掛ける。



「ん? なんだ?」

「エルフの兄妹にゴブリンのガキ二匹、それに召喚者の人間に奴隷の女。何か面白ぇメンツが揃ったなぁ」



 レイは楽しそうに話している。



「あぁ、本当だな。まさかこんなことになるなんて思わなかった」

「そういえば嬢ちゃん、名は何て言うんだ?」



 レイがナオキの後ろでしがみついている少女に話し掛けた。

 名前……そう言えばナオキも聞いていなかった。



「は、はい。あ、アイリーンっていいます」

「アイリーンか……じゃあアイリだな」

「え?」

「なんだ、イヤか?」

「いえそんな……嫌じゃありません。ただ、お母さんがそう呼んでたんで……」

「なら決まりだ。アイリ、俺はレインズ。レイって呼んでくれ」

「私はヴェルニカです。ベルって呼んで。よろしく、アイリ」

「ワタシ、クー!」

「ワイ、ガー」

「はい。よ、よろしくお願いします」



 アイリは小さくペコリとお辞儀をした。



「最後はオレだな。って名前言ったっけ?」

「あの……ナオキさん……ですよね?」



 覚えていてくれた。



「そう、ナオキ。よろしくね」

「あの、ナオキさん……」

「ん? どうしたの?」

「に、2度も助けてもらって、有難うございます」



 ナオキに回していたアイリの腕がより一層強まる。



「い、いいよ。オレがそうしたいからしたんだ」

「でも……あなたは私にとっての英雄です」

「ハハッ。英雄って……そう言われると何だか照れ臭いね」

「本当です。ナオキさんがいなかったら私はアソコで死ぬまで奴隷で……」



 そんなアイリの手をナオキは優しく握った。



「誰でも幸せになる権利があるんだ。死ぬまで傷つけられて悲しむことなんてない。アイリちゃんもそうだ。これから一緒に幸せを探していこう」

「は……はい」



 アイリの顔からは涙がこぼれていた。それを隠すようにナオキの背中に顔を埋め力一杯ナオキを抱きしめた。



「……そうだレイ。この後どこか目的地はあるのか?」



 アイリを気遣うようにナオキはレイに話を振った。



「あぁ。先ずは俺たちの故郷の村に行こうと思う」

「エルフの村?」

「そうだ。色々あったからな。取り合えず、落ち着けるとこに行こうぜ。何、馬で行けば5日ほどで着くさ」

「私たちも帰るのは久しぶりです」



エルフの村……一体どんなとこだろう。



「勿論、チビもガキも来るよな?」

「ウン! イク」

「イクイク」

「じゃあ決まりだ! 皆、俺に付いてこい」

「あ、レイそんなに飛ばすなよ!」



 いつの間にか暗い夜にうっすら太陽の光が差し込み始めていた。長かった夜が明け、これから新しい日が始まろうとしている。













 「……そうですか。八京さんは死にましたか。残念ですが仕方ありませんねぇ」



ナオキ達を崖の上から眺めている男は1人呟いた。



 「これから先、どうなっていくのでしょう……これは大変興味深い。ですが先ずは魔王様に報告をすることにしましょうかね」



 そう言って男はその場から消えた。文字通り姿を消したのだ。



 太陽が姿を表し始めた。それは一つの物語が終わり、新たな物語の始まりを表しているかのようだった。
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