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成功からの暴力

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「よし今だ! 行け!」



 道が開けたのを見て、ナオキは叫びゴブリンの子供たちを促した。



「……ア……ア……」



 しかし子供たちは動かない。



「どぉしたんだよ。早く行け!」

「コ……コワイ……」

「大丈夫だ。ここを抜けるだけでいい。さっさとしろ」



 必死に叫ぶが子供たちは動こうとしなかった。



「おい、お前たち何してんだ。そこのガキどもを捕まえろ!」



 ゾーラの言葉に我に返った兵士たちは、子供たち目掛けて走り出した。



「ア……」



ヤバい。捕まる



 兵士たちが子供たちへ向かい、その距離がみるみる縮まっていく。

 5m……4m……3m……兵士たちが距離を詰め、いよいよその手が子供たちを捕らえようとしていた。



チクショー! もうダメだ――



 ナオキも諦めたその時、子供たちが走り出した。

 先頭を走り引っ張っているのは弟のゴブリンだ。その眼には涙を溜め、恐怖の表情を浮かべているが、歯を食いしばり必死に姉ゴブリンを引っ張っていた。



「この……待て」



 先頭を走っていた兵士は子供たちを追おうと向きを変えた。だが、後ろの兵士たちはそれに気付かずに先頭の兵士と激突してしまい、転倒した。



「バカヤロー! 何してやがる!」



 ゾーラが罵声を上げるがナオキに組み付かれて動けずにいた。



「こいつ……離しやがれ!」



 ゾーラは目茶苦茶に身体を捻り、ナオキから逃れようとする。だがナオキは離れない。



「誰が離すか!」



 ナオキはゾーラを必死に抑え込んでいた。絶対に離してはならない。



「こっちだ! 早く来い!」



 ナオキに呼ばれ、子供たちはナオキの方へ走っていった。だが、その後ろからは転倒していない兵士たちが追っていた。そして、ナオキに倒された兵士たちは起き上がり、子供たちを捕えようと行く手を遮った。完全に挟み撃ちの形になり、兵士と子供たちの距離が近くなる。

 子供たちの速度が鈍り、後ろから来た兵士たちが近づいてきた。



「く、緩めるな! そのまま突っ込め!」



 ナオキはゾーラの腰に回していた手をゾーラの膝裏へ回し、手を引いた。身体ではゾーラを押してタックルをした。その結果――ゾーラは勢いよく後ろへ倒れ、後頭部を強打した。



よし! でもまだだ――



 ゾーラを倒したナオキはすぐさま立ち上がり、子供たちの前を塞いでいる兵士たちへ向かい走り出した。



「うわああああぁ!」



 ナオキは叫びながらそのままの勢いで兵士たちに体当たりをした。

 後ろからの攻撃に不意を突かれた兵士たちは倒れた。その倒れた兵士たちの上を子供たちは踏みつけながら走っていった。



「そうだ! そのまま森へ逃げろ!」



 兵士と共に倒れたナオキは子供たちを視界に捉えて叫んだ。

 子供たちを追っていた兵士たちは、倒れた兵士を迂回しながら子供たちを追おうとしていた。

 ナオキは倒れた兵士が持っていた槍を手に取り、迂回した兵士の足元目掛けて力一杯投げた。

 その槍は見事先頭の兵士の足に絡まり、先頭の兵士は思わず倒れ、それに続いていた兵士たちも倒れていった。



「よし!」



 一人歓声を上げたナオキは子供たちに視線を向けた。ソコには倒れていたゾーラの顔面を踏みつけながら走っている子供たちが目に入った。



これで無事に逃げられるだろう……良かった……



 逃げる子供たちを眺めながらナオキの心は満たされていた。そんなナオキの気持ちを知ってか知らずか森に入る直前に子供たちは急に立ち止まりこちらを向いた。



「オニィチャン……アリガトウ……」



 姉のゴブリンがナオキに向かい頭を下げた。



「ア……アリガ……トウ」



 弟のゴブリンも姉に習い頭を下げる。



「お前たち……いいからさっさと行け。もう捕まるなよ」



 ナオキは笑顔で森へ走って行く子供たちを見送った。とても晴れやかな気分だった。



「こんなことしてニィチャン。覚悟はできてるんだろうな……」



 後頭部と顔面を押さえながら座り込んでいるゾーラが言った。その声は低く、怒気が込められていた。

 ゾーラの声を聞き、ナオキは自分の状況を理解した。

 たかがゴブリンの子供2匹を逃がすためにここにいる兵士たちすべてを敵に回したことになる。

 今更ながら冷静になってみると、その行動の馬鹿さ加減に自分自身呆れた。だが不思議と後悔は無かった。



「い、いや~。たかがゴブリンの子供2匹じゃないですか、逃がしてやっても皆さん怒らな……やっぱ怒ってますよね……」



 出来るだけ明るくしゃべり、この場を和やかにしようとするが、流石にそうはならない。



「なんだ。さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ? ここにいる連中、ニイチャンにメチャクチャにされて気が立ってるんだ。どうしてくれるんだ? おい?」



 ゾーラはゆっくりナオキの方へ歩いてきた。そしてその声には静かに、だが確実に力がこもっていた。それはまるで噴火が起こる前の火山のようだ。



「いや、あの……すいませんでした! たかがゴブリンなんですけどオレ可哀そうで……」



 ナオキは深々と頭を下げた。どうにか殺気立ったこの場を乗り切らなければ。

 そんなナオキの両肩を掴みゾーラは優しくナオキを起こした。



「何も謝るこたぁねぇ。ニイチャンはニイチャンの思いのまま行動した。そうだろう?」



 笑みを浮かべたゾーラはナオキに言い聞かせるように言った。



「は、はい……そうです……じゃあさっきのことは水に流して――ウグッ!」



 ナオキが喋り終わらないうちにミゾオチに激痛が走り膝から崩れた。

 ゾーラが膝蹴りをしたのだ。



「ニィチャン。ニイチャンの考えは立派だ。そしてそれを行動できるのも褒めてやろう。だがな、それに対しての責任は果たさなきゃいけねぇ。そうだろ?」



ガッ!



 地面に顔を付けたナオキの頭をゾーラは踏みながら言った。



「せ、責任?」

「そうだ。ここにいる全員の期待を裏切っちまった責任だ! それをいま果たしてもらわなくちゃ皆納得できねぇ。そうだろ? お前ら!」



 ゾーラの言葉に兵士たちが怒号とも歓声ともとれる声をあげて応えた。



「ど、どするつもりですか……」

「まだわからねぇのかよ。感が悪ぃな。しょうがねぇ教えてやる」



 ゾーラは中腰になり、踏みつけていたナオキの髪を乱暴に掴んでゾーラの顔近くに寄せた。



「内容は簡単だ! さっきのガキどもの代わりをニイチャンがするのさ。俺たちの気が済むまでな!」



 やはりそうか。出来ればそうであってほしくなかったが、不幸が確定した瞬間だった。

 目の前が真っ暗になった。だが、本当の恐怖はここから始まるのだ。



「そんな、暴力はやめましょうよ! そんなことしても何にもなりませんから」

「いいや、そうとも限らねぇぞ。俺たちがニイチャンを殴ることで俺たちは再びハイになれる。そしてニイチャンはこれに懲りて二度と馬鹿なことをやらなくなる。な? いいことずくめじゃねぇか」



全然いいことじゃ無いぞ! それにオレは懲りるもんか



 ナオキが心に決めた時、ゾーラがナオキの首元を掴み立ち上がった。

 ナオキをゾーラは片手で軽々と持ち上げた。足が地面に着かなくなったナオキは苦しさと焦りで足をバタバタとバタつかせた。



「ニイチャン。Shall we dance?」



 持ち上げたナオキをゾーラは勢いよく投げた。その先にはいつの間にかゾーラを中心に円陣になっていた兵士たちがいた。投げられたナオキは兵士たちにぶつかり、そのまま身体の自由を奪われた。



「ゾーラ、思いっきり投げすぎだぞ! 痛えだろうが」



 兵士はそう言いながらも楽しそうだ。



「ワリィワリィ。でもようこんなにムカついたのは久しぶりなんだ。つい力が入っちまうってもんよ」



 ゾーラも楽しそうだった。顔には笑みを浮かべている。



「お前らしっかり捕まえておけよ。ニイチャン、オメェはリスタなんだ。ゴブリンの時より派手にいかせてもらうぜ!」



 言い終わる前にゾーラはナオキに向って走っていた。勢いそのままにナオキのミゾオチに前蹴りを送った。



「ヴッ!」



 声にならない声がナオキから絞り出される。ナオキを掴んでいた兵士たちは、掴む力を緩めた。すると、ナオキは再び膝から崩れた。その後、胃の内容物が急激に込み上げナオキは嘔吐した。



「おいおい、きったねぇな。でもまだこんなもんじゃねぇ、ぞっ!」



 ナオキが吐き終わるころを見計らい今度はナオキの顎目掛けて足をけり上げた。幸い舌は噛まなかったが、その衝撃でナオキはひっくり返った。



やっべぇ。冗談じゃねぇぞこんなの。高校の時だってもうちょっと手加減されてたぞ



 尚も倒れたナオキの脇腹をゾーラは蹴った。ナオキはゴロゴロと転がった。ゾーラに蹴られた箇所全てに激痛が走りナオキは動けないでいた。



 そんなナオキに水滴が当たった。



 雨だ。



 先ほどまで覆っていた雲がいよいよ雫を落とし始めたのだった。



「ち、降ってきやがった。でも終わるにはまだ早えぇぞ! おい、こいつを立たせろ」



 兵士に命じ、ナオキを起き上がらせるとゾーラはファイティングポーズをとりナオキを殴り始めた。

顔、脇腹、ミゾオチ、顔、顔、ミゾオチ……ジャブやフック、アッパーなど様々なパンチがナオキを襲った。



「やっぱゴブリンと違ってリスタはタフだ。殴りがいがあるぜ!」



 尚もゾーラは嬉しそうに殴り続けている。



やっぱ痛ぇ。チクショー。こんなことならあの子たち逃がさなけりゃ良かったか……いや、そんなことない。少なくてもあの子たちに危害はほとんどなかった。それだけでもやる価値はあった。あとはオレがひたすら耐えるだけだ。この人はあとどれくらい殴れば気が済むんだ。もうあちこち痛くて訳が分からねぇ……



 気が遠くなりそうになりながらナオキは高校の時を思い出していた。

 玲と一緒にいたあの頃。あの時もこんなふうに先輩たちにやられていた。ただ、今と違うのは隣に玲はいない。やられているのが自分だけではない。それだけでも心が救われていたことにナオキは初めて知った。

 そしてあの時、あまりの辛さから逃げて全てを玲一人に背負わせてしまったことに今更後悔した。



これはあの時のせめてもの罪滅ぼしかもな……



 理不尽な暴力を受けそう思うことでナオキは自分自身を納得させようとした。



 ――どれだけ殴られただろうか。ナオキは気を失っていた。それは一瞬か数十秒かそれとも数分かナオキには分らない。ただナオキを殴っているのがゾーラではなく違う兵士になっていた。おそらく兵士たちが代わる代わるナオキを殴っていたのだろう。



やっぱりリスタってタフにできてるんだな……



確かに痛みはある。だが身体を動かそうと思えば動ける気がした。だがそれもいつまでもつか……



オレ……このまま殺されるのかな……



 ボンヤリとそんなことを考えながらナオキはあることを思い出していた。今度は玲とのことではなく、八京とのことだ。それは数日前、ジュダと八京と話していた時の八京の言葉だった。



 『一番大事なものは自分の命だ。もし無理だと感じたら迷わず逃げてほしい。いいね? 僕は君たちに死んでほしくないんだ』



 確かに八京はそう言った。
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