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ナオキの決意

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      ――奴隷には何をやっても許される――



それがこの世界の掟……何だよそれ……そんなのおかしいだろ……



 ――掟に背いたら重罪――



女の子が殴られてるんだ!



 ――それが掟――



そんなの間違ってる! ……オレは……どうする……



 ナオキの身体中の血液が沸騰していくのが分かる。



どうする? オレは……どうする?



 自身の拳を痛いほどに握っていたが、ナオキは気にもしなかった。



どうする……



どうする……



どうする……



どうする……



どうする……



 ナオキが葛藤している間も少女への暴力は続いていた。

 いつの間にかナオキは玲との記憶を思い出していた。



 玲はいつだって弱い者の味方だった。そんな玲に不安を覚えつつナオキは憧れ、惹か、称えていた。玲のようになれたらいいのにと思っていた。でもナオキは玲ではない。玲のようにはなれなかった。怖かった。玲のようにすることで暴力がナオキに向けられるのが。その罵声がナオキに向けられるのが。その狂気がナオキに向けられるのが。その悪意に満ちた視線がナオキに向けられるのが。とにかくナオキに向けられる負の存在全てが怖かった。



どうすればいい……



 何度も同じことを繰り返した。そんな中でルカの言葉が小さく差し込む光のように浮かんだ。



 ――これからのことはナオキさん自身で選べます。そして、玲さんはナオキさんに何を望んでたんでしょう――



オレ自身が選ぶべきこと……



 ――玲さんが望んだであろうことをしていけば、ナオキさんの今の悩みも苦しみも少しは癒されるんじゃないですか――



そうだ。玲の気持ちに望みに応えると誓ったんだ。今がその時じゃないか。こんなとこでビビって立っているだけでいいわけない。



 ナオキは更に拳を握った爪が手の肉にめり込み血がにじんでいるがそんなことは気にならなかった。



 ナオキの隣ではルカが泣き怯えている。

 ナオキのすぐ先では明日香と八京が泣いている。みんな悔しいんだ。辛いんだ。悲しいんだ。理不尽なこの状況に何もできないでいるんだ。



玲……オレやってみるよ……まだビビってるけどやってみるよ……』



 心の中で覚悟を決めた時、ナオキは走り出していた――



 少女が奴隷だから――そんな理由で少女が殴られ、蹴られ、罵倒されて苦しんでいる。そんな姿をナオキは許したくなかった。今までならそう思っても動けずにいただろう。だが今は違う。

 玲との日々が、そしてルカの言葉がナオキに勇気を与えてくれた。



 ナオキは暴力を振るっている男の目の前まで来た。後ろでは八京が叫んでいるがもうナオキの耳には届かない。



大丈夫……何もこの人を殺ろうってわけじゃない。ただ彼女への暴力を止めるだけだ。



 心の中で呟き、震える拳を力一杯握った。



「あぁ? にぃちゃん何か用か? こっちは忙しいんだけどよ」



 少女の胸倉を掴むその手を放さず、男は顔だけをナオキへ向けた。ナオキの要件など微塵も想像できていない。



「あの……」

「あん?」



大丈夫……大丈夫だ。



「その子への暴力を辞めてもらえますか? その子、もう傷だらけじゃないですか」



よし! 言えた。



「はぁ? にぃちゃん何言ってんだ? コイツはワシの奴隷だぞ!? 今は冗談に付き合ってられるほどワシの機嫌は良くねぇ。冗談言うならヨソで言え」



 男は片手でナオキへあっちへ行くように手を払った。



ビビるな。ここでビビってたら前と同じだ。



「じょ、冗談じゃないです」

「はぁ?」

「冗談なんかじゃないです。その子への暴力を辞めてください。もうその子、気を失ってるじゃないですか」

「気を失ってようが失ってなかろうが関係ねえだろ。ワシがワシの奴隷をどうしようと勝手だろ」



 男の怒りの矛先がナオキへ向けられた。



「いくら奴隷だからって、やって良いこととダメなことはあるんじゃないですか? しかも相手は女の子ですよ? 大の大人が女の子を殴って良いはず無いじゃないですか!」

「だからぁ。コイツはワシの奴隷なんだよ。殴ろうが犯そうが殺そうがワシの勝手だろ!? にぃちゃん、何を言ってるんだよ?」



 男が更にイラつく。声も大きくなっている。



「そんなことない! その子もアナタも同じ人間じゃないか! それなのに一方的に暴力を振るうなんておかしいだろ‼」



 ナオキの声も大きくなる。それに伴って感情も高ぶる。



「にぃちゃん頭おかしいのか? ワシとこの女が同じ人間!?」

「そ、そうだよ」

「同じなわけあるか! コイツはタダの奴隷だぞ? 人間の皮を被った家畜同然の存在だろ! そんなこともわからねぇのかお前は!!」



 男の声はもはや怒鳴り声だ。

 そんな中。八京がナオキの元へ走ってきた。



「すいません。この少年、ちょっと事情があって。世の中の決まりごとがまだわかってないんです」



 八京は頭を下げた。



「おい。にぃちゃんそこの坊主をどっか連れてけよ。いい加減ワシも黙っちゃいないぜ」



 男は八京に吐き捨てるように言った。八京が間に入ったことで多少落ち着きを取り戻したように見える。



「はい。ナオキ君、行くよ」



 八京はナオキの手を引くが、ナオキは譲らなかった。



「離してください! どう見たってこのおっさんがおかしいでしょ! この子がこんなになるまで暴力を振るうなんてコイツよっぽどのクズだ!」



 ナオキの中の感情が熱く煮えたぎっている。男へ向かっていこうとするが、それを八京が羽交い絞めで止めた。



「やめるんだナオキ君! 落ち着いて」

「おいおい坊主。言葉には気をつけろ。一回痛い目見ないと分からねぇのか?」



 男の声に再び怒りが混じる。顔も紅色している。



「やってみろよ! お前みたいなクズの攻撃なんて屁でもないぞ!」



 もはやナオキの感情はマグマのようだ。脳内にアドレナリンが大量に放出され怒りが制御できない。



「てめぇ!」



 男が少女を振り飛ばし、ナオキ目掛けて迫ってきた。こちらも怒りが限界を突破している。

 男は拳を振りかぶりナオキの顔面目掛けて大振りにパンチを振るった――

 ナオキはそれを躱そうと身体を動かそうとする――が出来ない。八京に羽交い絞めにされナオキは身動きが取れないことに今になって気付いた。



「ちょっ、まっ……」



ガッ!



 ナオキが言い切る前に男の一撃がナオキの顔面を捉えた。



「へへぇ、どうだぁ」



 満足そうな笑みを浮かべて男が言った。



「いってぇ……このおっさんマジで殴りやがった……」



 殴られた箇所が熱を帯びている。



「なんだ、まだ元気じゃねぇか。何ならもう一発喰らわせてやるぜ」

「ちょっ、まてよ!」



 ナオキが慌てて男の行動を言葉で遮った。



「八京さん、放してください! 動けないですよ」



 ナオキは八京に言ったが八京は一向に力を抜かない。



「駄目だ。君を放したらこの人を殴るだろ?」

「当たり前じゃないですか。オレやられてるんですよ?」

「だから駄目なんだよ。君が殴ったらこの人が大怪我をする。僕は君にそんなことをさせる訳にはいかない」

「そ、そんなぁ……」

「何だにぃちゃん。まだ抑えててくれるのかよ。じゃあ遠慮なくもう一発……」



 再び男がナオキ目掛けて振り被った。その時――



「――ダンさん。いつまで待たせるんですか? いい加減待ちくたびれましたよ」



 家の窓から男の声がした。

 ダン――ナオキを殴った町長のことだろう。そして今の声には聞き覚えがあった。



「ちっ! 客がいたことをすっかり忘れてたぜ」



 まだ殴りたりなさそうなダンは『ペッ』と唾を吐き捨てた。



「わかってますよぉ! すぐ行きます」

「お願いしますよ。私もそんなに暇ではないんで」



 やはり家の中にいる男の声は聞き覚えがある。だがどこで聞いたのか思い出せない。



「ちっ。芸人風情が偉そうに……今行きますから待っててください」



 ダンは踵を返して――



「にぃちゃん。その坊主を連れてさっさと出て行ってくれ。今日はこれで見逃してやる」

「わかりました。スグに連れて出ます」



 八京はダンの言うことを了承した。



「おい、坊主! 二度とこの町に入ってくるな。今度見つけたらタダじゃおかねぇからな」



 ダンは吐き捨てるように言って家に入っていった。



「クソジジイ! 何勝手に話終わらせてるんだよ。全然決着ついてねぇだろ!」



 ナオキは家の中に入っていったダンへ向かって叫んだ。そんなナオキに八京は尚も続いている羽交い絞めの力を強めた。



「――っ!? や、八京さん? 力強くないですか? って言うかもうジジイいないですよ? もうこれ辞めてもいいんじゃないですか? マジで痛いんですけど……」



 力を込められてナオキは苦悶の表情をした。このまま力を強めていったら息が出来ず窒息してしまう。



「ナオキ君、もう暴れたりしない? 大きい声を出して周りに迷惑をかけない?」



 八京の口調は静かだが凄みがあった。八京の怒りが感じ取れる。



「……ハイ……暴れません……大声も出しません……」



 力なくナオキは言った。すると八京はようやくナオキの拘束を解いた。



「ナオキ君。君、僕が止めてなければ大変なことになってたんだよ!? それを理解してるのかい?」



 静かな怒りと共に吐き出すように八京は言った。



「……ハイ……でも、向こうが悪いんだし……オレ、殴られたんですけど……」



 なんとも情けない言い訳だと分かっているが言わずにはいられなかった。



「君の言い分は分かる。でもこの世界にはこの世界のルールがある。勿論、それを事前に教えなかった僕にも責任はある。けど、もう少し冷静に対処してほしかった」

「……ハイ……すいません……」

「あと、君が殴られたけど。君はリスターターだからあのくらいのパンチ何十発受けても大丈夫だよ。少し痛いかもしれないけどダメージなんてまるでないはずさ」



 確かに言われてみれば、殴られた頬は痛みも引いている。



「反対に君が本気で町長を殴ったら即死だったよ」

「!?」

「そのくらいリスターターは強い。強すぎるんだ。決して忘れないように」

「ハ、ハイ。気をつけます……」



八京さんが止めてくれなかったらオレ、今頃人殺しだったかもしれないのか……あっぶね~



 今更になって自分の存在がどのようなものなのか。それを思い知らされた。



「ナオキ大丈夫? 殴られてたけど……」



 明日香とルカがナオキ達の元へ来た。二人ともナオキを心配してくれている。



「あぁ大丈夫。何ともないよ」

「そ、そうなんですか? あの男の人。センパイのこと思いっきり殴ってましたけど……」



 尚もルカはナオキの事を心配していた。確かにナオキがリスタじゃなかったら歯が2~3本折れていたかもしれない。



「ホント大丈夫だよ。ほら、怪我も無いし。全然痛くないから」



 ナオキは自分で殴られた場所を殴って見せた。



「そうだ、オレよりもさっきの女の子――」



 すっかり忘れていたが、ダンに散々殴られ意識を失っていた少女が気になった。確か、すぐ近くで倒れていたはずだが。



「大丈夫。酷い殴られ方だけど、命に別状は無さそうだ。これなら僕の回復魔法である程度治せそうだよ」



 既に八京が少女に付いていた。あんなに派手にやられていたのに命に別状は無いなんて不幸中の幸いと言うべきか……いや、奴隷である彼女にとって幸いなことなんて無いのかもしれない。

 八京は少女へ回復魔法を施し始めた。すると、徐々にではあるが少女の傷が癒えていくのがわかった。
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