1 / 90
明日香
しおりを挟む呼吸が速く浅い。心臓の鼓動が聞こえそうなくらいバクバク激しく動いている。
高揚・恐怖・興奮・緊張・不安……おそらくそういった様々な感情が金剛明日香の身体を廻っている。
草木が生い茂る森の中、木々の隙間から日差しが降り注いでいる。少し前まで草の匂いが鼻を刺激していたのに今は感じない。感じるほどの余裕が無い。動いていなくてもじんわり汗ばむほど暑いはずが、今は背中から冷たい汗が流れている。
両手で握っている槍がひどく重い。その槍の先にはドロッと粘度が高く、青い液体がこびり付いていた。
明日香の視界には2匹のゴブリンがいる。皮膚は深緑色で目が大きく耳が尖っている。身長は1mほどだろうか。動物の毛皮を羽織っている。
1匹は横たわっていて動く気配がない。明日香が槍で仕留めたのだ。
もう1匹は大きく吊り上がった目を見開いてこちらを睨みつけている。歯を食いしばり、腹の底から絞り出すような低くおぞましい呻き声を発していた。
――気持ち悪い――
そう思わずにはいられない。
ゴブリンは怒っていた。
家族? 仲間? 関係はどうでもいい。とにかく大事な者が殺されたのだ。当然の反応だろう。
しかしそんなことを気にするつもりは明日香にはサラサラ無い。もう1匹のゴブリンも始末することになりそうだからだ。
本来であれば、隣で剣を構えてブルブル震えているナオキがもう一匹のゴブリンを仕留めるはずだった。だが全く動けず今に至る。
「ちょっとナオキ! アンタの獲物なんだからさっさとやっつけてよ。ほら、アイツかなり怒ってるじゃない」
「いや、無理だよ。怖いし、それに何だか可哀そうじゃないか」
ハァ……とため息が漏れる。
「可哀そう? 相手はゴブリンよ!? 人間に害しか与えない害虫に対して何言ってるの!? いいから早くやりなさいよ」
まったく話にならない。何でこんな臆病な奴がこの世界に召喚されたのかも理解できない。
明日香だって出来ることならこんなことはやりたくはない。だが、この世界ではやらなくてはいけない。なぜナオキにはそれが理解できないのだろう。
「ほら、その手に持ってる剣で一突きよ! そうすればスグ終わるわ」
「そんな簡単にいくかよ。相手だって生きてるんだ。もしかしたら襲ってくるかもしれないじゃないか」
役立たず。アンタなんか連れてくるんじゃなかった。
心の中でナオキを誘ったことを呪った。
もしかしてではなく、いつ襲って来てもおかしくはない。そんなオーラがゴブリンからは感じてとれる。だから尚更、速やかに始末する必要があった。
このままナオキと言い合いをしていたら、ゴブリンが隙をついて襲って来る。そして、二人のウチどちらかが負傷するだろう。最悪死ぬ。
誘ったのは私だし、もう私がやるしかない。
深呼吸をし、覚悟を決めると明日香はゴブリン目掛けて飛び出した。
しかし、それを読んでいたようにゴブリンも明日香目を掛けて飛び出していた。そして体勢を低くし、明日香のミゾオチへ体当たりをした。
ドフッ
意表を突かれた明日香はその衝撃で後ろへ倒れた。その拍子に持っていた槍が手から離れた。
「あぁ……」
隣で見ていたナオキから思わず声が漏れる。
『あぁ……』じゃないわよ! 誰のおかげで私がこんな目に合ってると思ってるの!! 二人が無事帰れたら絶対アンタのことぶっ飛ばしてやる。
痛みに耐えながら心の中でナオキに向けて悪態を吐く。合わせて明日香はこの状況をどう対処するかを考えていた。
だがミゾオチの痛みと倒れた衝撃でうまく考えが纏まらない。そんな中、ゴブリンは明日香の持っていた槍を手に取りこちらへ歩いてくる。
ヤバい、逃げないと。
身体を動かそうとするが痛みでうまく動けない。
そうしている間にゴブリンは明日香の目の前に立ち、槍を振り下ろそうとしていた。
体が動かない……八京さん……
ゴブリンの攻撃に備えていると、ドンッという音と共に左から衝撃が走り飛ばされた。
ナオキだ!
ゴブリンが振り下ろす直前にナオキはヘッドスライディングの形で明日香を突き飛ばしたのだ。その結果、ナオキはゴブリンの攻撃を背中に受けることになったが、幸いなことに刃先ではなく柄の部分で攻撃を受けていた。
「あがぁぁぁ!」
ナオキから声がした。
「馬鹿! 何で私を突き飛ばすの!? ゴブリンを攻撃しなさいよ!」
痛みに耐えながらも悪態が出てしまう。
「うぅぅ」
どうやらナオキは痛みで言葉を発することが出来ないようだ。
ゴブリンは再び攻撃をするべくもう一度槍を振りかぶっていた。
「危ない! ナオキ避けて」
ドゥン!
言い切る前にナオキの背中にもう一撃入った。
「うっ……」
衝撃でナオキの身体がエビのように反り返る。今回も刃先ではなく柄が当たったため致命傷には見えないが、ナオキは動かなかった。
何度も何度もゴブリンはナオキに槍を叩き付け、そのたびにナオキの体は反り返った。
やがてゴブリンは槍の刃先をナオキの頭目掛けて大きく振りかぶった。
「や、やめて! ナオキが死んじゃう……」
明日香は叫んだが、ゴブリンの動きは止まらない。明日香は必死で動こうとするが痛みのせいでうまく動けず地べたを這いずるような動作になってしまう。
このままじゃナオキが殺されちゃう。私の体、動いてよ……
必死に動こうとするが、身体は思うように動かない。
やがてゴブリンの持つ槍がナオキ目掛けて振り下ろされた。
「いやーーーー」
明日香は思わず目を閉じた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる