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第1章
第28話 消音魔法
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ヘンリーのダンスの自主練習も、まあまあ順調だ。
俺とジョセフィンが、ヘンリーとイリーのパートナー役をやったり、イリーとヘンリーが踊っていて手が空いている時は、クラヴィーアを演奏したりした。
まだ動きは固いけど、授業のときに目立って下手には見えないくらいには上達してきている。
イリーは、女子ってだけで、練習につきあわされて、最初は嫌そうだったけれど、二回目くらいからは楽しそうに練習に参加している。
でも、時々不満そうな声をあげる。
「はー、なんというか、紅茶も美味しいとかどういうことなの!?」
その日はほとんどミスなく順調に終わったので、休憩室で、お茶をする事にしたんだけど、ジョセフィンが煎れてくれたお茶を飲んだイリーがブツブツ言い出した。
「美味しいって、文句言われてる?」
スミレの砂糖漬けを出しながら、ジョセフィンが首を傾げる。
「これ、こういうとこ。スミレの砂糖漬けなんてお洒落な物、騎士科で出されるとは思わなかったわ。
ダンスも、女子パートまでできて、クラヴィーアも弾けて、煎れるお茶も美味しいとか、何でも出来すぎよ。」
「お褒めに預かり、光栄です?」
授業を受けているだけだと、それほど目立たないけど、ジョセフィンは何かと、器用だし気が利いているので、
よく、どうして騎士科にいるのか、と聞かれている。
俺につきあわせて申し訳ない、と思う。
「他人事みたいな顔しているけど、マーカスも、何でもできちゃうわよね。」
「俺は、ジョスみたいに気が利くわけじゃない。お茶だって、野営なら煎れることもあるけど、その時は、ただ茶葉にお湯を注ぐだけだし。
こういう風に美味しくいれられないよ。」
紅茶を一口二口。温度も濃さも香りも、安定の美味しさだ。飲んで微笑むと、ジョセフィンが少し照れくさそうな顔をした。
ヘンリーは、スミレの砂糖漬けを、いたく気に入ったようで、「可愛い可愛い」と言いながら、少しずつかじっている。
「ね、ねえ、これ。どこで売っているの?お祖母様がこういうの好きだから、贈りたい。」
パクパク食べるものではないから、花一輪分だけを配ったのだが、花びらを丁寧にちぎって、大事そうに眺めている。
「ああ、後でお店を教えるね。」
ジョセフィンが、にっこりと笑って言った。俺の経営する商会で扱っている商品だ。
ありがとうございます、今後ともよろしくお願いいたします、と俺も心の中で言う。
「そういえば、あの怖い先輩。謹慎明けて戻って来たんでしょう。何事もなかった?」
イリーがふと、思い出したように言う。
「ああ、グリース先輩? 今のところ特には。落ち着いたんじゃないかな。」
「そんなすぐに変わるものじゃないんでしょ?気をつけなさいよね。」
「ありがとう。」
なんだかんだ、ほぼヘンリーの為のダンスの自主練習にも参加しているし、気にかけてくれているし、いい奴なんだな、と思う。
じっとみていると、イリーが片眉を上げてじろりとこちらを見た。
「なあに?何か言いたげ。」
「イリーって、結構いい奴なんだなって思って。」
「結構ってなによ!」
イリーが口を尖らすと、ヘンリーが手を挙げた。
「あ、俺はどう?」
「‥‥結構‥‥変な奴」
「あはは」
笑い合っていると、コンコンと休憩室のドアをノックする音がした。
ディートフリード・アズールが部屋に入って来て言う。
「君達、外迄笑い声が聞こえていたぞ。休憩中と入っても、ここは他の学科の生徒も使うエリアだ。気をつけたまえ。」
「あ、忘れてた。」
俺は、慌てて、さっと手を振り、部屋の壁に添って、部屋全面に消音魔法をかけた。
「かけといた。まあ、もうそろそろ休憩終わって出るけど。」
「‥‥‥。気をつけたまえ‥‥。」
ディートフリードは何故か納得していないような難しい顔をして、部屋を後にして行った。
ディートフリードが部屋を出てから、時計をもう一度確認し、カップなどを片付け始める。
「なんか、アズールって、クラス長って感じだね。」
「真面目だよね。」
口々に言っていると、ヘンリーが部屋をぐるりと見回して、言った。
「マーカス、今消音魔法かけたんだね。無詠唱で。」
「うん? うん。」
俺が頷くと、イリーが、キョロキョロとして、はぁーっと呆れた声を出した。
「だからか!アズールが変な顔して出て行ったのは!」
「え、俺のせい?」
「魔法のこと詳しくないけど、以前家庭教師に習った時、無詠唱できたら一人前って言われたわよ。消音魔法だって出来る人少ないんじゃない?」
「そうなの?でも軍では必要だろ?」
「必要でも魔導士に頼んだりするんじゃないの?とにかく、普通は出来ないことだったから、アズールが反応に困る顔してたんだと思うよ。」
「へえ」
習得難易度が多少高いというだけの魔法だし、出来たら便利というだけだよな。
「まあ、魔法の方が剣術より得意ってどうよ、って呆れられるのは分かるけども。」
「それ!結構皆思ってるからね!」
「はは!」
笑いながら、休憩室を出ると、廊下の向こう側に人の集団が居るのが目に止まった。
背の高い人の影になりながら、ちらっとキャラメルブロンドの髪が見えた。
ひょっと、顔をのぞかせたトリー殿下が、翠色の目を見開き、「あ」という顔をする。
しかし、すぐにすっと周囲が庇うように動いて、人の壁で姿が見えなくなった。
そして、殿下の周辺がこちらを警戒しているような圧を感じる。
厄介事を避けるように、皆口をつぐみ、集団と反対方向に向かって歩き出した。
俺とジョセフィンが、ヘンリーとイリーのパートナー役をやったり、イリーとヘンリーが踊っていて手が空いている時は、クラヴィーアを演奏したりした。
まだ動きは固いけど、授業のときに目立って下手には見えないくらいには上達してきている。
イリーは、女子ってだけで、練習につきあわされて、最初は嫌そうだったけれど、二回目くらいからは楽しそうに練習に参加している。
でも、時々不満そうな声をあげる。
「はー、なんというか、紅茶も美味しいとかどういうことなの!?」
その日はほとんどミスなく順調に終わったので、休憩室で、お茶をする事にしたんだけど、ジョセフィンが煎れてくれたお茶を飲んだイリーがブツブツ言い出した。
「美味しいって、文句言われてる?」
スミレの砂糖漬けを出しながら、ジョセフィンが首を傾げる。
「これ、こういうとこ。スミレの砂糖漬けなんてお洒落な物、騎士科で出されるとは思わなかったわ。
ダンスも、女子パートまでできて、クラヴィーアも弾けて、煎れるお茶も美味しいとか、何でも出来すぎよ。」
「お褒めに預かり、光栄です?」
授業を受けているだけだと、それほど目立たないけど、ジョセフィンは何かと、器用だし気が利いているので、
よく、どうして騎士科にいるのか、と聞かれている。
俺につきあわせて申し訳ない、と思う。
「他人事みたいな顔しているけど、マーカスも、何でもできちゃうわよね。」
「俺は、ジョスみたいに気が利くわけじゃない。お茶だって、野営なら煎れることもあるけど、その時は、ただ茶葉にお湯を注ぐだけだし。
こういう風に美味しくいれられないよ。」
紅茶を一口二口。温度も濃さも香りも、安定の美味しさだ。飲んで微笑むと、ジョセフィンが少し照れくさそうな顔をした。
ヘンリーは、スミレの砂糖漬けを、いたく気に入ったようで、「可愛い可愛い」と言いながら、少しずつかじっている。
「ね、ねえ、これ。どこで売っているの?お祖母様がこういうの好きだから、贈りたい。」
パクパク食べるものではないから、花一輪分だけを配ったのだが、花びらを丁寧にちぎって、大事そうに眺めている。
「ああ、後でお店を教えるね。」
ジョセフィンが、にっこりと笑って言った。俺の経営する商会で扱っている商品だ。
ありがとうございます、今後ともよろしくお願いいたします、と俺も心の中で言う。
「そういえば、あの怖い先輩。謹慎明けて戻って来たんでしょう。何事もなかった?」
イリーがふと、思い出したように言う。
「ああ、グリース先輩? 今のところ特には。落ち着いたんじゃないかな。」
「そんなすぐに変わるものじゃないんでしょ?気をつけなさいよね。」
「ありがとう。」
なんだかんだ、ほぼヘンリーの為のダンスの自主練習にも参加しているし、気にかけてくれているし、いい奴なんだな、と思う。
じっとみていると、イリーが片眉を上げてじろりとこちらを見た。
「なあに?何か言いたげ。」
「イリーって、結構いい奴なんだなって思って。」
「結構ってなによ!」
イリーが口を尖らすと、ヘンリーが手を挙げた。
「あ、俺はどう?」
「‥‥結構‥‥変な奴」
「あはは」
笑い合っていると、コンコンと休憩室のドアをノックする音がした。
ディートフリード・アズールが部屋に入って来て言う。
「君達、外迄笑い声が聞こえていたぞ。休憩中と入っても、ここは他の学科の生徒も使うエリアだ。気をつけたまえ。」
「あ、忘れてた。」
俺は、慌てて、さっと手を振り、部屋の壁に添って、部屋全面に消音魔法をかけた。
「かけといた。まあ、もうそろそろ休憩終わって出るけど。」
「‥‥‥。気をつけたまえ‥‥。」
ディートフリードは何故か納得していないような難しい顔をして、部屋を後にして行った。
ディートフリードが部屋を出てから、時計をもう一度確認し、カップなどを片付け始める。
「なんか、アズールって、クラス長って感じだね。」
「真面目だよね。」
口々に言っていると、ヘンリーが部屋をぐるりと見回して、言った。
「マーカス、今消音魔法かけたんだね。無詠唱で。」
「うん? うん。」
俺が頷くと、イリーが、キョロキョロとして、はぁーっと呆れた声を出した。
「だからか!アズールが変な顔して出て行ったのは!」
「え、俺のせい?」
「魔法のこと詳しくないけど、以前家庭教師に習った時、無詠唱できたら一人前って言われたわよ。消音魔法だって出来る人少ないんじゃない?」
「そうなの?でも軍では必要だろ?」
「必要でも魔導士に頼んだりするんじゃないの?とにかく、普通は出来ないことだったから、アズールが反応に困る顔してたんだと思うよ。」
「へえ」
習得難易度が多少高いというだけの魔法だし、出来たら便利というだけだよな。
「まあ、魔法の方が剣術より得意ってどうよ、って呆れられるのは分かるけども。」
「それ!結構皆思ってるからね!」
「はは!」
笑いながら、休憩室を出ると、廊下の向こう側に人の集団が居るのが目に止まった。
背の高い人の影になりながら、ちらっとキャラメルブロンドの髪が見えた。
ひょっと、顔をのぞかせたトリー殿下が、翠色の目を見開き、「あ」という顔をする。
しかし、すぐにすっと周囲が庇うように動いて、人の壁で姿が見えなくなった。
そして、殿下の周辺がこちらを警戒しているような圧を感じる。
厄介事を避けるように、皆口をつぐみ、集団と反対方向に向かって歩き出した。
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