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第1章

第25話 王子様がやってきた

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まだ朝もやが残る早朝。学園の奥のバラ園の薔薇が朝露できらめく。シーンと静かで引き締まった空気を、切り裂くようにパーンという音が訓練場に響いた。
的の中央から右下2cmのところに矢が打ち込まれている。

「ずれた‥‥。」

一度深呼吸してから、もう一度弓を構える。弦に指をかけてキリキリと引く。

パーン!

今度は少し左にずれた。
落ち着かなくて、夜明け前に目が覚めてしまい、学園の早朝の訓練場を借りに来た。

オスカーは、そろそろ実家のある領に着いた頃だろう。別に心配で落ち着かないというわけではない。
俺が出来る事はもうないし。そもそも、俺がやったのは、計画を練っただけ。後は、家の力を借りれるように頼んだ。

オスカーの抱えている環境に憤って、つい、家の力を借りないとできないような計略を考えてしまった。
俺のアイデアだとか、力だとかだけではどうにもならないようなことをしようとしている。

家の力は極力使いたくなかったのに。

ジョセフインや家族を護る為なら、何よりも優先するつもりだから、迷わない。
でも、オスカーの場合は違う。
別に、今の選択を後悔しているわけではないけど。

この先を考える。今は、商会を運営するにも家の力を借りている。卒業する頃には独り立ちするつもりだ。
その時に、今みたいなこと、誰かを助ける事ができるようになっているんだろうか。

商会をもっと大きくすれば?騎士になれば? 
自分の力で出来る事がもっと増えるのかな。

パーン!

今度は的の中央に当たった。

「わあ、すごい!」

いきなり声がして、びくっと軽く跳ねた。
考えに没頭しすぎて、誰か来たのに気がつかなかったらしい。
振り向いて、キャラメルブロンドの髪の少年を見て硬直した。

「‥‥ぇ?」
「すごいねぇ! どまんなかだねぇ!」

トリー殿下が、邪気のない笑顔をして、訓練場入り口に立っていた。

「と、トリー殿下。どうしてここに?」

声をしぼりだすようにして、問いかけた。

「あ、音がしてたから。邪魔しちゃってごめんね。」

朝の散歩をしている時に音がしたから、見に来たのだという。
護衛はどうしたんだ?

「お一人でですか? 護衛の方は?」
「僕一人だよ。まだ起きていない時間だから。」
「いやいやいや。護衛の人ドアの前にいたんじゃないの?」
「うーん?ドアの方はわからないけど、一階だしテラスから出れるよ?」
「ダメじゃん。そもそも王宮から通っているんじゃないの?」
「うん。寮に入っているんだよ。あはは。」
「何でそこで笑う?」

話している途中でトリー殿下がケラケラと笑い出した。怪訝な顔をしてみていると、トリー殿下が、ふふふ、と楽しそうに笑った。

「君、面白くって。僕にそんな話し方でしゃべってくれる人初めて。」
「あー‥‥。失礼しました。」

つい、タメ口でしゃべってしまった。どうしよう。今更修正不可能?

「ううん。是非そのままのしゃべり方でいて。ねえ、君、会った事あるかな?」
「‥‥以前、訓練場に残っていたときに、いらっしゃったときにすれ違ったことがあります。」

顔に既視感があるのかもしれないけど、そこはスルーする。

「そう?あ、前のしゃべり方がいいよ。前のしゃべり方でしゃべってよ。」
「‥‥どうしゃべろうが、俺の自由ですよ。」

砕けた態度で接して欲しいのかもしれないが、それを強制されて実行するなら、それは「砕けた態度」ではない、と思う。
ちょっとイラっとしてつい言い返してしまった。
しまった、と思って、トリー殿下の方を見ると、翠色の瞳をキラキラさせて俺を見ている。なんなの?

「そう!そうだよね! うわー!なんかドキドキする。」
「‥‥大丈夫?」
「よくわからないけどね。心臓が、トックントックンって、いつもより大きく鳴って。ぽーっとするような。目の前がキラキラして見えるような。」
「‥‥ちょっと座りましょうか。」

顔を赤くして、少し呼吸が乱れているトリー殿下を、壁際のベンチに促す。ハンカチを出して、ベンチの上に敷いて、座るように勧めた。

ベンチにちょこんと座ったトリー殿下に、水筒から、カップに水を注いで勧める。

「毒味、必要?」

トリー殿下が頷いたので、一口飲んでみせてからカップを渡した。
トリー殿下は両手でカップを持ち、一口飲んで、ふぅーっと息を吐き出した。
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