半分異世界

月野槐樹

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第9章 詩英3

第127話 新しい支え

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「あ、手を洗ってね。タオルここだから。」

スリッパを履こうとした時、仁美叔母さんが俺に振り返って言った。先に洗面所で手を洗って欲しいと言われて直ぐに従う。赤ん坊がいるからね。
殺菌作用があるらしいハンドソープで、意識して丁寧に手を洗った。

リビングに通された。散らかっていると言っていたけど、そんなこともない。ローテーブルの上に赤ちゃん系の雑誌がいくつか重ねて置いてあるだけだ。
促されてソファーに腰を下ろした。

見回すと、壁際の棚に小さいフォトフレームがいくつか飾られているのが目に留まった。
仁美叔母さんと和人叔父さんと瑛太。もう一つは瑛太と圭が並んで映っていた。
圭の最近の最近の写真ってあんまりなかったんだよな。学校のイベントの写真とかは有ったので遺影にはそれを使ったけど。

多分圭の携帯には友達と撮った写真とかがあったんだろうけど、携帯は見つからなかった。瑛太も、他のクラスメートも行方不明だし‥‥。
柏木君は‥‥圭の写真を持っているかもしれない。会う機会があったら、訊いてみようかな。

そんな事を考えながら写真を眺めていたら、仁美叔母さんが赤ちゃんを抱えてリビングに入って来た。
俺に抱っこさせてくれようとするんだけど‥‥。超こわごわ。

手、小さい。頭も小さい。いろいろ小さい。俺が抱っこして本当に大丈夫?

「顔は私似って言われてるの」って仁美叔母さんはいうけど、まだそんなに顔つきがしっかりしてないからよくわからない。

おぼつかない手つきで抱っこする。しっかりした重みに何だか「ここに命がある」という感覚があった。
圭が産まれて初めて会った頃をふと思い出す。

「ジェイ君‥‥。」
「‥‥あれ?」

気がついたら頬に涙が流れていた。慎重に赤ちゃんを仁美叔母さんに渡してから、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭った。何で涙が出たんだろう。

「なんだろう。命って尊いね。」

俺は涙をごまかすように笑顔を作ってみせた。仁美叔母さんは静かに笑った。

「‥‥漢字は違うけどね。『ケイタ』って名付けたの。色々考えて、話し合って‥‥。」
「ケイタ‥‥ですか‥‥。」
「そうなの。」

仁美叔母さんが、赤ちゃんの名前が書かれた命名書を出して来てくれる。漢字は「彗汰」。圭の名前の文字とは違うけど読みを「ケイ」にしたのか。そして瑛太の「汰」。
瑛太と圭の名前を意識してつけたんだな。漢字が違うのは敢えてなのかな。

「代わり、と思っているわけじゃないのよ。でも、二人の分も元気に生きて欲しいって思って‥‥。」
「そうなんですね‥‥。」

そう言った仁美叔母さんの声は涙声になっていた。

瑛太の行方は半年経った今も全く分かっていない。現場に遺体の痕跡は見つからなかったという。だから死亡判定もされてはいない。あくまでも今は「行方不明」の状態だ。
諦めたくないけど、どうすることもできない。その中で、この子が心の支えになっているのだと思う。

赤ん坊の彗汰君の顔を見つめると、微かに笑ったように口元が動いた。
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