半分異世界

月野槐樹

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第9章 詩英3

第125話 スーツイケメン

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焼いたサンマに添えられた大根おろしに醤油をほんの少し垂らす。
スダチを絞ってから箸でサンマの皮を破り大根おろしと一緒に口に含む。
ふんわりとしたサンマの身の旨味が口の中に広がる。

「今日はまかない食べて行くんだ?」
トレーを持ったYが声をかけてきて、俺の向かい側にトレーを置いて座った。

「サンマって聞いて食べたくなった。Yも?」
「おう、サンマの季節だし。」
Yがサンマに手を合わせて「いただきます。」と言って、味噌汁椀を手にした。

「‥‥で‥‥お袋さんから返信あったの?」
「いや‥‥。」

ちらりと自分のトレーの隣に置いていたスマホに目をやって手に取り、メールの返信画面だけ確認してまたトレーの脇に置いた。

「返信なし。‥‥まあ、いつものことだよ。」

「じゃあ叔母さんの出産祝いの件は?」
「こっちで適当にきめちゃうよ。仕方ない。」

仁美叔母さんところに子供が産まれた。男の子だそうだ。
男の子と聞いて、行方不明になっている仁美叔母さんの息子である瑛太の事が真っ先に思い浮かんだ。
「瑛太の代わり」なんて、軽々しく言うべきではないから口にはしないけれど。

既に退院はしていたそうだが、バイト先の奥様方から、「出産後は身体がボロボロだからすぐには会いに行かない方がいい。」と助言を受けていたのだ。
といっても、では何時行ったらいいのか分からなかったのでダイレクトに仁美叔母さんに「行ってよい時期になったら教えて」ってメールを送った。
買い出しやら、料理とか必要だったら言ってとも伝えておいた。

そうしたら、「まだ来てくれても、おかまい出来る状況じゃないけど買い出しだけ頼めると嬉しい。」って連絡が来たので明日会いに行く事になった。
頼まれた買い物をして少しだけ赤ちゃんの顔を見せてもらう予定だけど、出産祝いを渡そうと思っていた。
だから母さんにも「一緒に行く?」ってメールをしてみたけど「仕事が忙しい」って返事があった。その後、出産祝い金はいくら包むかとか、手土産は何がいいかとか
追加でメールを送ったんだけど、それの返事がない。

母さんが忙しそうだから家の代表で祝い金持って行こうと思ってるんだけどなぁ。
俺はまだ学生だし、俺の名前でお祝い金持って行って、「家」から何もなかったまずくない?って思ったんだけどさ。

まあいいや。祝儀袋は俺の名前で渡そう。
頼まれた買い物以外の手土産は、手軽に食べれそうなものがいいのかな。

そんな事を考えながらまかないを食べていたからゆっくりだったのか、後から来たYの方が早く食べ終わりそうだった。

「そういえばさ。また最近特集やったよね。丁度シフト入ってて見られなかったんだけど。」

数日前、関東圏学生行方不明事件の特集番組が久しぶりにテレビで放映された。
俺は番組を見られなかったけど何か新しい情報でも入ったのかと思ってYに訊いてみた。

「ああ‥‥あれか‥‥。」
「何か情報が入ったとかじゃないの?」
「特にはないんだ。前の行方不明事件から半年経って、次の事件は起きていない。何故かって考察を『有識者』が‥‥。」
「有識者なんているの?」
「分かった風な事言うコメンテーターってやつだよ。そもそも何か手がかりが見つかったとかでもないのに、アーデモナイコーデモナイって仮説をこねくり回してる。」
「そんなだったんだ‥‥。」
「まあ、周りの記憶から忘れられるってのを防ぐ役には立つだろうけど、それだけ。」

特に情報が入らず進展がないということは、番組を見るまでもなく分かっていたけど、Yは、忘れられて情報が入らなくなるよりはマシと思って番組用の取材に応じていたらしい。

「唯一良いのは‥‥、良いっていっていいかわからないけど、俺ってスーツ着ると別人らしくて、バイトしててお客さんに「あの事件の人ですか」とか訊かれることもなかったんだよね。」
「ああ、確かに。Yってスーツイケメンだよな。」
「それ、普段駄目みたいやん。」

Yは普段、髪型ボサボサで無精髭を生やしているし服装もラフだ。
取材の直前だけ髭を剃る。それがスーツを着るとなんだかきりっとしてるんだよな。
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