私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
86 / 99
第八章 こころ揺れる

敵か味方か

しおりを挟む


 今日もろくに話せなかった―――


 学園から帰る馬車で、ゼンは恒例のひとり反省会を開いていた。

 頭の中でだけなら、エティエンヌと上手く話せるのに、現実ではいつも空回りだ。
 打開策を考えては挑戦して失敗し、別の策を考えてまた失敗。袋小路に入り込んだような、底なし沼に嵌って身動きが取れないような気分。とにかく追い込まれているのは間違いない。

 自邸に到着し、俯き加減でエントランスに足を踏み入れた。

 出迎えた執事に鞄と上着を渡し、とぼとぼと部屋に向かう。

 後ろで執事が何か言っているが、落ち込んでいるゼンは生返事ばかりで、ろくに聞いていなかった。


 だから、目の前にいた人物の声に驚いた。


「あ、帰って来た。ゼン、お帰り~」

「うわっ!」


 ぐるぐると思考が迷走中だったゼンは、真正面から声をかけられたにも関わらず、顔をのけぞらせながら大声を上げた。


 そんなゼンの反応に目の前でぱちぱちと目を瞬かせているのは、最近のゼンの悩みの種の一つとなっているトーラオだった。

 そう、ヒロインとして異世界転移して来た仮想敵の筈が、ただ女装を強要されていた哀れな少年と分かり、なんだかんだで神殿から王城預かりになった彼だ。

 加えて、王城ではやたらエティエンヌと親しく話している、ゼンにとって今最も気にくわない奴でもある。


「トーラオ、なぜトリガー家うちにいるのですか? 君は王城預かりだった筈だ」


 声に多少の刺々しさがあるのは完全なる私情だ。

 そう問うたゼンに、トーラオではなくゼンの斜め後ろにいた執事から非難含みの視線が向けられた。理由は、トーラオの次の言葉で明らかになった。


「え? 今さっき、そこの執事さんが歩きながら説明してたじゃないか。ゼンってば、返事してたくせに、全然聞いてなかったの?」


 振り返れば、執事はジト目でゼンを見ていた。


 ゼンは眉尻を下げ、右手で首の後ろをさすった。執事の視線が痛い。

 取り敢えず、廊下で立ったままというのもアレなので、サロンへと移動し、今度はきちんと説明を聞いた。


「・・・は? 暫くトリガー家うちで暮らす? 君が?」


 そうして改めて聞いた話は、なんとトーラオが王城を出てトリガー家預かりとなるというもの。

 聖女騒ぎの一件で、強硬派である前大神官アンゲナス一派の排除に成功したものの、完全に一掃できた訳ではなく、不満分子は神殿にも、そして神殿と繋がる一部の貴族たちの中にも残っていた。

 完全に排除するまでにはまだ時間がかかる事、それら不満分子の矛先が聖女候補とされたトーラオに向く可能性がある事。その場合、人の出入りが多い王城では、却って警備の穴が突かれかねない事。


「王族の居住棟なら安全性はかなり高くなるって意見もあったんだけど」

「なにっ?!」


 ゼンの語気が荒くなる。

 許し難い。トーラオが王族の居住棟に移るなら、今以上にエティエンヌと会い放題ではないか。


「でもすぐに却下になってね。ほら、僕は王族でもなんでもないし、護衛の為と言っても、ヒロイン紛いのただの異世界転移者だし、居住棟に入れるほどの理由にならないって事で」


 それで名乗りをあげたのが、ホークス・トリガーだったと言う。


 曰く、個人の貴族邸ならば、出入りする人物の監督管理がしやすいし、より目も届く。大人数の、しかも場所によっては不特定多数の人の出入りがある王城より、安全だと。


 ホークスの理屈は分かる。
 王城の、王族居住棟に入るとかいう案よりよほどマシだし、現実的である事も。


 だが、なぜよりによってトリガー家うちなのか。


 ここ最近、城に行くとよく目にしていた光景が―――エティエンヌとトーラオが仲良くお茶する光景がゼンの脳裏に思い出され、胸に熱く黒いモヤモヤが湧き起こる。


 ―――いや、引き離せてよかったと思うべきだ。

 それに、腹の立つ奴だが危ない目に遭ってほしい訳じゃない。ここに居た方がより安全だと言うのなら。


 そもそも、トーラオと顔を合わせないようにすれば済む話だと、ゼンが頭の中で結論づけた時。


 トーラオが言った。


「世話になるお礼に相談に乗ろうか?」

「は?」


 ゼンは目を丸くした。相談? 恋敵のトーラオに?


「ゼンって、子どもの時から困ってたでしょ? エティエンヌの前だと素直になれなくて誤解させちゃったまま今に至って。どうやら、まだ婚約話も出て来てないみたいだし」


 てっきり、トーラオはエティエンヌに好意があるのだと思っていたゼンは、言葉に詰まる。

 するとトーラオは、固まるゼンにとんでもない爆弾を投下した。


「知ってる? ほんの一部の貴族らしいけど、僕をどこかの有力貴族の養子にして、エチと結婚させるなんて意見も出てるらしいよ」







しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...