私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第七章 恋の花は咲きますか?

春は近いか遠いのか

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 それから少しして、マルセリオ王国のハイゼン公爵、つまりジュヌヴィエーヌの生家からエルドリッジ国王宛てに書簡が届いた。


 先だって、エルドリッジが七彩なないろの異世界転移の件について真実を記したものを送ったその返信としてである。

 ジュヌヴィエーヌの父ケイダリオン・ハイゼンは、1作目の悪役令嬢だった自身の娘を助けてくれたエルドリッジ国王に深い恩義を感じていた。故に、2作目の悪役令嬢とされている彼の娘もまた、運命から逃れられたと知って、とても喜んだのだ。


 今回の書簡を届けた使者は前回と同じ、ケイダリオンの嫡男でありジュヌヴィエーヌの兄であるバーソロミュー。

 恐らくはジュヌヴィエーヌの様子を直に確かめる為と、マルセリオ王国のやんちゃ・・・・な王太子たちの動向を報告する目的もあるようだ。


 エルドリッジは、早速ジュヌヴィエーヌを呼んでバーソロミューに会わせ、彼自身は宰相を通して歓迎の宴の準備を進めさせた。

 使者たち一行の疲労を慮って、宴は翌日に催す予定、もちろん国内の貴族家には通達済みだ。


 この時、ジュヌヴィエーヌはてっきり前回のようにバーソロミューが滞在する客間の隣の部屋をあてがってもらえると勝手に思っていたのだが、残念ながら今回はそうならなかった。

 と言って何も不便はない。
 王族専用居住棟から本城の西翼にある客間専用フロアに行けば済む話で、少しばかり余分な時間と手間がかかる程度だ。だが、ジュヌヴィエーヌとしては前回と今回の違いが生まれた理由が分からず、困惑してしまう。


 前回許されたことが、今回は駄目とされた、それがもしジュヌヴィエーヌが知らないうちに犯した何らかの瑕疵にあるとしたら。


 ーーーなどと心配したものの、直接エルドリッジに聞いてみれば、至極くだらない・・・いや、それを決定した本人にとっては至って切実な理由にあった。




「・・・だって本城の西翼だと、なかなか顔が見られなくなっちゃうから」


 バツが悪そうに、少し申し訳なさげにそう言ったのは、最近また少し痩せたエルドリッジだ。

 光の柱と共に七彩が現れた時から、いや、ラムラース熱病がアデラハイム王国を襲ってからずっと、いつも以上に忙しく国政に携わっていたエルドリッジは、その後の大神殿の大掃除やその後処理が加わって、とんでもなく忙しい毎日を送っていた。

 日課だった家族と一緒の朝食も来られないくらいに。
 朝食が難しいなら昼食、夕食は言わずもがなだ。

 エルドリッジはほぼ執務室にこもりきりになり、執務室の隣にある仮眠用の簡易ベッドで眠ることも多くなった。

 そんなエルドリッジも、たびたび宰相たちに心配されて王族専用居住棟の自室へと強制送還される。大抵は夜も更けていて、けれどエルドリッジはそんな時は少しでも家族との時間を取ろうとした。あまりに遅すぎる時は、寝顔を見るだけで満足して部屋に戻った。


 ジュヌヴィエーヌもまた、顔を見に訪うひとりに数えられており、夜にエルドリッジがふらりと寄る事が時々あった。

 ジュヌヴィエーヌは夜の静かな時間に読書や刺繍をする事を好むので、エルドリッジが来る時は大抵起きている。

 そんな時、ジュヌヴィエーヌは手ずからハーブティーを入れ、ほんの少しの時間、エルドリッジとお喋りをする。

 エルドリッジは存外その時間を楽しみにしていたらしい。ジュヌヴィエーヌが客間に移ってしまうと、それが出来なくなるというのが今回客間が与えられなかった理由のようだ。

 40近い立派な大人、それもアデラハイムという大国の政を担っている国王が、しょんぼりと眉をハの字に下げてゴニョゴニョと言い訳する様は、なんというか、ちょっと意外で可愛らしくて。


 なにより、自身が何か粗相をした訳ではないと分かり、安堵したジュヌヴィエーヌはふわりと柔らかく笑った。


「ふふ、安心しました。私、何かいけない事を知らずにしてしまったのかと」

「イケナイコトって何か響きが・・・いやいやそんな事より、大丈夫だからね。ただ、ちょっとの時間でも会いたかったんだ。いい大人が子どもみたいな事を言ってゴメン」


 人差し指で頬を掻きながら苦笑するエルドリッジを見て、何故だかジュヌヴィエーヌは、ふわふわとした不思議な気持ちになった。


 それにしても、エルドリッジの顔に滲む疲労感がすごい。肩でも揉んであげるべきかとジュヌヴィエーヌが考えていた時、扉をノックする音がした。


 エルドリッジが誰何すれば、王太子のオスニエル。

 入室を許可すると、どこか困惑の表情を浮かべたオスニエルが扉の向こうから現れて。


「父上、先日受け取った候補の令嬢たちの件でお聞きしたい事が・・・」


 と、言いかけたところで、エルドリッジの近くに立つジュヌヴィエーヌの姿に気づき、気まずそうに口を閉じた。









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