私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
64 / 99
第六章 続編のヒロイン来たる

そっちの心配はなくなったけど

しおりを挟む
 

 七彩なないろが神官や下男など男性を近寄らせなかったのは、誰もが彼を女性だと思い込んでいた為。特に大神官の指示によるハニートラップを警戒したのだとか。


『襲われそうになった時に、実は男ですってバラせば、場を乗り切れると思って』いうのは後の七彩の言である。



 まさかそこまではしないのでは、と純真なジュヌヴィエーヌは思ったが、エティエンヌの説明によると、実際『アデ花』の作中にそんな描写があるのだそう。もちろん女性バージョンのナナに、である。七彩はそれを覚えていた。

 ちなみに、小説によるとその時ナナは王城から派遣されていた護衛騎士の一人が助けに入る。
 その騎士がサイラス・ヴェルファスト。騎士団長次男で、オスニエルたちと一緒になってナナに夢中になり、婚約者との婚約を破棄した挙句、エティエンヌの断罪にも加わる人物だ。
 小説だからご都合主義なのは仕方ないが、なぜオスニエルと同い年で、まだ学生である筈のサイラスがナナの護衛として神殿に詰めていたのか、そこを突っ込む読者はいなかったらしい。


「まあ、編集者は気づいてたのに修正入れなかったけどね・・・」


 と、なぜか遠い目でエティエンヌが言った。






 さて、以前はヒロインを神殿に押し込める気満々だったエルドリッジは、七彩からの3通目の手紙を読んで方向転換を余儀なくされた。そう、早急に七彩を神殿から引き離す事に決めたのだ。

 王城に引き取ってもオスニエルたちが恋にとち狂う事はないと分かったし、大神官アンゲナスの動きがだいぶ怪しくなってきた事もある。


 公式認定もされていないのに七彩が聖女という噂を平民の間で流し、神殿への支持を高めようと工作し始めたのだ。


 エルドリッジ側と連絡を取りつつ今もなお部屋に引きこもる七彩を、アンゲナスは何だかんだと理屈をつけては民の前に引っ張り出そうとしては失敗。段々とその態度に余裕がなくなり、苛立ちを見せるようになってきた。

 エルドリッジが国王の権限を使い、問答無用で七彩を王城に連れて行く手もあるが、それだと暫く神殿と王家との騒動が続く恐れがある。なにより、後で難癖をつけられて、神殿に返せと言われた時に反論しづらい。


 という訳で、原作と似た状況をわざと作り出す事にした。

 そう、アンゲナスの指示によりラムロスが七彩の部屋に侵入した現場を押さえる事にしたのだ。


 今回ラムロスを捕まえる役目をするのは、サイラスではなくアムナスハルト。
 アンゲナスの妾腹の子で、ラムロスの異母弟。有能だが、平神官のままアンゲナスにこき使われている青年、そしてエルドリッジの協力者である。


「な、なぜお前がここにいる・・・っ?」

「神殿内で怪しい動きがありましたので」


 焦るラムロスの手を捻り上げながら、アムナスハルトは涼しい顔で答えた。


 折りしもその夜、内大臣が神殿に来ていた。
 多忙な為に日中に来る事が叶わず、と、よりによってラムロスが夜這いをかけたその日に、神殿の祈りの間にいたのだ。


 七彩の部屋で争う声が何故か・・・内大臣がいる祈りの間にまで聞こえたらしく、騒ぎが起きてすぐに「何事だ」と内大臣が護衛を引き連れて駆けつけた。その素早さに、アンゲナスはもみ消す暇もなく。


 内大臣が、その場で拘束されたラムロスを確認。大神官の嫡子であり、現主神官であり、次の大神官候補であると知ると、「次の大神官と目されるお方が強姦魔とは」と、大袈裟に嘆いてみせた。

 それから、取り押さえた側であるアムナスハルトに注意を向け、内大臣が名を尋ねる。名前と平神官である事を話すと、内大臣は、平神官にも関わらず七彩を守った勇気を褒め称えた。


「これは陛下にご報告せねば」


 内大臣は、止める大神官の声を無視し、その場を後にする。

 もちろん、強姦未遂の現行犯であるラムロスは、その場で内大臣の護衛が王城の牢へと連れていく事になり、後に国王から処断が言い渡された。それと同時に、夜這いを指示したアンゲナスの責任も追及し、大神官の地位を剥奪。他に協力した神官たちも芋づる式に拘束した。






「いやあ、神殿の大掃除ができた。呆気なかったなぁ」


 国王の執務室で、エルドリッジは笑った。


「エチの話通りに光の柱が立った時は心配したけれど、ヒロイン問題は案外あっさりと解決したよね」






 ―――上機嫌で笑うこの時のエルドリッジは、まだ気づいていない。


 事情を聞いて、ジュヌヴィエーヌやエティエンヌと同じく庇護の対象と見なし王城に引き取ったはいいものの、七彩はれっきとした男性であること、そして、ジュヌヴィエーヌやエティエンヌと同年代の若者であることを。


 そう、男性である七彩が、ヒロインとなってオスニエルやシルヴェスタ、ゼンやサイラスらを惑わす恐れはない。



 その恐れ確かにないけれど―――











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

処理中です...