私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
51 / 99
第五章 続編開始のカウントダウン

七彩

しおりを挟む


「ヒロインの、名前・・・」


ジュヌヴィエーヌが呟く。

考えてみれば、当たり前の事だった。
いつも誰もがヒロインヒロインと呼んでいたから、そのままに受け取っていたけれど。


「物語だもの。1作目のマリアンヌの様に、続編のヒロインにも名前はちゃんとあるわ。ただこの国の人たちにとっては少し、発音がしにくいの」


少しの間の後、エティエンヌは小さな声で七彩なないろと言った。


「え?」


ジュヌヴィエーヌは首を傾げる。


「ヒロインの名前、七彩なないろっていうの。でもこの世界の人たちは誰も正確に発音できなくて、愛称で呼ぶ事にするのよ・・・ナナってね」


ジュジュさまは言える?と問われ、フルネームを口にしてみる。


聞いた通りに言ってるつもりが、ナニャロ、とか、ナニャーニョという音になる。


何度も挑戦しているうちに口の周りの筋肉がむずむずし始めて、思わず口元を手で押さえる。
それを見たエティエンヌが苦笑した。


「お父さまもそうだったわ。『アデ花』の通りね。誰も七彩なないろってちゃんと言えないの」


でも、と、エティエンヌは目を伏せる。


「私の居場所を奪う・・・かもしれない人を愛称で呼ぶのはなんか嫌で・・・お父さまにも、オス兄さまにも、シルとか他の皆にも、まだその愛称を口にしてほしくなくて」


―――だからヒロインと呼ぶようにしていたのよ。




その後、ぽつぽつと続いたエティエンヌの話を、ジュヌヴィエーヌは不思議な思いで聞いていた。

所々というか、だいぶ理解が追いつかない話だった。

理解の範疇を越えると言えば、そもそも『マル花』と『アデ花』の話そのものがそうなのだけれど。


エティエンヌの前世の世界は、そもそもジュヌヴィエーヌが知るそれとはまったく社会の基盤や通念からして違うから。


「まずね、日本では、身分の違いというものがここほど騒がれないの。身分より学力とか経済力・・・自分でお金を稼ぐ力の方が重視される感じかしら」

「ニホン、というのね」


ジュヌヴィエーヌは、不思議そうにエティエンヌの前世の国の名前を繰り返す。


ニホンには貴族も王族もいない。皇族はいるそうだが、ジュヌヴィエーヌのいる世界での皇族とは少し違うらしい。

絶対的な身分差はないが、貧富の差はある。
男女差はないとは言えないが、意見は自由に言えるし、こちらの世界ほど力関係が偏っていないとか。

全員とは言わないが、将来についても基本的に本人が選び決められると聞き、ジュヌヴィエーヌは目を丸くする。


「自分で生き方を決める・・・?」


環境にも寄るが、基本的に、望めば男女関係なく望む教育を受けられる。
結婚相手もまた然りだと。

しかも、その世界では自由恋愛が普通だという。


結婚前に、いや、そもそも結婚を前提とせずに楽しむ恋愛というものがあり、スキンシップもマナーも言葉使いも、こちらよりずっと砕けたもので。

イメージとしてはこの世界での平民同士の交流を想像したらいいと言われ、ジュヌヴィエーヌは目を白黒させる。
彼女が知る世界とあまりにも違うから。



「でもヒロインに関しては『マル花』と根本は同じなのよ。平民だった頃の距離感で親しげに接してきたマリアンヌに、王太子は恋をしたでしょう?
続編の『アデ花』もそうなの。日本にいた時と同じ感覚でオス兄さまやシル、ゼンたちと親しげに接して・・・そんな天真爛漫で奔放なヒロインに皆、惹かれて恋に落ちるのよ」


でも、とエティエンヌは続ける。


「そんな無邪気で奔放なままで王太子妃になっては駄目。だけど私が邪魔をしたら断罪される。お父さまだって、信じたいとは思うけれど、どこまで頑張れるか分からないわ。だから私は、願っているの」



どうか、彼女がアデラハイムの全てを手に入れようなんて思いませんようにって―――













しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

処理中です...