私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
48 / 99
第五章 続編開始のカウントダウン

残念男

しおりを挟む


「もうっ! なによ、なによ、なんなのよ! いきなり馬車で一緒に行くとか言い出しておいて、道中ほぼ無言とか意味が分からないわ!」


果たしてジュヌヴィエーヌの予想通り、非常に微妙な雰囲気の中、エティエンヌは馬車から降りてきた。

一緒に部屋に戻り、侍女たちを下がらせてジュヌヴィエーヌと2人きり。

ここでようやく、エティエンヌは本日の不満を思い切りぶちまけた。


「馬車に乗るなり『今日はいい天気だね』って言ったの。もちろん途切れ途切れよ。つなぎ合わせてそういう意味だろうと思ったの。でもそもそも今日は曇り空だし、なんなら雨も少しチラついていたし!」


ゼンの練習用会話フレーズ集に曇り空バージョンがなかった事を、2人は知らない。


「でも私も鬼じゃないから、そこは指摘せずに頷いてあげたわ。ちょっと目は窓の外を確認してしまったけれど」


エティエンヌ、ゼンの前では意外と大人対応である。


「なのにゼンったら、しかめ面でこっちを睨むのよ。かと思うと、急にニヤリと笑うの。そんなの、何か企んでるみたいで怖いじゃないの!」


どうやら笑顔の練習は、まだまだ回数が足りていなかった様だ。
ゼンの渾身の笑みは、エティエンヌの目には恐ろしく映ったらしい。


「それだけならまだ我慢できたのよ。なのにゼンったら」


急に勢いがなくなったエティエンヌは、俯いてぎゅっとスカートを握りしめる。


心配になったジュヌヴィエーヌが近くに寄ろうと腰を浮かしかけた時、エティエンヌが続けた。


「私のこと、エティエンヌ王女って呼んだのよ・・・っ!」


エティエンヌの眉が、悔しげにきゅっと眉間に寄る。ジュヌヴィエーヌはその理由が分からず、故になんと言っていいかも分からず。

ただ心配そうに口を開いては、そのまま閉じるを繰り返した。


「馬車に乗る前はエチって呼んだくせに」


本当に悔しかったのだろう、みるみるエティエンヌの目に涙が浮かび上がり、ぽろぽろと溢れ落ちる。


「エチさま・・・」


おずおずと愛称を呼ぶと、エティエンヌは涙をそのままにキッとジュヌヴィエーヌを見た。
もちろん彼女に対して怒っているのではない。


「昔に戻れたみたいで、ちょっと嬉しかったのに! 前みたいに仲良くなるのは難しいとしても、少しはお互いに歩み寄れるかと思ったのに・・・っ!」

「そう、ね」

「だから私も呼び方を変えたわ。『なにかしら、トリガー令息』って答えてやったの。そうしたら、私を無視していきなり窓の外の景色を眺めだしたのよ? もう・・・っ、無視するくらいなら、最初から同乗なんかしないでほしいわ・・・っ!」

「・・・残念だったわね」

「残念も残念! 大残念よ! ゼンは・・・あいつは残念男よ~っ!」


ジュヌヴィエーヌはポケットからハンカチを取り出し、エティエンヌの涙を拭う。

ゼンがどういう人なのか、ジュヌヴィエーヌには判断する材料がとても少なく、会ったのは今朝を含めても2度ほどだ。しかも今朝は挨拶程度しか交わしていない。


だが、オスニエルたちと話をしている時に、何度か彼の名前が出た事はある。
その時は決して悪い様には話していなかった。いや、むしろ不器用だが真っ直ぐないい奴だと褒めていたのに。


「もう放っておいてくれて構わないのに、ゼンったら帰りも教室まで迎えに来るのよ」


エティエンヌによると、帰りはまだ少し態度がマシになっていたらしい。

妙な間と、途切れ途切れの言葉。
それでも、朝よりは態度も目つきも話し方も改善していたそうだ。

ほんの少しだとエティエンヌは言うが。


だがそれでも、明日もまた迎えに来るという彼の去り際の言葉にエティエンヌは頷く気になれず、やんわりと断りを入れた。


けれどゼンはそれに同意せず、絶対に来ると言い張ったらしい。


結果、ジュヌヴィエーヌが馬車停まりに迎えに行った時の、あの非常に微妙な空気となった訳だ。


「明日の朝こそきちんと断るわ。オス兄さまが帰って来るまであの残念男と馬車が一緒なんて、耐えられないもの」


そうエティエンヌは息巻いた。








しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...