私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第三章 もう一人の悪役令嬢

信じる、信じたい

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実は、オスニエルにも、シルヴェスタにも、そしてエティエンヌにもまだ婚約者がいない。

それは王国の慣例上、非常に稀な事態だった。


アデラハイムではマルセリオと同様、王族および貴族の男子は12歳になると婚約者を定める事が通例となっている。

オスニエルが10歳の時に茶会が計画されたのはその為だった―――エティエンヌが倒れた事で、有耶無耶になったけれど。



「『アデ花』ではね、オス兄さまにはテレサさま、シルにはペネロペさまという立派な婚約者がいるの」


だが、物語の展開を聞いたエルドリッジとホークスが、将来の問題の火種を可能な限り少なくする為、慣例を曲げて婚約者を決めない事にした。

その理由については、オスニエルは12の時に、シルヴェスタは11の時に本人に説明があったと言う。

エルドリッジの知る息子2人が、賢く繊細で優しいオスニエルとシルヴェスタが、『アデ花』に書かれている通りの愚行を将来に犯すなどとエルドリッジは思っていない。

だが同時に、過信は良くないとも思っている。

万が一にでも婚約破棄などという事態に陥れば、王家の求心力が下がる事は勿論、相手の令嬢にも取り返しのつかない傷がつく。


そしてそれは将来、王家との間の禍根となるのだ。


「だから、異例な事だけどお父さまは公に発表なさったの。オス兄さまの婚約者は、兄さまが18になった時に選定を開始し、19歳になる前には正式に発表するって。シルの婚約者の選定も、大体それと同時期になるらしいわ」


それは、『アデ花』が終わるタイミングでもあるという。

婚約破棄の可能性が否定しきれない以上、その可能性が完全に潰れてから新たに関係を構築した方がいい。

変更された選定タイミングに合わせ、短期に調整された王太子妃教育プログラムも作成済みだ。
高位貴族の教育を受けた令嬢なら、2年もかからずに終わるという。


そこまで聞いて、ジュヌヴィエーヌは感嘆に近い溜め息を漏らした。


「なんと言ったらいいのか・・・エルドリッジさまは随分と用意周到な方なのですね」


国が乱れない様に、混乱が少なくなる様に。


合理的で、でも配慮を忘れず、予想される被害を最小限に抑える為に様々なケースを想定して。


「そういう方なのよ、お父さまは。まあ、素直にお父さまの提案を受け入れたオス兄さまとシルも凄いと思うけど」


そう言って肩を竦めるエティエンヌは、声色だけを聞くととても誇らしげだ。


実はエティエンヌは、荷造りを終えたトランクを、今もクローゼットの奥に保険として仕舞い込んでいる。
けれど、それを持ち出すのは最後の最後とも決めていた。

だって、父はエティエンヌの願いをちゃんと叶えてくれた。
第1作目の悪役令嬢であるジュヌヴィエーヌを、ファビアンに使い潰されるだけの惨めな側妃という未来から救い出したのだ。


そうやってエルドリッジは、エティエンヌに証明してみせた。
少なくとも、物語の筋書き通りにしか進まないなどという『強制力』なるものはこの世界に存在しないと。


だから、もう一人の悪役令嬢エティエンヌも、ギリギリまでここにいて、最後まで諦めないと決めたのだ。
 

「・・・そう言えば」


ふと、昔のことを思い出し、エティエンヌは口元に手を当て、くすりと笑う。


「お父さまが、ジュジュさまを側妃にするって初めて私たちに言った時の事を思い出したわ。オス兄さまとシルの顔ったら、そりゃもう見ものだったのよ。口をあんぐりと開けて、暫く放心して動かなくて。今思い出しても笑っちゃう」

「ふふ、その反応はなんとなく想像がつきますわ。さぞ驚かれたでしょうね」


オスニエルとシルヴェスタにとっても、青天の霹靂だったろう。
なにしろ、それまで頑なに断っていた後添えを遂に迎えると言い出した上、それが自分たちとさほど年の変わらない少女だったのだから。


「なのにこうして皆さまに温かく迎えていただいて・・・私は幸せ者ですわ」




マルセリオを出発した時。

ジュヌヴィエーヌは魔女の秘薬が入った小瓶を手に覚悟を決めていた。

逆に言えば、ジュヌヴィエーヌはきっと、それを飲まない限り幸せになれないと思っていたのだ。


それがどうだろう。魔女の秘薬は飲む前にあっさり見破られ、取り上げられてしまった。


エルドリッジはあの後、小瓶に戻した秘薬をどうしたのだろう。密かに捨てたのだろうか。少なくとも、ジュヌヴィエーヌに返してはくれなさそうだ。


だってエルドリッジは、ジュヌヴィエーヌに魔女の惚れ薬なしに恋をしろと言ったから。

恋は君の妙薬になる、けれどそれは魔女の秘薬を使ってではないのだと。


まだ恋をしたことのないジュヌヴィエーヌは、恋の秘薬なしでの恋なんて出来るかどうかも分からないけれど。


―――それでも。


『恋は思わぬ時に舞い降りてくる気持ちだから、深く考える必要はないよ』



エルドリッジがそう言うのならば。


その言葉が、いつか自分の身にも起こると信じたい。








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