私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第三章 もう一人の悪役令嬢

『マル花』と『アデ花』

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それは、エティエンヌが9歳の時。

10歳になった第一王子オスニエルの婚約者選定をメインの目的とした、子どもたちだけのお茶会が開催された日のことだった。


オスニエルもそうだが、兄にくっついて出席したエティエンヌにとっても初めてのお茶会。だがそれは、始まって早々の中止となる。

お茶会の最中に、突然エティエンヌが意識を失い、倒れたからだ。


その報告を受けた時、エルドリッジは執務室にいた。






「エチの意識が戻ったのは、それから三日後。目覚めたと聞いて会いに行った時、あまりに挙動不審になっていて驚いたよ。僕の顔を見るなり、『あなた誰』だもんね」


一時は記憶喪失かと騒ぎになったが、数日すると言動に落ち着きが見られるようになった。

ただ、医師は未だ記憶混濁を心配しており、時々言動に混乱が見られる、と報告してきた。



「エチは、髪も眼もアヴェラの・・・亡くなった正妃の色をそのまま受け継いでいてね。顔立ちもアヴェラとよく似てたし、勝気な性格もそっくりで。だから余計に心配で堪らなかった。あの子にまで何かあったらって」


当時、正妃アヴェラが亡くなって2年。

エルドリッジも、また子どもたちも悲しみから立ち直っておらず、それでもエルドリッジは王としての公務執務に勤しまねばならず。


「末っ子のルシアンはまだまだ小さかったし、後添えを望む家臣の声も多かったけど」


どうしても新たな妻を迎える気にはならなかった、とエルドリッジは寂しげに微笑む。


そんな時に起きたエティエンヌの異変。

心配するなと言う方が無理だった。


「なのに、こっちの気も知らず、無駄に行動力がある子でさ」


しかも無茶苦茶なんだ、とエルドリッジは続ける。


「エチが倒れて、ひと月くらいかな。夜中に僕の寝室にやって来て言ったんだ。『今から5年以内に私を修道院に送ってください』って。もうびっくりしたよ」


理由を聞いても答えず、ただ『修道院に行く』の一点張りに、エルドリッジは困り果てた。


さらには、次の月に予定していたやり直しのお茶会も欠席すると言い出した。


理由はこれまた『修道院』だ。
即ち、いずれ修道院に行くのだから、自分には婚約者も友人も必要ない、と。


さすがにエルドリッジもエティエンヌの精神状態が心配になり、医師や宰相に意見を求めた。

それに対して、離宮での療養を提案したのは医師で、驚く事にエティエンヌとの話し合いを希望したのが宰相ホークスだった。


恐らくただの好奇心だったのだろう。
けれど結果的に、この話し合いが大きな転機となる。


「話し合いなんてすぐに終わると思っていたけど、その後も何度も続いてね。あれはホークスに感謝しかないなあ」


粘り強く質問を続けるホークスに根負けする形で、エティエンヌはアデラハイム王国を舞台とした物語の記憶について打ち明けた。

それに基づきこの先起きるであろう『あらすじ』についても。

それによるとエティエンヌは後に誰からも嫌われる悪役令嬢になり、最後は断罪されるのだという。
しかも、その断罪の先頭に立つのが、エティエンヌの兄オスニエルとすぐ下の弟シルヴェスタ。
他にエティエンヌの後の婚約者や、友人となった令嬢の婚約者らも断罪に賛同するそうだ。


『大好きな家族にそんな事をされるくらいなら、関係が悪くなる前にさっさと自分からいなくなった方がいいと思うの。婚約者だってそうよ。どうせ後で嫌われるのなら、最初から関係なんか持たない方がよっぽどいいわ』


それを子どもの馬鹿な妄想とホークスがすぐに一蹴しなかったのは、9歳のエティエンヌが具体的に挙げた関係者の名前のせい。


オスニエルの婚約者となる公爵令嬢、エティエンヌの婚約者となる侯爵令息、シルヴェスタの婚約者となる伯爵令嬢。
果てはオスニエルの側近候補と、その婚約者それぞれの名前。

まだ誰一人として確定してはいないが、最もあり得る人ばかり。
エティエンヌの婚約者になるという侯爵令息に至っては、ホークスの嫡男の名を口にした。

そして実際それは、ホークスとエルドリッジが考えていた事でもあったのだ。


エティエンヌの当時の年齢と立場では知り得ない情報や詳細な人物名の数々に、ホークスの中の何かが引っ掛かる。

このまま子どもの戯言として捨て置いていいものか。

だが、他者を説得するには決定的なものが足りない。


それでホークスはーーーあまり期待はしていなかったと本人は後に言っていたがーーー確証に繋がる様な更なる情報をエティエンヌに求めてみた。


それでエティエンヌが口にしたのがーーー


『だったら、マルセリオ王国を調べてみるのはどう? 『アデ花』の前作の舞台はその国なの。そうしたら、私の言っている事が本当かどうか分かるかもよ』






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