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第二章 あなたは悪役令嬢でした
どっち
しおりを挟む「じゃあ、まずはあっちの居室の方に移動しようか。君はソファの方に座るといい。僕は椅子を使うから」
受け取った上着の前合わせをしっかり留めた事を確認してから、エルドリッジはジュヌヴィエーヌに手を差し出して立ち上がるよう促した。
たぶんまだ状況を把握できていないジュヌヴィエーヌは、少し迷った後に戸惑うように手を伸ばす。
エルドリッジはその手を優しく、しかししっかりと掴み、そのまま隣の部屋へと案内した。
ジュヌヴィエーヌが身に着けていた夜衣は、侍女が吟味に吟味を重ねて選んだベビードール。
当然、透け感はあるし丈もかなり短い。
裾や胸元にレースやフリルがふんだんにあしらわれ、色っぽさも可愛らしさもあるデザインに、即座に上着をかぶせたのは英断だったとエルドリッジは心の中で自分を褒めた。
「はい、ここに座って」
ローテーブルの前にあるソファを示すと、ジュヌヴィエーヌは大人しくちょこんと座った。
その姿を改めて確認し、エルドリッジは再度悩む。
エルドリッジの背は高く、故に渡した上着もだいぶ大きく。
女性の中では平均的な身長であろうジュヌヴィエーヌは、エルドリッジの上着にすっぽり包まれ、立っていた時は膝上くらいまで隠せていた。
まあ、それはそれで目の毒なのはこの際置いておいて。
問題はこの場合、また別なところにある。
・・・座るとちょっと上着の裾が上がっちゃうんだよね。
だがここで、侍女を呼んで服を持って来させるという選択肢はない。
エルドリッジとジュヌヴィエーヌの婚姻の内情を知るのは限られた者たちのみ。
名ばかりの側妃と知られてはいけないのだ。今はまだ。
何か足を隠すもの、と視線を巡らせて、エルドリッジは寝室の、ベッドの隅に置かれていた彼女のガウンに気がつく。
もともと着ていたものなら丁度いい、とエルドリッジの足は再び寝室へと向かった。
早くあのけしからん太ももを何とかしなければ、そう思い足を速めた先、エルドリッジの視界にベッド横のサイドテーブルに乗っているものが入り込んだ。
飲み物の入った瓶と、既に中身を注いだらしいグラス二つ。
・・・今さらお茶も用意できないし。
アルコールならば常備しているが、ジュヌヴィエーヌがあの格好をしている状況で飲むのは憚られた。
ただでさえ色々と試されて大変なのに、これ以上、自分の理性を無駄に刺激したくない。
ガウンを手に取るより先に、サイドテーブルの上の瓶を取り上げ、アルコールかどうかを匂いで確認。
フルーティな香りはするが、ただそれだけ。柑橘系の果実水だ。
ならばこれで、と判断し、エルドリッジはグラスにも手を伸ばす。
背後で、ジュヌヴィエーヌが息を呑んだ事には気づかずに。
「飲み物はこれでいいかな。まだ口をつけてないみたいだから、このままそっちに持っ・・・」
「っ、いえ、私が!」
場違いなほどに大きな声でジュヌヴィエーヌが遮る。自然、グラスに伸ばしていたエルドリッジの手も止まって。
振り返れば、ソファに座っていた筈のジュヌヴィエーヌが慌てた様子で立ち上がっている。
「・・・ジュヌヴィエーヌ嬢?」
「私が、私がお運びしますので・・・っ!」
ジュヌヴィエーヌはエルドリッジの側に小走りで近寄り、急いでグラスを二つ手に取る。
その顔は強張り、グラスを持つ手も微かに震えていて。
「・・・」
その様子をじっと見つめていたエルドリッジは、ベッドの上にあったガウンを手に取り、何かに気づいたように目を見開き。
そのままワードローブに向かい適当に服を一枚取り出してから、再び居室に戻った。
新しく取り出した方の服をジュヌヴィエーヌの足元にかけ、彼自身は引っ張り出した椅子に座る。
拾い上げた彼女のガウンはその手に持ったまま。
「事情を説明すると言ったけど、まず先に聞きたい事があるんだ・・・いいかな?」
ジュヌヴィエーヌはその問いに顔を上げ、大きく息を呑む。
それは、エルドリッジのトパーズ色の目が、まっすぐに彼女を見つめていたからではなく。
そうではなく、彼の右の手のひらに。
「どっちのグラスに入れたんだい?」
ガウンのポケットに隠しておいた空の小瓶を、彼が手のひらの上に乗せていたから。
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