私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
14 / 99
第二章 あなたは悪役令嬢でした

後はこれを注ぐだけ

しおりを挟む


バーソロミューは、2日ほどアデラハイムの王城に滞在した後、帰国の途についた。


見送りに立つ妹に、ひと言、「幸せになれよ」とだけ声をかけて。


兄が泊まる客間の隣にもう一つ、予備の部屋を用意してくれたエルドリッジの配慮のお陰で、ジュヌヴィエーヌは兄と最後に時を過ごす事が出来た。


もともと仲の良い兄妹だった。
バーソロミューは面倒見がよく、寡黙ではあるが行動で愛情を示す人だったから。

それがろくに顔を合わせなくなったのは、ジュヌヴィエーヌがファビアンと婚約した頃からだろうか。

王立学園の入学を控えたバーソロミューが、忙しくなったせいかもしれない。
ジュヌヴィエーヌもまた、王太子妃教育で日々忙殺され、家族とゆっくり話す時間がなくなっていた。

最初の顔合わせの時から不仲が囁かれていた王太子との婚約については、バーソロミューの耳にも届いていたのだろう。
ろくに顔を合わせないとはいえ、全く会わない訳ではなく、けれどたまのそんな機会も「殿下の婚約者としての自覚を持て」のひと言で終わる。

そんなプレッシャーは兄だけでなく、父や母からも容赦なくかけられた。

それら全てを貼り付けた笑みでやり過ごすも、いつか限界が来てしまいそうな、そんな嫌な予感はどこかにあって。
でも、それに必死に気づかない振りをした。


けれど、いつからかどこからか。

そんな息苦しさを感じなくなっている事に、ジュヌヴィエーヌは気づいた。


兄は、会うとただジュヌヴィエーヌの頭をひと撫でするだけになり。

父は、「お前はよくやっているから心配するな」と言う様になって。

母は、ファビアンが約束をキャンセルする度に、お茶や趣味の刺繍に誘う様になった。


分かってもらえたと思った。

だから、頑張り続ける事が出来た。

ファビアンから評価されなくても、見向きもされなくても、マリアンヌの方がいいと言葉で態度で示されても。


それが自分への評価の全てではないと、思えたから。


・・・でも、だからこそ。


兄を乗せた馬車が遠く小さくなっていくのを見つめながら、ジュヌヴィエーヌは思った。


ファビアンとの婚約解消後、すぐにアデラハイム国の側妃の話を持ってきた父に失望した。

アデラハイムが嫌だとか、そういう事ではなく、駒の配置換えみたいに娘の嫁ぎ先を選んだ父に落胆してしまったのだ。


真実の愛に負けた『まがいもの』の扱いなど、結局はこんなもの。

ならば今度こそ、この結びつきを本物にしよう、してみせようと、迷いの森にまで行って魔女オディールに恋の秘薬を依頼した。


エティエンヌが言うには、ジュヌヴィエーヌの人生には、何か予め定められた筋書きの様なものがあるらしいけれど。


ファビアンの側妃になる予定が、エルドリッジの側妃に変わっただけ。でも、だから何だと言うのだろう。


・・・真実に愛する方が他にいらっしゃるのは、どちらも同じなのに。


しかも、エルドリッジの愛する人は既に儚くなっている。

美しい思い出に変わった人に敵う筈もない。ジュヌヴィエーヌは一生『まがいもの』で終わるのだ。


ならば。







「・・・」


今、ジュヌヴィエーヌは、エルドリッジの私室で彼が執務から戻って来るのを待っている。

エルドリッジに呼ばれたのだ。


時は夕食を終えて一時間ほど後。


『時間帯的に早すぎるわ』とか、『陛下も楽しみにしているのよ』とか、ノラを筆頭に、侍女たちはきゃあきゃあと騒ぎながら、それはもう嬉しそうにジュヌヴィエーヌの支度を整えていたけれど。


今はそれも全て終わり、侍女たちに案内され、王の私室の更に奥、寝室のベットの隅っこにひとり腰掛けている。


ベッド脇のサイドテーブルの上には、飲み物の入った瓶と、それを注ぐ為のグラスが二つ。


心許ない夜衣の上にガウンを羽織った姿のジュヌヴィエーヌは、隠しておいた秘薬の小瓶を手に取り、それを指でそっと撫でる。


―――義務でも責任でもなく、愛しているから―――


そんな言葉に焦がれて魔女に会いに行ったジュヌヴィエーヌは、小瓶の蓋を静かに開ける。



後は、これを注ぐだけ―――









しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

処理中です...