【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
120 / 128

閑話 --- マルケスには義家族がおりまして

しおりを挟む


「おや、マルケス殿ではないか。王城で会うとは珍しい」

「これはハナトゥラ殿。ご無沙汰しております」

「相変わらず若々しいな。確か、貴殿はストライダム侯爵家で騎士をされていたのではなかったか?」

「ええ。本日は小侯爵に雑用で駆り出されましてここに」



・・・知り合いが多いから面倒なんだけどね。


などという言葉は、もちろん心の中だけに留めておく。

マルケスは空気が読めるのだ。いつもは敢えて読まないだけで。


自身が流した浮名による知名度の高さと、昔に属していた家名によるものと、二重の意味でマルケスには知り合いが多い。

今回は元の家族絡みの知り合いだ。


・・・義父が半端に有名な人だから、却って声をかけられちゃうんだよな。


これが王家の落とし胤とかなんとかだったら、却って周囲が気遣って遠巻きにされるだけなのに。

微妙に良い家の出身だから、こういう時の立ち回りは少し気を遣う。


成人式を終え、親元を離れたマルケスは一度平民になっている。だが今は騎士爵を得て、再びの姓持ちとなっている。


年齢は既に二十代後半。もはや三十路と言っても差し支えないかもしれない。なのに十代半ばにしか見えないその麗しい容姿は、人中にあってもやたらと目立つ。


女性からは勿論、老人子どもからも受けが良い。


故に情報収集や戦闘時など、影として働くときも囮役として動く機会が多々あるのだが・・・


今日は本当にただの使い走り。
運ぶ書類が機密事項という理由で、頼まれてしまっただけの。


王城に入り、既に八人から声をかけられた。

いよいよ面倒になったマルケスは、人気の少ない方を選び、普段あまり人の出入りのない倉庫付近を歩き出す。


「あれ?」


この先を真っ直ぐ行けば執務棟。だがそれより手前、マルケスからはまだかなりの距離がある渡り廊下の端に、自分の知る後ろ姿が目に入る。だが一人ではない。


右手には何枚かの書類。倉庫付近だから、備品補充か在庫確認か。

仕事でここに来たら出くわしたって感じかな。


彼女にニヤつき気味に話しかけている男。だが互いの距離が近い。彼女は後ろに下がり適度な距離を保とうとしているけれど。


・・・あのまま後ろに下がると、じきに壁にぶつかるし。

というか、あの位置。男が彼女に声をかけたあの場所は三方面から死角になる。つまり、見えるのは自分がいるここからだけ。


間違いない。男は確信犯だ。


マルケスは足を速める。


・・・間に合うか。

彼女は意外と思い切りが良い。これ以上はまずいと思ったら、さっさとアレを出すだろう。


マルケスは、歩きながら頭の中で彼女に迫る男の情報を照会する。


あの顔はショウス伯爵家の次男。財務部の事務だったか。王城勤めをして九年経つのに、未だ昇進の噂一つも立たない男。


彼女の父親が外務部の長だからと目を付けたのだろうか。にじり寄られ、いよいよ彼女の背中が壁に当たる。


彼女は無表情のまま、左手を足下近くへと滑らせーーー


マルケスはそれまでの速足を、一気に加速して距離を詰める。


「痛っ!」


彼女が護身用の小刀を男に突きつける前に、マルケスが背後から男の腕を捻り上げた。


「な、なんだ、お前は? 邪魔するな、私を誰だと思って・・・」

「誰かなんて、もちろん知ってるよ? ショウス伯爵のとこの能なし次男だろ? いつまで経っても下っ端の。あんたこそ、こんなところで何してんのさ」


マルケスの分かりやすい煽りにいとも簡単に激昂した男は、声を更に荒げる。

「わた、私は、仕事の話をこの女としていただけだ。お前こそその手を離せ。その服、王国騎士団の者じゃないな。どこぞの貴族のお抱え騎士に過ぎないくせに、よくもこんな真似を・・・」

「どこぞの貴族などと仰ってはいけません、アーデンさま。ストライダム侯爵家に属する騎士の方でいらっしゃいますよ」


未だ手を離そうとしないマルケスと、彼に怒鳴り声を上げ続ける男。その男をアーデンと呼んだのは、当然その場にいた彼女、アレクサンドラだ。

だが、その声に動揺や怯えはなく、ただひたすら冷静で平坦で。


「・・・はあ? ストライダム? まさか」



それまでマルケスに向いていた男の視線が、勢いよくアレクサンドラに戻って。


「・・・っ!」


男、アーデンは彼女の左手に握られていた物を見て、息を呑む。


「・・・な、な、なんて物を、持ち出して・・・」

「あら? 自衛のためですよ。貴方のような輩はまあまあ居られますので、割と必要になる場面が多くて」


にこりともせず、言い放つその様に、アーデンはゴクリと唾を飲み込んだ。


「・・・いいからもう、それ仕舞えよ。サンドラ」

「義兄さまがそう仰るなら」

「俺が言うとかそういうんじゃなく、もう必要ないから」

「分かりました。では」


ごそごそと足下に再び得物を隠すアレクサンドラを暫し呆然と眺めていたアーデンは、やがてハッと我に帰り、感じたであろう疑問を口にする。


「・・・義兄、さま? 今、義兄さまと言ったのか?」

「はい。今、あなたの腕を捻り上げているのは私の義兄ですが、何か?」

「う、そだろ? いや、だって」


そう言って、視線をあちらとこちらに忙しく往復させる。


嘘と思ったのはどれのことだろう。

自分が馬鹿にした男がストライダム侯爵家に属する者であることか。どう見ても少年にしか見えない男を義兄と呼んだことか。それともカーネギー伯爵家に、この男が知らない男子がもう一人いたことなのか。


「他所の家の家庭事情について説明する義理はない。けど、俺が義兄であるのは本当だし、ストライダム騎士団の者であるのも本当。ちなみに騎士団内での位はかなり高いよ?」

「あ・・・」


真っ青になったアーデンに、もはや危険性はないと見なし腕を解放する。


ふらふらと逃げて行く後ろ姿を眺めながら、澄まし顔で立つ義妹に、マルケスは声をかけた。


「いつまでやるつもり?」

「なんの話ですか?」

「だから、その男装して働くやつ。こんなのしょっ中あるんだろ? いつまで続ける気だよ?」

「もちろん、治るまでです」

「は?」

「ですから、ベアトリーチェさまのご病気が治るまでですわ」

「・・・」


マルケスは前髪をかき上げながら、呆れたように溜息を吐いた。


「わざわざ働きに出なくても、屋敷で大人しくしてれば良いんじゃない? カーネギー伯爵・・・義父さんも、他の婚約者を探さないって約束してくれたんだろ?」

「ただ受け身で待ってるだけでは、いざその時が来てもお嫁に貰ってもらえませんから」

「・・・はあ」

「第一、家にこもっていては、お会いすることも出来ません。そうしたら、私など忘れられてしまうでしょう?」


大きな、大きな溜息を吐く。わざとらしく、これ見よがしに。

マルケスは知っている。


アレクサンドラは、この見た目に反して意志の強い義妹は、己の決めた事を曲げないであろうことを。


「大丈夫です。あのような輩も、もう随分と数が減ってきていますもの。一昨年や昨年と比べれば可愛いものです。今年はまだ、たったの三件目なんですから」


マルケスとは一滴も血がつながっていないこの義妹は、なんの因果か、思い切りが良くて変に度胸のあるところは義兄にそっくりなのだった。


しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...