上 下
117 / 128

今は、今だけは

しおりを挟む


夏休みに入る三日前。

週末で授業はなく、ナタリアは学校入り口でニコラスと待ち合わせをしていた。

だが、現れたニコラスの頬に貼られた絆創膏に目を丸くする。


「・・・ニコラスさん、その怪我は・・・」

「ああ、これ? うん、ちょっと囲まれちゃって」


はは、とニコラスは明るく笑うが、ナタリアは顔が蒼白になった。


「囲まれたって、もしかして」

「うん。ライナルファ家の調べ通り、相当なお馬鹿さんたち揃いだね? こっちは大貴族の家名を背負って来てるってのにさ」

「・・・ごめんなさいっ」

「ナタリアさん?」

「ごめんなさい、ニコラスさん。私のせいで」


涙を滲ませるナタリアに、ニコラスは慌てて手を振った。


「落ち着いて。これ、ライナルファ家からの依頼なんだから。ナタリアさんのせいじゃないよ」

「でも」

「こうなる可能性も込みでレオポルドに貸し出されてるから。これも想定内なんだ。報酬もすごいんだよ?」


戯けた口調でそう言ったニコラスは、まるで赤子をあやすようにナタリアの頭をそっと撫でる。


「それにさ、俺は頬にちょっと傷がついたくらいだけど、あっちはもうダメージ凄いよ? 四人がかりだったから、俺もつい本気出して叩きのめしちゃったし」

「四人も・・・」

「前期はまだ残り三日あったよね。あいつらは学校に来れないと思うよ。下手したら、夏休みが明けても来れなかったりするかも」

「・・・え?」

「ああでも、学年の最後まで出て来れないように、もっと徹底的に痛めつけた方が良かったかもな」

「え、あの、ニコラスさん?」


今度は違う意味で青褪めるナタリアに、ニコラスは明るく、しかしどこか黒い笑みを向けた。


「はは、ごめん。怖がらせちゃったね。俺もちょっと腹を立ててるもんでさ」


そう言うと、スッと真面目な表情になる。


「・・・あそこまで馬鹿な奴らだと、一度は本気出して分からせておかないとと思ってね。だって、後が心配でしょ?」


ーーー 俺も、いつまでもここにいられる訳じゃないから



「・・・っ」


なぜだろう、心臓が跳ねた。

胸の鼓動に、ナタリアは思わず俯く。


「レオポルドの調べでは、あいつら・・・特にジェイクって男、陰で色々と悪さしてるらしいんだ。しかも金の力で揉み消してる。それで余計に調子づいてたみたい」


数日前、アニエスが言っていた言葉を思い出す。


--- あいつの家、この町一番の大店だからね。地元の子たちは逆らえないんだよ


ゆっくり話をすることは出来なかった。けれど、もしかしてアニエスも過去に嫌な思いをしたのだろうか。


「まあでも、今回はあいつらの方が口を噤むしかないね。四人がかりで来たのに、たった一人に返り討ちにされちゃったとか。しかもあっちは武器まで持ってたんだよ? みっともなくて誰にも話せないよね」

「・・・」


頭上から、さらりと凄い事実が告げられた気がした。

ナタリアが思っていたよりも、ニコラスはずっと。


「・・・お強いんですね」


気づけば、口に出していた。


「ん?」

「ニコラスさんは、とても強い騎士さまなんですね・・・本当にすごい・・・びっくり、しました」

「・・・」

「とても、頼もしいです・・・ニコラスさんが居てくれて、本当によかった・・・」

「・・・」

「ニコラスさん?」

「え? ああ、いや。えっと、ありがと。そう言ってもらえると嬉しいよ。ほら、これでも一応、騎士だからさ。破落戸なんかに簡単にやられてたら騎士失格って言うか。ストライダム騎士団をクビになっちゃうからね。
クビになったら食っていけないし」


わちゃわちゃと、手振りを交えて話し始めたニコラスが何故だか可愛らしく思えて、ナタリアは思わず笑みを浮かべる。


「ふふっ」

「え? ナタリアさん?」

「ふふ、ニコラスさんは絶対にクビになんかなりませんよ。そんなに優秀な騎士さまなのに」

「え、あ、そう? そうだと良いんだけど。うん。そうなりたいな。これからも精進します、はい」


ひとしきり捲し立てたニコラスは、ここで、未だ学校入り口の前で立ったままだことに気づく。


「・・・ああ、ごめん。こんな所でつい話し込んじゃった。ええと、買いたいものがあったんだっけ? いや違うか、お昼ご飯だったか・・・?」

「ニコラスさん」


ナタリアがスッと手を差し出す。


「え?」

「恋人、なんですよね・・・今は」

「え、あ、うん。今は・・・そう」


ニコラスは、差し出されたまま宙を浮いている手と、ナタリアとを交互に見る。


「じゃあ」


ナタリアは、勇気を出して続けた。
頬はほんのりと赤い。


「手を、繋いで歩いてもらっても・・・良いですか?」

「へっ?」

「今だけでも、良いですから・・・その、恋人、らしく・・・お願いします」

「・・・」


ニコラスは差し出された手を、暫しの間、呆然と見つめて。


それから。


「よ、喜んでっ!」


そう言って、勢いよく自らの手を差し出した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...