【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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ただそれだけで

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「姉さま!」


ナタリアがバートランド公爵家が用意してくれた馬車で病院まで戻ると、病院に来ていたフリッツが笑顔で出迎えた。

なんとニコラスに肩車をしてもらい、上機嫌に手を振っている。


「フリッツ・・・それにニコラスさま」

「お帰りなさい、ナタリア嬢」

「おかえりなさ~い!」


フリッツは、あの日の再会以来、何度か病院に遊びに来るようになった。

ナタリアの自由時間はそれほど多くないため、あまり長くは相手してはやれない。


それでも、遠くに行ってしまう前にと、こっそり会いに来てくれている。

それは嬉しい。心から、嘘偽りなく嬉しいと思っているのだが。


「・・・フリッツ、どうしてあなたニコラスさまと・・・? それに何故ニコラスさまの肩に乗っかっているの? 早く降りなさい」

「え~、高くて気持ちいいのに」


姉に嗜められ、フリッツは口を尖らせる。
そんなフリッツを肩に乗せたまま、ニコラスが緩く笑った。


「ここでフリッツくんに声をかけられてね。ナタリア嬢の弟さんだと言うから、一緒に遊んでたんだ」


どうやらフリッツは、前にニコラスを見かけた時に顔を覚えていたらしい。

ナタリアと違い、フリッツは人懐こい。ニコラスを見かけて躊躇なく声をかけたようだ。


「ご用事があってここにいらしたのでしょうに、ご迷惑をおかけしました」

「ナタリア嬢。どうか気になさらず」

「・・・あの、ニコラスさま」

「うん?」


肩車で目線が高くなり大喜びの弟は、いつもと違って見える景色に目を奪われ、楽しそうに辺りを見回すのに夢中だ。


「・・・私はオルセンの籍を抜けました。もう貴族ではありません。ですから令嬢としての呼称は不要です」

「ああ、そうだったか。だけどそれなら俺も同じだ。俺も今は子爵令息でもなんでもない、ただのニコラスだよ。『さま』付けはいらないかな」

「あ」

「じゃあ、これからはナタリアさんと呼ばせてもらおうかな。では、俺のこともニコラスと」

「・・・分かりました。ニコラス、さん」

「はい。どうぞよろしく、ナタリアさん」


既に呼ばれ慣れている筈の『ナタリアさん』なのだが、ニコラスに改めてそう呼ばれるとどうにも気分が落ち着かない。


もじもじしていると、上から弟の無邪気な声が降りてきた。


「でも、ニコラスさまは騎士さまでしょ? じゃあやっぱりニコラスさまでいいんじゃないんですか?」

「まあ、騎士は騎士だけど、騎士爵をもらった訳でもないしね。ただの平民騎士なんだよ」

「そうなんですか。でも、ニコラスさまは背が高いし、強そうだからきっとすぐに『きししゃく』をもらえます!」

「はは、そうか。それは楽しみだな」


恐らく騎士爵についてはよく知らないのだろう、だがフリッツは自信満々に言い切り、その無邪気な発言を聞いたニコラスは嬉しそうに笑った。


「フリッツ、もうあなたったら。いい加減に降りて来なさい」

「え~? 僕、肩車してもらったの初めてなのに」


心から残念そうに言う弟に、ちょっと可哀想な気持ちにならないでもない。ナタリアは力がなくて弟を肩車なんて出来なかったし、父はそもそもそういう人ではない。

身近でフリッツにこんな風に接してくれる男性などいなかったのだ。
アレハンドロはフリッツを邪険にはしなかった。だが所詮その程度だったし、レオポルドもフリッツに優しくしてくれたが、肩車などは思いつきもしなかったらしく、一度もしていない。


それでもニコラスに申し訳なくて、再び弟を注意しようとした時、先にニコラスの方が口を開いた。


「本当に気にしないで、ナタリアさん。俺にも弟と妹がいるからね。肩車なんてしょっ中やってあげてたんだ」

「まあ」


ニコラスは確か三男だ。なのに、その下にさらに弟と妹がいるとは。


「ニコラスさんのところは大家族なんですね」

「まあ、そうなるかな。六人兄弟だからね。今はどうしてるか分からないけど、俺がいた時はいつも賑やかで煩いくらいだったよ」


だからこうして肩車をしてやるのも久しぶりで嬉しい、とニコラスは笑う。


「いいなぁ。僕もニコラスさまみたいなお兄さまが欲しかったなぁ」

「君には素敵なお姉さんがいるじゃないか」

「もちろん姉さまのことは大好きです。優しいし、姉さまの作るご飯はすっごく美味しいんです。でも、肩車は無理だもん。僕が乗ったら潰れちゃう」

「はは、それは確かに無理だろうな」


すっかり打ち解けた様子の二人に、ナタリアは内心驚いていた。


ナタリアがバートランド公爵家に行っていたのはそれ程長い時間でもない。

滞在時間は一時間程度。行き帰りの馬車に要した時間を入れても二時間といったところだろう。


一体いつ頃から一緒に遊び始めたのか分からないが、これが男同士の付き合いというものなのだろうか。


などと考えていたナタリアは、ここで気づく。なぜか自分の目の前にいる二人は随分と薄着だ。

真冬のこの時期。早春とも言えなくはないが、かなりの肌寒さだ。

どこかで上着を脱いだのだろうか。それにしても寒そうには見えないが。


「・・・あの、ちなみに肩車の前は何を?」

「ああ、剣術のしな・・・」

「チャンバラごっこです!」


ニコラスが答えるより早く、フリッツが誇らしげに声を上げた。


「チャンバラごっこ・・・」

「チャンバラかぁ。けっこう真面目に指南したんだけどなぁ」


弟の返事をおうむ返しに口にしたナタリアに、フリッツは眉を下げた。


その後、姉弟でゆっくり話したいだろうと病院から去って行ったニコラスを見送って、ナタリアはハタと気づく。


ニコラスは何の用でここに来ていたのだろうかと。


バートランド公爵家から帰って来たナタリアの顔色が、表情が、明るかった。それだけでニコラスが心から安堵していたことなど、ナタリアは知らない。


その様子を見るためだけに、仕事の休暇を取ったことも。



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