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実は今でもいっぱいいっぱい

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サロンの窓から屋敷に向かう二人の姿が見えたのだろう、メラニーたちがエントランスまで迎えに来ていた。


「メラニー」


婚約者に足早に近づくレオポルドに、妹の隣に立っていたヴィヴィアンがあら、と声をかける。


「レオポルドさまだけ先にいらしたのですね」

「・・・あ」


気まずそうに立ち止まったレオポルドに、ヴィヴィアンは続ける。


「妹に気を遣ってくださって、ありがとうございます。でも、そこまで気にしなくても大丈夫だと思いますわ。
もともとはこの子がセッティングした場ですもの。ね、メラニー」

「・・・はい」


頬を染めて俯くメラニーを見て、ヴィヴィアンは柔らかく目を細める。


「ふふ、でもレオポルドさまがあなたのことをこんなに気にかけてくださって嬉しいわね」

「・・・」


レオポルドは気不味そうに視線を逸らした。


嬉しそうに妹の髪を撫でるヴィヴィアンには言えない。とてもじゃないが言う気にはなれない。

別に、メラニーに自分がナタリアと並んで戻って来る姿を見られるのを気にした訳ではない。

正直言うと、そんなことを考える暇も余裕もなかった。


ただ、メラニーの側に行きたかっただけ。それだけだ。


ずっと、ナタリアに言いたいことがあった。その機会を探していたのも本当だ。


そして今日、メラニーのお陰で、ずっと気にかかっていたことをナタリアに告げることが出来た。


かなり駆け足の話になったけれども、手紙で無難な言葉を曖昧に綴るよりずっと良かった。


メラニーが推測した通り、レオポルドの手紙には、書ききれないことが沢山ありすぎたから。


与えられた10分、レオポルドはとにかく言葉を詰め込んだ。

言いたいことが伝わったかどうか、それはまだ分からない。この先ナタリアがどうするか、自虐的な考えが消えてくれるかどうかも定かではない。


持て余すほどに重たい罪悪感は、レオポルドにも理解できるものだから。


恐らくナタリアが抱いているであろう、知らない罪に対する罪悪感は、レオポルドもまた抱いているもので。


やった覚えがない、記憶にない、それをしたという証拠もない、だけど、確かにそれに傷つけられた人がいる。


アレハンドロの行動とレンブラントの言葉がなければ、絶対に、決して信じることはなかった。

告げられたのは、それくらい醜悪な行為だ。

今はもう、それが嘘だなどと思ったりはしない。しないけど。


そんな、どう捉えていいかも分からない、けれどずっと自分に重くのしかかり続ける罪悪感は、本当に苦しいもので。

そう、ずっと苦しくて。

何を、どう処理したらいいかも分からず、ただ自分のことが嫌になって。


そんなレオポルドが、今たったひとつ楽に息を吐ける場所は。


物静かで、意外と豪胆なところもある照れ屋の婚約者、メラニーの隣だ。


だから、つい。
無意識のうちに、早足で戻って来てしまった。


少しでも早く、メラニーの側にと、ただそれだけで。


メラニーの気持ちを慮った訳でもなく、自分の感情でいっぱいいっぱいだったレオポルドは、ヴィヴィアンに気遣いを示したと褒められても喜べない。

と言うより、むしろ恥ずかしい。いや、情けない。


「・・・」


何も言えず、ついぎゅっとメラニーの手を握ってしまう。三つも年下の子に縋るなんて本当にどうしようもない。そうは思うけれど、手を離す気にはなれなかった。


「・・・お体が冷えたでしょう? あちらで温かいお茶でも飲みませんか」


メラニーはレオポルドの手を振り払うことなく、ただ静かにそう声をかける。


メラニーはそれから、視線を少し横にずらし、レオポルドの後方を見た。


「ナタリアさんも、どうぞこちらに。お茶で体を温めてください」


遅れて戻ってきたナタリアにも同様に声をかけると、ナタリアは首を横に振った。


「私はそろそろ戻ります。病院のお手伝いもありますので」

「・・・病院・・・今は、そちらにいらっしゃるのですね」


ヴィヴィアンは、家でもナタリアの噂を口にしないのだろう。メラニーは知らなかったと目を丸くした。


「はい。卒業後は看護学校に通う予定です。ここから遠いので、引っ越さないといけませんが」

「まあ。そうなんですか」


穏やかに会話するメラニーとナタリアの光景に、レオポルドは不思議な感覚を覚えた。


一生に一度の恋だと思ったナタリアよりも。

全てを捨てても構わないと、確かにあの時、そう思った彼女よりも。

今はもっと大事に思う人がいる。


何も事情を話していないのに、レオポルドの背中を押してくれた人。

話を終えて戻って来ても、何も聞かずに出迎えてくれる人。


安心してもらいたくて、確認だと言ってナタリアへの手紙を読んでもらった。たったそれだけで、レオポルドの悩みの殆どを察してくれた人。


そう思うと、あの時レンブラントが必死に自分を止めてくれたことに、改めて感謝の気持ちが湧く。

そう、ストライダム侯爵家の護衛の用事にかこつけて、レオポルドがナタリアに話に行こうとした時のことである。


レンブラントに躾けられ、前よりは考えなしの行動が減ったつもりでいた。けど、やっぱりまだまだだった。だからあの時もあんなに怒られたのだ。


・・・もしあの時、レンブラントの助言を聞かず、護衛に紛れて病院に会いに行っていたら。


レオポルドは、目の前でカップを差し出す婚約者を見る。



「どうぞ」

「ああ、ありがとう・・・温かいな」



・・・きっと、今のこの優しい笑顔を、自分は失っていただろうから。




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