91 / 128
誰のため、あなたのため
しおりを挟む「ナタリアなる人物の話を俺にされても困るんですけどねぇ、ベアトリーチェさま」
「・・・それは、分かってるけど」
学園から帰る馬車の中、ベアトリーチェと護衛のマルケスの会話である。
「だいたい、アレハンドロを確保した時点で俺の護衛は要らなくなった筈なのに、心配症なあなたの兄君のお陰で、まだこうして余分に仕事をやらされてるんです。
この上、面倒な話まで振らないで欲しいなぁ」
もともとベアトリーチェの通学時には所定の護衛が一人付いていた。それをアレハンドロを警戒したレンブラントがもう一人増やしたのだ。
影であるマルケスを、ただの護衛として。
影の無駄遣いと言われても仕方ない話だが、マルケスを護衛に付けたのはベアトリーチェではない。文句を言われても、ベアトリーチェには如何ともし難いのである。
たとえ藪をつついて蛇を出したのがベアトリーチェだとしても。
「・・・二度目の学園生活が楽しみだって言ってたじゃない」
仕方なく、そんな事を言ってみる。
「夏の終わりには生徒じゃなくなりましたけどね。なのに、今も制服着て行き帰りの警護だけさせられるとか、レンブラントさまも性格が悪い」
「でもそれ、自業自得じゃ・・・」
抵抗を試みるも、マルケスはキッパリと否定する。
「情報収集も影の仕事。そして情報を集めるのには女性に聞くのが一番手っ取り早いんです。俺は職務を全うしただけですよ」
「だけど、正式に家を通して婚約を申し込まれそうになってたじゃない」
「後で俺がちゃんと話つけて、円満に終わらせたじゃないですか。なのに学園を辞めさせるとか、しかも通学時の護衛はそのままでとか、鬼畜すぎ」
「・・・あの、なんかすみません」
ベアトリーチェは何もしていないが、結局は妹可愛さでレンブラントがマルケスに無茶を言っているのだ。
そう思ってしおらしく謝ると、マルケスも気が済んだのかそこで文句は止まった。
「まあ、話は逸れちゃいましたけど、バートランド令嬢がナタリアさんとやらに何を言おうと、ベアトリーチェさまが気を揉む事ではありません。口を挟めるような事でもありませんし」
「・・・そうよね。分かってるの。でも心配なのよ」
どうしてか、いつも、いつまでも幸せとは縁遠いところにいるナタリアが気になってしまうのだ。
今の関係では、下手に口を出しても却って萎縮させてしまうだけだと分かっていても。
「・・・話して気が済むと言うのなら、ニコラスにでも言ってみたらどうですか?」
「え? ニコラスって、うちの騎士の?」
「うちの騎士団にニコラスって名前の男はニ人いますから、ベアトリーチェさまがどっちのニコラスを指して言ってるのか分かりませんけど、まあ多分それで合ってるんじゃないかな」
「・・・本当かしら。でもどうして突然ニコラスの名前を?」
「さあ?」
半信半疑のベアトリーチェに、マルケスはわざとらしく首を傾げる。
「勘ってやつですかねぇ」
適当に返したマルケスの言葉を、ベアトリーチェは「ふうん」と素直に頷いた。
レオポルドの現婚約者であるメラニー・バートランドが婚約者の元恋人に会いたがっているーーーそう言われて、嫌な想像が微塵も浮かばなかったとしたら、その人は相当な能天気だろう。
ナタリアがサッと青ざめたのも当然だ。
「あ、の・・・ごめんなさい。私、何か妹さんの気に障るような・・・」
「それは違うわ」
目の前にいるメラニーの姉、ヴィヴィアンは、ナタリアの手をぎゅっと握ると、ナタリアの不安を否定する。
「私も詳しいことは聞いていないの。でも、メラニーはあなたを傷つけるような、そんな子ではありません。それだけは断言できます」
「あ・・・」
「・・・そう言われても、身内びいきとしか思えないわよね。でも本当よ。あの子は・・・メラニーは人と話すのがちょっと苦手で、人見知りで、花の世話と読書が好きな、大人しくて優しい子なの」
ヴィヴィアンは、ナタリアの手を握ったまま小さな声でそう言った。
「ライナルファ令息との婚約が決まった時も、あなたの噂についてわざわざあの子の耳に入れてきたお節介な人たちがいたわ。でも、あの子は怒ったりはしなかった・・・あの子はきっと・・・いえ、これは今言う事ではないわね」
ヴィヴィアンは、つい自分が熱く語りすぎていることに気づく。そして慌てて手を離した。
「ごめんなさい・・・私ったら」
「・・・いえ」
一瞬、気まずそうに視線を逸らしたが、すぐにまた顔を上げてナタリアを見つめた。
「メラニーからは、あなたにお願いして欲しいと頼まれたの。ナタリアさんがどうしても嫌だったら、断ることも出来ると思うわ。その時は、私からあの子にそう伝えるから」
「え?」
「・・・でも」
一旦、言葉が途切れる。
「あの子を信じてくれると嬉しい。あなたが不安なら、私もその場に同席してもいいわ」
「・・・」
関係者であるにもかかわらず、ナタリアの立場が悪くなるようなことは一切しなかったヴィヴィアン。
そんな女性の妹が、レオポルドの婚約者なのだ。
・・・きっと、ヴィヴィアンに負けないほどの素敵な人に違いない。
レオポルドは、自分と関わった事で面倒事に巻き込まれてしまった。その自覚はある。
だったら、せめて。
二人の結婚が憂いのないものとなるように。
何を思って自分と会いたがっているのか皆目検討もつかないけれど、自分に出来ることでレオポルドの幸せがより確実になるのなら。
「・・・分かりました。お会いします」
もう誰も自分のせいで不幸になって欲しくない。
あんな思いは二度としたくない。
知らなかった罪について聞かされた時、ナタリアはそう誓ったのだから。
69
お気に入りに追加
2,083
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる