88 / 128
始める前の、それ以前
しおりを挟む「私ばかり楽しんでしまった気がします」
申し訳なさそうにそう語るメラニーに、レオポルドは笑って首を横に振った。
「いや、そんなことはないよ。俺もけっこう楽しんでたから」
「・・・結局、本は読んでらっしゃらなかった様ですが」
「本よりも、君の表情を読む方が楽しくてさ」
「・・・」
昼休憩を挟んだ図書館デートの帰り道、レオポルドはメラニーをエスコートしながら、待機させている馬車へと歩いていた。
片手をレオポルドの腕に添えている上に、今は顔を隠す何かも持っていない。
必然、レオポルドの言葉に顔を真っ赤にしたメラニーは、つい、とそっぽを向いた。
今となればメラニーのそんな反応の理由を知っているため、突然に顔を背けられてもレオポルドが焦ることはない。
ただただ微笑ましい、それだけだ。
時刻は三時過ぎ。
まだまだ日は明るい。
どこかに寄ってお茶を飲む時間くらいあるだろう。
そこで話をしよう。いや、お茶の後の方がいいかな。
最初は昼休憩の時に話そうと思い、図書館から馬車までの道を歩きながらと考え直し、次は馬車の中、そしてお茶の時、いやその後にと、どんどん後に回している。
やましい気持ちは全くないと断言できる・・・と思う。
それでも、今のナタリアに無関心を貫く気にはなれなくて。
別れたのだから後はどうなろうと捨て置くべきなのかもしれない。けれど、どうしても彼女に告げておきたい言葉がある。
未練ではなく、執着でもなく、ひたすら心配なだけなのだ。
最初は、人を介せばいいかと思った。
或いは、誰か他の人を伴えば。仕事のついでを装えば。
だがそれでは駄目だとレンブラントに言われた。
見る人によってはどうとでも取られる、メラニーにそれが伝わったらどうするつもりだ、と。
それからまた、ひたすらに考えて。そして出した答え。
それでも、この可愛らしい人に知らせずに動くのはきっと、いや絶対に間違っている筈だから。
だから、どうしても君に話しておきたい。
今のこの、自分の気持ちを。そして、今から自分が何をするつもりでいるかを。
君を傷つけずに、怒らせずに。そしてもちろん悲しませずに。
自分の気持ちを、理解してもらえるように。
・・・やっぱり、今日は止めといた方がいいのか?
駄目だ。後回しにしたって、何も変わらない。
言われなければ分からない、そうベアトリーチェも言ってただろ。
だから話をしなくてはいけないんだ。
今まで誤魔化してきた分も含めて話を。
メラニーと。
「・・・」
エスコートをしていた足がぴたりと止まる。
「・・・?」
問うような眼差しがレオポルドを見上げる。
「・・・メラニー嬢」
意識して、ゆっくりと。怖がらせないように。
首を傾げるメラニーに、レオポルドは笑いかける。
「君に、話したいことがあるんだ」
「・・・」
ここでレオポルドは、はたと気づく。
季節は冬。
思い立ち、勇気を奮い起こして話し始めたは良いが、こんな道端で話をしては凍えてしまうだろう。
健康だけが取り柄の自分は兎も角、華奢なメラニーの方が。
・・・やってしまった。
ついさっき、お茶をしながら話をしようと考えたばかりだと言うのに。
レオポルドはまたまた自分の衝動性を反省する。
切り出すにしても、せめて馬車の中とか、やり様はあったのに。
不安そうな表情を見せるメラニーに、ここで長々と説明をするのは体に良くない。きっと、いや間違いなく。
だけどこのまま何も話さずカフェまで引っ張るのもどうなのだろう。
考えて、考えて、考え過ぎてだんだん訳が分からなくなって。
最後には、ええいままよと口を開いた。
「た、大切な話なんだ。君に・・・どうしても話しておきたくて」
あれほどレンブラントに考えろと言われて、当人は山ほど考えたつもりで。
結局は行き当たりばったりになってしまうこの会話。
レオポルドは泣きたくなった。いや実際には泣かないけれど。
「大切な、話・・・」
「ああ。すごく大切な話なんだ。出来たら不愉快に思わずに聞いてくれると・・・嬉しい」
メラニーはしばらく俯いて、それからゆっくりと顔を上げた。
「・・・分かりました」
静かに返ってきた答えに恐る恐る目をやれば、目の前には意外にも落ち着いた表情のメラニーがこちらを見ている。
「伺いますわ・・・どうしても話しておきたいお話なのですよね」
いつも伏し目がちな瞳が、今は珍しく、真っ直ぐにレオポルドを見つめている。
それが逆にレオポルドを落ち着かない気持ちにさせた。
「あ、ええと。あり、ありがとう。でも、いきなりこんなことを言い出してごめん。ここは寒いよな」
「・・・では、場所を移されますか?」
「あ、ああ。そうだな。えと、カフェ、そうだ、カフェに行こうか。どこか静かな所で話をしよう」
「分かりました」
理由は分からないが急に落ち着きを見せたメラニーが、自分の知っているカフェに案内してくれると言う。
そこからは無言で馬車まで戻り、メラニーが御者に指示を出す。
すると、馬車はゆっくりと走り出した。
「その、周りに聞かれたくないから、出来たら個室とかを頼めると良いんだけど」
「分かりました」
焦った所からの順調な展開に、レオポルドはホッと安堵する。
それでも、大一番を前に焦りと緊張が未だ解けぬレオポルドは、メラニーの様子にまで気を配る余裕はなかった。
今レオポルドの頭の中は、どうやって誤解を招かずに話を進めるか、そればかりだ。
メラニーは顔見知りらしい店員に声をかけ、奥の個室へと案内される。
そこでお茶と菓子を頼み、店員が全てを整え終えて部屋から出て行くと。
パタン、という扉の閉まる音と共に、室内に静寂が落ちた。
レオポルドは顔を上げ、メラニーを見てここでようやく気づく。
顔は微かな微笑みを浮かべてはいる。だが、テーブルの上のカップに添えたメラニーの手は小さく震えていた。
--- 瞬間。
ガタン・・・ッ
焦ったレオポルドは椅子から立ち上がった。
66
お気に入りに追加
2,069
あなたにおすすめの小説
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
後悔だけでしたらどうぞご自由に
風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。
それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。
本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。
悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ?
帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。
※R15は保険です。
※小説家になろうさんでも公開しています。
※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~
Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。
その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。
そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた──
──はずだった。
目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた!
しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。
そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。
もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは?
その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー……
4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。
そして時戻りに隠された秘密とは……
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる