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甘い夢の果て

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「・・・ですがそれは・・・」

「何度も言わせるな」


真意を探るように問いかけるザカライアスに、彼の主人は苛立たしげな視線を投げた。


「頼めるのはお前しかいない・・・なるべく早く動いてくれ。出来れば・・・ふた月以内に」

「・・・っ、アレハンドロさま」

「・・・頼む」

「・・・」


それでも頷こうとしないザカライアスに、アレハンドロは言葉を継ぐ。


「この我儘で最後だから」

「・・・っ」


暫しの沈黙の後、小さな溜息と共にザカライアスは頷いた。


「・・・畏まりました」


そのまま深く頭を垂れ、ザカライアスは病室を出て行った。


ひとり病室に残されたアレハンドロは、左胸の上に巻かれた包帯をそっと撫で、溜息を吐く。

刃先が僅かに刺さった傷は、あの時ニコラスが止めなければ致命傷となったことだろう。


あの父親に殺されるのも一興だった。


生きたくもないのに生き延びてしまった。これを悪運と呼ぶべきなのか。


--- どうして、殺されそうになって喜んでいるのよ


あの時のナタリアの顔、ナタリアの声。


思い出して、ふ、と笑みが漏れる。


「馬鹿・・・とは、言ってくれたよ」


その口元は歪に歪んでいた。


「ナタリアはまだ分かってないんだ。馬鹿は死ななきゃ治らないってさ」


ああ、それにしても。


「甘い夢は、覚めるのも早かったな・・・」


呟きを落としたアレハンドロは、ベッドの背もたれに寄りかかり、固く目を瞑った。


もう少し、あともう少しだけ、何も知らない振りをして、このまま幸せな夢を見ていたかった。


だけど、目覚めてしまった。また思い知らされてしまった。


残るのは自己愛と強い執着の塊である自分アレハンドロだけ。


ナタリアは自分から離れていくと言う。

そして、ミルッヒはここには居ない。

ここには、居ない。


少し熱を持ち始めた左胸を押さえ、アレハンドロは夕食が届くまでの間、眠りについた。









マッケイがアレハンドロの病室を襲撃した翌日の朝、まだ食事時だというのにストライダム侯爵家を訪問して来た男がいた。

この男の訪問は半ば予想していたこととはいえ、朝食の時間を邪魔されたレンブラントの機嫌はすこぶる悪い。

ただでさえ、せっかくもぎ取った休暇が余計な事件が起こったせいで台無しにされたのだ。

既に機嫌が悪くなっていたところに朝早くから訪問者が現れ、火に油を注いだ。そして注いだのは、やはりまだ空気を読むことを時々忘れる男、レオポルドだ。


「あの、だからさ、レン」

「言ってるだろう。お前が出てくる様な話じゃない」


レンブラントも人間だ。必然、彼の口調もいつもよりかはキツくなる。

レオポルドの申し出はあっさりと却下された。


「でも・・・っ」

「『でも』も『だって』も聞き飽きた。余計なことをするつもりでここストライダム家に来たのなら、さっさとライナルファ家に帰れ」


レンブラントからにべもなくそう告げられ、レオポルドは黙り込む。


「まぁ、直接病院に会いに行かなかったことは褒めてやる。だが許可はしない。うちの者に同行もさせない」

「レン・・・」

「少しは考えられるようになったから、まずはここに来たんだろ? まあ、もう少し遅めの時間に来る事を思いついてくれればもっと良かったがな。
兎に角、あともう少し頑張って考えろ。ストライダム家にかこつけてあの娘に会いに行っても、周りに与える印象は大して変わらないだろ、違うか?」

「そう・・・だけど」


レンブラントは、はぁと溜息を吐くと、手にしていた書類を机の上に戻した。


「トリーチェの助言を忘れたのか? お前はあの日、何のために・・・誰のためにトリーチェにアドバイスを求めたんだ?」

「・・・それは」

「トリーチェはなんて言った? お前が一番に優先すべき人は誰だ? お前の元恋人か?」

「・・・メラニー嬢、です」

「あれからずっと頑張って、それでだいぶ距離が縮まってきたんだろ?」


その言葉に、レオポルドの脳裏にメラニーの控え目な笑みがよみがえる。

あれから色々考えて、メラニーに喜んでもらえそうな贈り物やデートコースを考えた。

植物園やピクニック先でのランチ、メラニーに教わって花の名前も少しずつ覚えた。

ヴィヴィアンや公爵も安堵の表情を見せ、バートランド公爵家の使用人たちの態度も随分と物柔らかになってきていた。


「・・・ライナルファ家に連絡が来たんだよ。ナタリアが援助金の使い道を決めたらしくて・・・それで寮付きの看護学校に行くって」

「ほう」

「その学校は王都からは離れてて、だいたいドリエステとここを結んだ線上にある、どちらかって言うとドリエステ寄りの都市にあるんだ」

「・・・なるほど。それでか」

「もう、ナタリアに想いを残してはいない・・・と思う。今回会おうと思った事にやましい気持ちはないんだ。ただ・・・レンブラントの言う通り軽率だとも、思う」

「そうか。分かってもらえて何よりだ」


レンブラントは目を細め、目の前の男をじっと見る。

相変わらず素直過ぎるほどに素直な男だと思いながら。


「・・・我儘を言って、悪かったよ」


そう言って部屋を辞す後ろ姿を見送った後、レンブラントは肩をすくめた。


「あれは悪いとは思ってるんだろうけど、何かまだ考えてそうだな」


さて一体なにをやらかすのやら。


そう呟きつつも、少しずつ、だが確実に成長している彼がもう決定的な間違いはしないであろう事だけは、レンブラントも予測していた。

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