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似て非なる
しおりを挟む「・・・だから、なんで俺の所にいちいち報告に来るんだ」
王宮での執務を終えてストライダム邸に戻ったレンブラントを出迎えたのは、いつもの執事や侍女たち、母や妹のベアトリーチェ・・・だけでなく、何故か他家の令息レオポルドまでもが加わっていた。
「お前の家はここじゃないだろ」
「いや、でも」
突き放されたとて、レオポルドはそんな事でへこたれはしない。
「レンブラントは、俺に的確なアドバイスをくれるから」
「・・・前も言ったろ、恋愛方面での相談は受けかねるって。俺はお前と違って、婚約者候補もいなければ、恋人がいた事もないんだぞ」
自慢にもならない事だろうに、あまりに堂々と高らかに宣言するものだから、その場にいる誰もが真面目な顔で納得しそうになる。
こんな時に平気で口を出せるのは、純粋培養育ちが故に、ある意味で無敵なベアトリーチェだ。
「・・・確かにお兄さまってどんな質問にも答えられるものね。もしかして、実は人には言えない様な恋愛経験がこっそりお有りだったり・・・」
「・・・またこの口は要らない事ばかり言うか」
「いひゃひゃ・・・」
体力を取り戻しつつあるベアトリーチェと、そんな妹を安心して構い倒せる様になったレンブラントとの、最近お馴染みの光景だ。
「いいひゃないでふか。えほがーひゃまのほうひゃんにも、のっへあげひゃんでひょ」
「何を言ってるのかさっぱり分からん。人語を話せ。俺にも分かるように」
近頃は、レンブラントも容赦がない。
けっこう遠慮なく妹のほっぺたを引っ張っている。
二人の母は、そんな微笑ましい光景を嬉しそうに見守りつつ、執事に言いつけてさっさとレオポルドをサロンへと案内させた。
「・・・で? 今日は一体、何を言いに来たんだ」
そして、なんだかんだ優しいレンブラントは結局こうして話を聞いてくれるので、レオポルドは今日もまた素直にありのままを報告する。
今日メラニーに渡した花束も、元はこまめに贈り物をしとけとレンブラントにアドバイスされての行動だ。
それでも、薄紫の秋明菊を選んだのはレオポルドの英断である。
「良かったじゃないか」
頬杖をつきながら、レンブラントは興味なさげに答える。
「花束をもらってメラニー嬢は笑顔になったんだろ? なら心配する事は何もないだろうが。俺にわざわざ報告に来る必要もない」
レンブラントはお茶を啜りながら、じとりとレオポルドを睨みつける。
「お前は二年近く彼女持ちだったくせに、何故いつも自信なさげに俺に聞いて来るんだ」
「でも、自分が色々と気が回らない男だって分かったのが最近だから心配になるんだよ。
エドガーの恋愛相談にも乗ってたんだろ、なら俺のもいいじゃないか」
レンブラントは頭が痛いとばかりにこめかみを揉む。
「・・・エドガーの場合は、あいつの気の持ちようについての話が殆どだったからな。俺でも話相手は務まった。
だが、お前の場合は違う。お前自身の事というよりメラニー嬢の気持ちが心配なんだろう? 女性の考えを俺に聞かれても困る」
「・・・そうか。確かに」
「その手の相談なら・・・」
そこまで言って、レンブラントは意味深な視線を右隣に座る妹へと送る。
「・・・?」
釣られてレオポルドも、ベアトリーチェへと視線を向ける。
二人から同時に見つめられ、ベアトリーチェはあたふたと飲みかけのカップをテーブルに置く。
「わ、私?」
「うむ、トリーチェ、お前も一応女だ。女心は分かるだろう」
「確かに・・・女心は女性に聞かなきゃ分からないよな」
ベアトリーチェに丸投げしたいだけであろうレンブラントの言に乗っかり、基本素直なレオポルドはベアトリーチェへと向き直った。
「頼む、ベアトリーチェ。俺に女心というものを教えてくれ。家のための結婚とはいえ、出来る事なら妻となる女性を幸せにしたい。どうしたらメラニー嬢の不安を取り除けるだろうか」
「ええと・・・」
ベアトリーチェは首を傾げながら、考えを巡らせる。彼女も基本かなり素直である。
「そもそも、どうしてレオポルドさまは、そんな心配してるんですか? もしやメラニーさまと何かありましたか?」
「そういう訳じゃないけど、もともと俺が・・・」
ここでかつての恋人の名前を口にしようとして言い淀む。
巻き戻りについて知ってしまった今では、ナタリアはある意味、ベアトリーチェの因縁の相手でもあると思ったからだ。
それにいち早く気づいたレンブラントが、「そこは気にしなくていいぞ」と言葉を挟む。
「こいつ、先週末にあの娘に会いに行ってるから」
「え」
「体が心配だって、ハンドクリームやらリラックス効果のあるハーブティーやらをプレゼントしに」
驚くレオポルドに、レンブラントは「馬鹿だろ」と更に付け加える。
「だから、別にこいつの前であの娘の話題を避ける必要はない。殺されても嫌いになれないんだとさ。俺には到底理解出来ないけどな」
「・・・そう、なんだ」
レオポルドは、気が抜けた様に呟いた。
レンブラントは明らかにナタリアのことを毛嫌いして見えたから、当然ベアトリーチェもそうなのだろうと、レオポルドは考えていた。
なにせ、ベアトリーチェこそが被害者なのだ。
そう言ったレオポルドに向かって、レンブラントは肩を竦める。
「感情なんて、理屈でそう簡単に割り切れないだろ。こいつがそう思うんなら仕方ないさ。周りが変えられるものじゃない」
「そう・・・だよな。そうなんだけど、でも」
レオポルドの眉は、情けなく下がっていた。
「俺は・・・そうであってはいけない。ナタリアを嫌いにはなれなくても・・・好きでいてはいけない。
独身を貫くならともかく、他に妻となる女性を迎えようと言うのなら、心はその人に向けないと」
組んだ両手を固く握る。
「政略結婚だからメラニー嬢は別に俺のことなんてどうとも思ってないだろうけど、だからって、メラニー嬢を妻としながら心はナタリアを想うなんて不実だから」
「・・・」
その様子に、ベアトリーチェはある時のレオポルドを思い出す。
かつて契約として、自分と白い結婚をした時のレオポルドの姿だ。
--- ベアトリーチェ。君は、俺のナタリアへの気持ちを知った上で、後々に彼女を妻に出来るようにと、こうして契約を申し出てくれたけれど
もうあの頃のレオポルドではない、彼は随分と変わった。それはよく知っている。
だけど今、こうして見ている表情は、良し悪しは関係なくあの時と似ている。
あの時もレオポルドは困った様に眉を下げ、それでも視線を逸らそうとはせず、一語一語噛み締めるように言葉を紡いだ。
その不器用なまでの真っ直ぐさは今もそのままだけど、とこんな時なのにベアトリーチェは懐かしく思う。
本当の意味で妻となるであろうメラニーは、レオポルドがこんなに彼女を心配していると知ったら、どう思うだろうか。
--- 君を迎えた以上、婚姻関係が結ばれている間はナタリアと恋人であってはいけないと思うんだ。それは君にとても失礼なことだから
あのレオポルドの言は、ナタリアとの恋人関係は解消するけれど心はナタリアを想う。そういう事だった。
白い結婚は自分から言い出した事だから、それを不実だとも思わなかった。寧ろ恋人でなくなるという宣言に、そこまでしなくてもと驚いたくらいで。
けれど今は。
今は違う。あの時のレオポルドとは似ている様で全く違う。
レオポルドは本当の意味で、真実心からナタリアへの想いを断ち切り、心の全てをメラニーへと向けたい。
そう言っているのだから。
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