上 下
70 / 128

秋明菊

しおりを挟む


「本日はよろしくお願いいたします。メラニー・バートランドと申します」

「こちらこそお越し下さり感謝します、メラニー嬢。レオポルド・ライナルファです」


高く澄み渡る秋空の下、婚約を前提として、レオポルドとメラニーの一回目の顔合わせが行われた。


姉のヴィヴィアンと同じ金髪に紫の瞳。
小柄ながらもすらりとした身体に、ふんわりとしたモスリンのドレスがよく似合う少女だった。

同じ金髪、だが碧眼のレオポルドと並ぶと、まるで対の人形のようだ。

天気が良かった事もあり、二人はお茶を飲んだ後、庭園を散歩する。


メラニーは大人しい性格らしく、ずっと恥ずかしそうに俯いていた。

レオポルドが差し出した手に、そっと細い指を重ね、静かに隣を歩く。


「・・・」


レオポルドも話し上手な訳ではない。だが、メラニーはそれに輪をかけてもの静かな性格の様だ。

それでも、庭を歩く二人の間には、ぎこちなくはあっても不快ではない沈黙が降りている。


何も、言わないのか。


レオポルドの脳裏に、そんな言葉が浮かんでいた。




十日ほど前、レオポルドはメラニーの姉ヴィヴィアンに学園内で呼び出され、裏庭で会っていた。

ヴィヴィアンは、指定した昼休みに婚約者のアクィナスと一緒に約束した場所に現れる。

レオポルドと同じ騎士訓練科のアクィナスは、騎士団長の次男でレオポルドの同級生でもある。

彼は卒業後、嫡男がいないバートランド公爵家に婿入りする事が決まっていた。


「ライナルファさま。突然にお呼びたてして申し訳ありません。勝手を申しますが、私の婚約者の同伴をお許しくださいませ」

「いえ、周囲の誤解を招かないためにも、アクィナスの同席は必要でしょう。それで話とは」

「ええ。それはもちろん、私の妹メラニーのことですの」


ヴィヴィアンは、意志の強い瞳を真っ直ぐにレオポルドへと向けた。



レオポルドは、その時のヴィヴィアンの視線を思い出す。

それから、容姿は似ているものの、決して同じ強さを感じることはない、たおやかなメラニーを見遣る。


・・・姉君の方は社交的で意見もはっきりと言われる方の様だ。
対して妹君は、控えめで口数も少ない。


レオポルドの視線の先にいるメラニーは、微笑みを浮かべ、美しく咲き誇る花々を眺めている。



--- 貴方さまについて、私からは何も言うべきでないと思っておりましたの


裏庭で会ったヴィヴィアンは、眉を下げながらそう言った。


--- 実際にお会いしてみて、妹自身がライナルファさまに抱いた印象を大切にしてもらいたかったからですわ。だから、口を噤んでおりました


ですが、とヴィヴィアンは続けた。


--- どこの世界にも、余計な親切を焼きたがるお方というのはいらっしゃる様ですわ




予想していた事だ。人の口に戸は建てられない。

ナタリアとの別れを決意した時点で、醜聞になる事は覚悟していた。
 

だが、メラニーは本来ならそんな醜聞とは関係のない場所にいた。

いられた筈、なのに。



--- ライナルファさまとナタリアさまのご関係について、わざわざあの子に伝えた人がいた様なんです


困ったように佇むヴィヴィアンと、そんな彼女の肩に労わるように手を置くアクィナス。


寄り添う二人に、何か月か前までの自分とナタリアの姿を思い出し、胸が苦しくなって。



・・・違う。


レオポルドは頭を振った。

隣でメラニーが不思議そうに顔を上げる。



今、考えるべきはメラニー嬢の心情で。
捨てると決めた恋心ではない。


レオポルドは不器用なりに、必死に頭の中で考えを巡らせた。


どうすれば、メラニー嬢の不安を取り除ける?
つい数か月前まで他の令嬢と恋人関係にあった男と婚約を結ばされるメラニー嬢を、どうやったら安心させてあげられる?




--- もし・・・あの子が失礼なことを申し上げたとしても、どうか怒らないでやって下さいませ


そう言って頭を下げたヴィヴィアンに、レオポルドもまた深く頭を垂れ、そこで話は終わりとなった。





だから、今日は何か言われると覚悟して臨んだ。

罵られても、嫌味を言われても、ナタリアとの関係を揶揄されても、真摯に心を尽くして対応しようと思っていた。


だが、予想に反してメラニーは何も言ってこない。

聞かれないのにわざわざ話題にして良いものか、その辺りの機微は、まだレオポルドには難しくて分からない。


・・・レンブラントに相談しておけば良かった。



レンブラントに全幅の信頼を置くレオポルドはそう深く反省するが、実は彼に婚約者どころか恋人もいない事までは思い至らない。


とにかく笑え。

一緒に居て楽しいと、この時間を心地よく思っていることを分かってもらえるように。

メラニー嬢を、婚約者として迎えることに否定的な気持ちはないと伝わるように。


「・・・メラニー嬢」


レオポルドは笑みを浮かべ、メラニーの方へと顔を向ける。


「花は、お好きですか」


名前を呼ばれて顔を上げたところにレオポルドが優しく言葉をかけると、メラニーは少し照れながら首肯した。


「・・・見るのも、世話をするのも大好きですわ」

「そうなんですね。凄いな。俺は無骨者で、花の名前も種類もよく分からなくて」


そう、花の区別もつかないから、花束を贈るのも大変だった。何を贈ったら良いかも分からないから、ナタリアに好きな花をいくつか教えてもらったりして・・・


ここでハッと我に帰る。

何をしているんだ、俺は。

もうナタリアとは別れたのに。


「その、ここに、どれかメラニー嬢がお好きな花はありましたか」

「・・・そうですね」


メラニーは、視線を巡らせ、やがて一つの花を手で示した。


「この季節の花ですと、あちらでしょうか」


その手が指す方角の先には、真っ白の花。


「綺麗ですね。何という花だろう」

「秋明菊と言います。秋牡丹という別名もありますわ。とても品があって、華やかで、でも主張し過ぎないところが好きなんです」

「なるほど、勉強になります」


レオポルドはにこりと笑いかける。


メラニーは、そんなレオポルドを見上げると少し寂しげに笑みを返した。


「メラニー嬢。俺との婚約の話を前向きに考えてくれてありがとう。次回もこんな風にあなたと過ごせたら嬉しい」

「・・・」


メラニーは僅かに目を瞠り、言葉に詰まる。

それから、か細い声で「はい」と返した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...