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足掻いた結果が
しおりを挟むナタリアとレオポルドの破局は、暫くの間、学園の話題の中心となった。
学園中にその恋人関係が知れ渡っていた為、夏季休暇が終わってひと月が経とうとしている今も、まだ学生たちの口からその噂が消える気配はない。
授業が終わると、挨拶もそこそこに急いで帰路に着くナタリア。
実は病院の手伝いのために急いでいるだけだが、学生たちがそんな事情を詳しく知っている筈もない。
そして夏季休暇に入るふた月ほど前から学園を休学していたレオポルドの復学。
美しく輝く金髪は短く切り揃えられ、所々に治りきらなかった傷もある。
剣の鍛錬中に怪我をしたとなっているが、果たしてどれほどの人がそんな言い訳をそのまま信じてくれるだろうか。
加えて、ナタリアと仲の良かったアレハンドロの突然の退学だ。
これで、何かを連想するなと言う方が難しい。
口さがない噂が噴出し、噂が更に噂を呼ぶ。
ベアトリーチェは、そんな状況にひどく心を痛めていたが、ナタリアは意外にも通常と変わらない様に見えた。
冷たい視線にも、聞こえよがしに囁かれる言葉にも、ナタリアは落ち着いていた。
まるで、何も聞こえていないかの様に、真面目に授業を受けては直ぐに教室を出て行く。
ナタリアは、こんなに強い人だったのだろうか、そうベアトリーチェが驚くほどに。
巻き戻り前の、あの親友として時を過ごしたナタリアしか知らないベアトリーチェは、まだよく分かっていない。
ずっと失ってばかりの人生だったとナタリアから聞いたことはあっても、ベアトリーチェ自身はその姿を実際に見てはいないから。
出来たと思った友に嫌われ、気を遣っては目障りだと罵られる。大切だと思えば思うほど、その手から零れ落ちていく。
ナタリアにとっては、前と同じような状況に戻っただけ。そしてそれをベアトリーチェが知らないだけ。それだけのことだ。
レオポルドに関しては、そもそも学舎が違うから、どんな様子なのかは分からない。
それでも大抵このような場合、不利な立場に追いやられるのは女性の方だ。
つまりナタリアの方が圧倒的に不利な立場にいる。
ただでさえ衆目を集めているナタリアに、今の自分が軽々しく声をかけるべきではない事はベアトリーチェもよく分かっている。
それでも気になって、大丈夫だろうかとついベアトリーチェは目で追ってしまう。
生家であるオルセン子爵家とナタリアとは、今や完全な勘当状態で、子爵は彼女の後期の授業料すら学園に払う事を断った。
ナタリアは学園を辞めることも考えたのだが、レオポルドがそれを止める。
この後、将来をどうするかは未定だとしても、あと半年ほどで卒業出来るのならしておくべきだと話し、援助の一環としてライナルファ家が授業料を支払ったという。
そのレオポルドも、来月には政略結婚の相手と顔合わせをする事になっている。
お相手は、今回の人生でのベアトリーチェの友となったヴィヴィアンの妹、メラニー・バートランド公爵令嬢だ。
三歳下だから学園でのレオポルドとナタリアの逢瀬は目撃していない。けれど、姉はナタリアと同じクラスにいる。
もしヴィヴィアンから話を聞いていなくても、ナタリアとレオポルドは純愛で結ばれた恋人と学園でも有名だった。
どこからその話を耳にしたとしても、おかしくはない。どこにだって親切な人はいるものだ。
だけど、本当にあの二人は別れてしまったのか、とベアトリーチェは不思議な感覚に捉われる。
ナタリアとレオポルドは運命の恋人同士だと、ベアトリーチェはこれまでずっと信じてきた。
だから自分の人生をかけてでも応援したいと思ったし、結ばれてほしいとも思った。
それは巻き戻り前も、当然ながら後でも。
なのに、そう願っていた二人が、どちらの時も結ばれることはないなどと、どうして想像できただろうか。
授業終了の鐘と同時に教室を出て行くナタリアの後ろ姿を見て、ベアトリーチェは溜息を吐く。
レオポルドはナタリアと別れ、政略結婚の道を選んだ。
ナタリアは家族と決別し、働きながら学園に通い、卒業後は平民として生きるという。今、貴族籍を抜ける為の書類を揃えているところだ。
アレハンドロは下半身が麻痺して車椅子の生活を余儀なくされ、記憶は六歳まで退行してしまった。いつも妹の影を探しており、ナタリアが顔を出すたび安堵の表情を見せるという。
余りにも巻き戻り前と違うそれぞれの生き方に、ベアトリーチェは困惑してしまうのだ。
現在、巻き戻り前よりもはるかに健康的な状態で学園に通うことが出来ているベアトリーチェにとっては、逆行出来て良かったとそう思えるのに。
レオポルドも、ナタリアも、アレハンドロも、どうして。
いや、違う。
きっと巻き戻り前の人生も、決して彼らの望み通りではなかった。それは分かっているのだけれど、それでも、まだ何か。
何か、出来たのではないかと。
本当にこうなるしかなかったのかと。
今の自分が幸せであるからこそ、そう思って苦しくなってしまうのだ。
足掻いて、必死に足掻いて、その結果がこれであるのなら、もうそれは受け入れるしかないと、そう分かってはいるのだけれど。
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