【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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悪いのは、あなたを愛した私

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首の骨を損傷したアレハンドロの身体には、きっとどこかに障害が残るだろう。

それでも、まだアレハンドロの意識が戻らない為、どこにどんな問題があるか正確には判断できないままだった。


あの誘拐事件から二週間。

明日には夏季休暇が明け、学園が始まる。


アレハンドロとナタリアの二人が揃って長期間休めば、当然ながら訝しまれ要らぬ憶測を生む。体調が戻りつつあるナタリアだけでも元の生活に戻す必要があった。



そうしてナタリアが家に戻る為に身の回りのものを整理していた時。


レオポルドが病室に現れた。


「レオ・・・」

「・・・久しぶり。ナタリア」


まとめられた荷物を一瞥してから言葉を継ぐ。


「話がしたいんだ。少しの時間、いいだろうか」


出されたお茶に口をつけながら、レオポルドは少し考えるように視線を揺らす。


「久しぶり・・・と言ってはみたけど、実は事情聴取の時に君の顔を見かけてるんだ」

「え?」

「レンブラントが、俺も事情を分かっていた方がいいって」

「そ、う・・・」


ナタリアは気まずそうに俯いた。


「時間の巻き戻りの事も聞いたよ。もの凄く・・・吃驚した」

「・・・」

「俺も、随分と最低なことをしたんだってな。白い結婚とか、酷すぎて笑える」


ナタリアは言葉に窮し、会話が途切れる。

暫し続いた沈黙を破ったのはレオポルドだった。


「・・・ごめん」

「・・・え・・・?」

「理由も言わずに姿を消してごめん。心細かったよな。ナタリアは寂しがりなのに」

「あ・・・」

「もう分かってると思うけど、アレハンドロが裏でやってることの証拠を掴みたくて、あいつの屋敷に潜入してた。ナタリアはあいつの幼馴染みだから、前もってその話をするのは不味いと思ったんだ」


苦笑しつつ言葉を続ける。


「君は、アレハンドロに嘘は吐けないだろうから」

「そう・・・そうね」

「やっぱり、不安、だったよな。本当にごめん」


終始俯いたままのナタリアに、レオポルドは言葉を続ける。


「人伝てに一度連絡したきり学園にも来なくなって、そのまま三か月近くろくに連絡もしなかっただろ。
その後はたった一度、レンブラントを通して手紙とペンダントを渡しただけで。今思うと、とんでもないよな」


ペンダントの一言に、ナタリアは無意識に胸元に手をやった。
壊されたことを思い出したのか、そのままそこで固く拳を握りしめる。


「違う・・・違うの。確かに不安だったけど、手紙と、それにあのレオの瞳の色のペンダントをもらって嬉しかった。あの人・・・レンブラントさまにも色々助言を頂いて、それで少し勇気を出して行動することも出来た。
・・・もしかしたら、私もこのまま少しずつ強くなれるんじゃないかって思ったりもしたわ。そうしたら、きっといつか、堂々とあなたの隣に立てる日が来るかもしれないって嬉しくもなった」

「そう・・・なんだ」


レオポルドは静かに頷く。
彼は既に自分の中で答えを出してここに来た。

それでも今、ナタリアの話を聞いているのは彼女自身の思いを知るため。今になって分からなくなった恋人の心の奥底を確かめるためだ。


「考えろ、とその人は・・・レンブラントさまは私に仰ったの。誰かが助けの手を差し伸べてくれるのを待つな、まず自分が動けって・・・」


レオポルドは、ふ、と苦笑する。


「それは俺も何度も言われた」

「レオも?」

「ああ。まず考えろ、言葉の上っ面をそのまま受け取るな、その背後に隠された真意とそれに基づいて行動した結果を予想しろって、何度も言われたよ。もう耳タコだ」

「ふふ、凄いね」

「ああ。まるで教育係だよな。そんな義理もないのに」


少し緊張が取れてきたのか、浮かべていた笑みのぎこちなさが薄らいだ。


「だからレオの感じが前と違ってたんだね。なんて言うか、前よりもピシッとした気がする」

「そうかな?」

「そうよ。頑張ったのね、レオ」


首を傾げるレオポルドを、ナタリアは肯定してからこう続けた。


「私は駄目だった。レオみたいには出来なかったわ。
ううん、もう頑張っては駄目だと思ったの。頑張って、レオのご両親に認めて貰えるような女性になろうとしてはいけないって・・・」

「ナタリア」

「そう、思ったの」

「・・・それは、どうして?」


レオポルドは優しく問い返す。
まるで答えが分かっているかの様だ。


「私は・・・あなたと結ばれたくてベアトリーチェさまを殺すの。親友で・・・私とあなたが結婚出来るようにするため白い結婚まで申し出てくれた優しい人を殺すんですって」

「・・・」

「本当に欲しいものが出来てしまった時、私はそんなことをしてしまうのだわ」


ナタリアの眼にうっすらと涙が浮かぶ。
だが、それを堪えて、ナタリアは言葉を継いだ。


「だから、私はあなたの為に頑張ろうとしては駄目だと思ったの。あなたの隣に立とうと思っては駄目・・・あなたを愛した私が悪いの。私は、あなたをこのまま愛し続けてはいけないのよ」

「・・・」

「だから、もう・・・お別れしましょう」

「・・・ナタリア」

「お別れして、あなたはあなたの家格と見合う方を好きになって。そして、その方と結ばれて。そして・・・そして」

「ナタリア」

「どうか、その方と幸せになって」


堪えていた涙が、ナタリアの瞳から零れ落ちた。


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