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それならただの他人

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その後、夕方近くにストライダム侯爵家に戻ったレンブラントの無事を喜んだのも束の間、アレハンドロたちについての報告を受けて、ベアトリーチェは青ざめる。


アレハンドロとナタリアは、病院へと搬送され、詳しい検査を受ける事になった。

二人の意識は、まだ戻らない。


今後の扱いが決まっているアレハンドロに関しては、使者を通じてレジェス男爵家に通達が行っていると言う。
賠償や刑罰などを含む諸々の話し合いをするために、レンブラントが後日マッケイ・レジェスを訪ねる予定だ。
もちろん、ライナルファ侯爵も共に。

オルセン子爵家には、保護したことのみを告げ、まだ仔細を伏せている。
と言うのも、昨夜から行方不明になっているナタリアの所在について、幼い弟以外は誰もろくに心配していなかったのだ。

元からナタリアに無関心だった父親は言わずもがなだが、母親も似たようなものだった。
ナタリア不在を憂う声は上げたが、それは家事労働の担い手が減った事による不満でしかなかったから。


「何と言うか・・・親は選べないとは言うものの、アレは無いな」


テーブルの上に調査書をぱさりと置きながら、レンブラントはそう語る。


「あの娘の精神が不安定なのも頷ける。愛されたくて、どこかに依存せずにはいられなかったのだろう」


向かいのソファに座っていたベアトリーチェは、それを聞いて眉を情けなく下げる。


巻き戻り前、親は自分に関心がないのだとナタリアが寂しげに口にしたのを思い出したのだ。

その時も詳しく聞いてはいない。ナタリアはそれ以上話そうとしなかった。

自分にはアレハンドロとトリーチェがいるから幸せだと、ただそれだけで。

その後は、レオポルドと出会い、彼の隣で幸せそうに笑っていたけど。


「・・・それで白馬の王子さまを夢見たのかな」


自嘲気味に呟いたレオポルドの身体には、あちこちに包帯が巻かれていた。


あれからレオポルドも病院で治療を受けた。

それで今の包帯ぐるぐる巻きの姿になったのだが、その後も何故かレオポルドは真っ直ぐにライナルファ家に帰ろうとしない。

父トマスに対して、多少のわだかまりがあるのも一因だろう。
気づいていながら敢えてナタリアに護衛を付けなかった事はもちろん、それも含めて将来について父に何を話すべきかを考えあぐね、レンブラントにくっ付いてストライダム家に来てしまったのだ。


「三日だけだぞ。それ以上は甘えるな」


面倒くさそうな顔をしながら当たり前の様に滞在の許可を出す兄の姿に、ベアトリーチェは少なからず驚いた。それはエドガーも同じだったようだ。

昔から反りが合わない二人は、互いが互いをなんとなく避けるのがいつもの事だったから。


この二か月で二人の間に何があったのか、ベアトリーチェたちには分からない。

だが、さほど仲の良くなかった筈のレンブラントとレオポルドが、なんやかやと話をするようになって。
いや、今はむしろ、出来の悪い弟の面倒を見る兄、と言ったところまでに関係が変化しているのは素直に嬉しかった。


「なんだかレオは変わったね」


ベアトリーチェの隣に座り、二人の様子を眺めながらエドガーがそう口にする。

エドガーは明日、ドリエステに向かって出立する予定だ。


出発が三日ほど遅れたため、あちらでの無断欠勤が三日発生することになるのだが、心配するベアトリーチェをよそに当のエドガーはけろりとしたものだ。

アーティが心配で離れられなかったって正直に言うから大丈夫、などと言ってきた。

その理由のどこが大丈夫なのか、ベアトリーチェにはさっぱり分からないのだけれど。






そして、マッケイとの話し合いの日。
ライナルファ侯爵親子とレンブラント、そして複数の護衛たちがレジェス男爵家を訪れた。

レンブラントたちが踏み込んだ場所とは異なる屋敷、すなわち本宅へと。


歴史ある上位貴族二家を緊張の面持ちで迎えるのは当主のマッケイ・レジェス。

肉づきの良い身体を縮こまらせ、額に汗を滲ませながら、謝罪の言葉を口にする。
そんな彼に訪問者たちの態度は素っ気ない。


潜入調査の成果である証拠書類をずらりと並べ、マッケイの眼前へと突きつける。


どことなくアレハンドロに面差しの似たマッケイは真っ青になっていた。自分は知らない、無関係だと口にして。


「いくら貴方が知らないと主張しても、ご自身の息子です。これだけの事をするには人も物もそれなりに動きます。なのに貴方は、それすらも気づかなかったと?」

「は、はあ。まことにお恥ずかしい話ではございますが、その通りでして」

「なるほど」


レンブラントは鞄から一枚の書類を取り出した。


「内々に示談で済ませても良いと思っていたのですが、白黒はっきりさせたければ裁判にしても良いですよ。まあ、貴方に勝ち目がないのは変わりませんが、試したいのであれば是非」

「そ、そんな」


裁判になって全てが白日の元に晒されれば、レジェス商会はおろか家そのものも計り知れないダメージを受ける。恐らく商人としての再起も無理だろう。


「私としては別にどちらでも構いませんよ。どうせ欲しいものは手に入りますからね・・・でも」


レンブラントは、とん、とテーブルの上の書類を指で示す。


「こちらにサインするなら、レジェス商会の責任者として貴方を商会に残らせてあげてもいいと思っています。雇われ人になりますが、表向きの立場は変わらない・・・つまり体面は保てる訳です」

「・・・」

「商会の収益はこちらに全額渡して頂き、そこから貴方がたへの給与を支払いましょう。その場合、レジェス商会の名は存続します。権利も名義も我がストライダム家のものとなりますがね」


結局、マッケイ・レジェスがその書類にサインをするまでに一時間もかからなかった。


レンブラントはレジェス家の本宅以外の土地と家屋全てを没収。それらを処分した金を、ライナルファ侯爵家が受けた被害に対する慰謝料とした。


手続きの全てが終了した時、マッケイは茫然自失の状態だった。
頭を抱え、呻くようにブツブツと呟く。


「・・・これも私の見立ての甘さか。あの時、いっそアレの事も処分・・してしまえば良かったんだ。妹殺しなんぞに情けをかけたせいで・・・」


レンブラントは大きく溜息を吐く。


「・・・殺してないそうですよ」

「なに?」

「彼は妹さんを殺してはいないそうです」

「・・・はっ! 何を馬鹿な」


もはや上位貴族への礼儀など忘れてしまった様だ。レンブラントの発言を、マッケイは鼻で笑った。


「貴方はアイツを知らないからそんな事を言うんです。アレは本当にどうしようもない奴で」

「・・・そこは否定しないが、少なくとも、貴方よりは彼のことを知ってると思いますがね」

「は?」

「自分の息子と最後に言葉を交わしたのはいつです?」

「・・・そ、れは」

「もう十年以上、直接言葉も交わさない親子など赤の他人と変わらない」

「・・・」

「アレハンドロは屑でした。ですが、貴方がそう非難するのですか? それが出来る立場だと?」


黙り込んだマッケイを前に、用は済んだと立ち上がる。


「これからせいぜい頑張って働いてくださいね・・・ストライダム家うちの商会のために」


冷めた眼で見下ろし、そう告げた。







ナタリアの意識は二日目の夜には回復した。
右肩を脱臼していたが、怪我はその一箇所のみ。

回復を待ち、彼女からも聞き取りを行う。レオポルドも彼女との話し合いを望んでいた。


アレハンドロの意識は、まだ戻らない。


アレハンドロは首の骨を損傷していた。



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