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追い詰められて

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王都の外れの森の中。

人目を忍ぶように建てられた家の中には、この国最大の商会の後継と、その男に拐われた娘。

二人は寝台の上で重なるようにして身を横たえているが、それは決して情事などではなく。

もうじき夜も明けるというのに延々と語り明かした話の中身は、男により消えてなくなった時間と娘の犯した記憶のない罪。


そんな不可思議な時間がこれからも続くかと思えた時だった。



「・・・ナタリア」


知らなかった罪をようやく自覚したナタリアの上に覆い被さり、髪を優しく撫でていた筈のアレハンドロの声音が急に低くなる。


「・・・お前、何を持ってるんだ?」

「え?」


ナタリアは目を瞬かせる。

アレハンドロは指をすっと胸元に置き、目を細めた。


「ここに何かあるだろ」

「・・・っ」


誰にも知られぬようにしろ、肌身離さず身につけておけと名前も知らない男から渡されたレオポルドからの贈り物。

咄嗟に言葉が出て来ず、どうしたらいいのかとナタリアは目を彷徨わせる。

その様子にアレハンドロはむくりと起き上がると、乱暴にナタリアの襟元を暴いた。


「あ・・・っ」


首元から少し下、柔らかい膨らみの少し上に現れた青色、それを目にしたアレハンドロは目を瞠った。


「・・・ペンダントか」


レオポルドの瞳と同じ、透き通るような深い青のガラス玉。
誰の贈り物かは一目瞭然だ。


見つかってしまった。そうは思ったものの、その時にナタリアの頭に浮かんだのは、ただそれだけだった。

ナタリアにとって、アレハンドロはある意味、信頼と安心の象徴。居場所にも似ていて、鳥にとっての巣のようなものだ。

意地悪で、捻くれ者で、多少・・やきもち焼きで、口が悪くて、時に乱暴な事はあるけれど、でも最後には必ず、絶対にナタリアの味方となってくれる人。


自邸で自分の大切なものを奪っていたネズミがノーラである事は突き止めたが、そのネズミを放ったのは誰かというところまでナタリアは考えは及んでいない。

そして、アレハンドロは幼い時のただ一度を除いて、ナタリアの前では残酷な顔を見せていないのだ。

ナタリアを泣かせる敵役は常に他の誰かに割り当て、自分はいつも慰め励ます役に徹してきた。


だから、ナタリアは夢にも思わないし、疑いもしない。
これまで、ナタリアの全てを奪ってきたのが、目の前にいるアレハンドロその人だったなどとは。


その目の覚めるような青色に、アレハンドロがすぐにレオポルドを連想した事も、彼の激しい執着欲に火をつけた事にも気づかずに。


「・・・これ、アイツから、だよな?」


低い、低い声が、ナタリアの耳を刺す。


「う、うん・・・」

「もしかして、前に手紙が来たって喜んでた時?」

「・・・」


アレハンドロは沈黙を肯定と受け取った。
そして、あの時、意図的にこのペンダントの話をしなかったという事も。


「なるほどねぇ、わざわざこんなところに隠してたんだ・・・」


どうして、と問うようにアレハンドロは呟く。


それは数刻前、馬車に居合わせたエドガーについて問うた時と酷く似ていた。

そして、ナタリアは覚えていないが彼女に暗示薬を盛った時ともまた同じ。


今、ナタリアの眼に映る彼は、酷く歪な笑みを浮かべている。

笑っているのに、今にも泣きそうな、この世の地獄を味わったかのような、苦しげな笑みだ。


アレハンドロは続ける。


「残念。お前は二度とアイツには会えないよ」

「え・・・?」


そんな予兆はこれまでに十分あったというのに、ナタリアはきょとんと目を瞬かせた。


鎖に指を引っかけ、少し力を込めれば、ぷつりと音を立ててそれは切れた。

そして、ペンダントはいとも容易くナタリアの胸元から離れていく。


それを呆然と目で追うナタリアに、アレハンドロは告げた。


「だって、お前は一生ここにいるんだから」









ナイフで衣服や眼帯などを切り裂いていた使用人が、中から現れた紙切れを目にして声を上げた。


「ザカライアスさま。見つけましたっ! こいつ、こんな所に隠してやがった・・・っ」


裏業務を執り行うアレハンドロの屋敷の離れ、そこの地下室での事だ。

レオンこと、レオポルドが身につけていたサポーター裏の隠しポケットに忍ばせていた書類を発見した時の第一声だった。


ザカライアスがレオポルドを拘束した直後に彼の部屋も捜索したが、そこからは何も見つからず、業を煮やしたザカライアスはレオポルドを地下室に放り込む。
そして、徹底的な身体検査と鞭打ちなどの拷問を命じた。


普段のボディチェックでは目視で終わる箇所も、今回は念には念を入れろというザカライアスからの指示を受け、レオポルドが身に付けていた物は全て、服や下着はもちろん、眼帯や包帯、サポーターなども全て外された。


隠し場所であるサポーターも、普通のチェックであれば見つからないよう二重三重に細工がされている。
そのため、それら全てを調べても最初は誰も何も気づかなかった。

ひと通りの調査が終わり、気のせいだったかとザカライアスが考え始めた時、鞭打ちで気を失ったレオポルドに、使用人の一人が冷水を頭からかける。


「む・・・?」


眼帯をしていたレオポルドの左目、焼けただれたように赤黒いその跡を伝った水が、僅かに色を帯びていた。


「・・・」


無言でザカライアスが近づき、火傷跡を凝視する。

髪から流れ落ちた水がその左瞼の上を過ぎた時、やはり水に微かに色が付く。


ザカライアスは手を伸ばし、レオポルドの瞼を指で乱暴に拭う。彼の指が赤黒く染まった。


「・・・なるほどな。上手く偽装したものだ」


ザカライアスは振り向くと、尋問を行なっていた使用人に持ち物の再検査を命じる。


「こうなって来ると、口がきけないというのも怪しいものだ。だが、前に湯をかけた時、こいつは声を出さなかった・・・考えすぎか?」


繋がれたまま気絶しているレオポルドを睨みつけながら、ザカライアスは呟く。


「・・・いや、ここまで念入りに偽装する奴だ。恐らくは声が出ないのも、何か細工をしているに違いない」


使用人に命じ、レオポルドに二回、三回と冷水をかけさせる。


やがて、レオポルドの長い亜麻色の睫毛が震え、ゆっくりと開いた。


彼の霞む視界に映るのは、冷たい笑みを浮かべ、こちらを見つめるアレハンドロの腹心ザカライアス


レオポルドが拘束されてから既に数刻が経過していた。



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