46 / 128
それは本当の話
しおりを挟むアレハンドロの隠れ家にある一室。
ナタリアはまだアレハンドロに組み敷かれたまま。
無かったことにされた過去で、自分が犯したおぞましい罪について知った。
「まあでも、よく理性を働かせて頑張ったんじゃないかな。暗示薬が予想以上に効きがよかったせいで、結局暴走しちまったけど。そこの所は俺が悪かった。謝るよ」
「・・・アレハンドロ。あなたは一体、何が・・・」
「黙って聞けよ、ナタリア。じゃあ今がそうなってないのは何故なんだって話なんだけど」
未だ話が理解出来ずにいるナタリアをよそに、アレハンドロは話を続けた。
「ベアトリーチェが死んで、お前は牢獄にぶち込まれた。当たり前だよな。子爵令嬢に過ぎないお前が、白昼堂々屋敷に乗り込んで、侯爵夫人を刺殺したんだから。
特にストライダム家の怒りようはもの凄かったぞ。あの時に漸くあそこの親兄弟の顔を拝めたんだけど、もうその場でお前の首を刎ねそうな勢いでさ」
「・・・」
ぽろぼろと涙を流し続けるナタリアに、アレハンドロは昏い視線を落とす。
傷つけているのは他でもないアレハンドロ自身だというのに、その手は優しくナタリアの涙を拭い、髪を撫でていた。
「・・・ホント、苦労したんだよ。怪しげな魔術師に大金払ったりしてさ。一年巻き戻すのに金貨百枚とか、流石は違法者、どんだけ強欲なんだよって呆れちまった。だって、学園入学前まで戻すのに金貨七百枚だぜ? 蓄えが吹っ飛んだよ」
ナタリアが、目を瞬かせる。
「分かんない? 時間を巻き戻したんだよ。だって、あのままじゃお前、処刑されるところだったから」
「・・・な、に、言ってるの・・・そんなこと、出来るわけ」
「もちろん俺にそんなこと出来るわけないさ。まあ、頼んだそいつも、なんか媒体が必要だとか言ってベアトリーチェの墓を掘り起こしてたけどな」
「・・・」
意味が分からないとでも言いたげに、ナタリアは激しく首を左右に振る。
「分かんないならもうそれでいい。認めようと認めまいと変わるものでもないから。俺はただ、お前があのまま処刑されるのが我慢できなかったって話をしたかっただけ」
そう言うと、アレハンドロの体がとさりとナタリアの上に覆い被さった。
小柄なナタリアの身体の上に、それなりに身長のあるアレハンドロの身体が重なる。だが、どこかで身体を支えているのだろうか、ナタリアが苦しくなるほどの重さを感じる事はなかった。
「・・・ああ。ちゃんと生きてるな、お前」
「・・・っ!」
唐突に落とされた言葉に、虚を突かれる。
こんな風に、思いもかけない時に思いもかけない言葉で揺さぶる。だからアレハンドロは狡いのだ。
そんなナタリアの困惑をよそに、アレハンドロはふと思いついたように言葉を継いだ。
「そう言えば、ベアトリーチェに恋人がいるんじゃないかってさっき言ってたな。あり得ないと思ったけど、もしかしてあの時の客の男だったりして。あの時もそいつ、血まみれのベアトリーチェを抱きしめて泣いてたんだ。昨日は遠目に見てたから顔がよく分からなかったけど」
「・・・そう、なんだ」
どうしてだろう。
さっきから随分とめちゃくちゃな話を聞かされているのに。知らない場所に連れ去られ身に覚えのない罪を突きつけられているのに。
アレハンドロに感じるのは怒りではなく、恐怖でもなく、耳にする言葉がただただ悲しくて涙が溢れてくる。まるで胸を抉られているみたいに。
ずっと、涙が止まらない。
なのにナタリアは、なにがどう悲しいのかもよく分からないのだ。
アレハンドロの言っている事は、ナタリアには今もよく理解出来ない。
自分があのストライダム家の令嬢と親友だったとか、彼女がレオのことをずっと好きだったとか、レオと結婚した事を恨んで刺し殺したとか。
しかも、それはアレハンドロがナタリアに薬を盛って暗示をかけた事が発端で。
それで誰かに頼んで時間を巻き戻したなんて、そんな事を言われても混乱するばかりだ。
確かに、あの人にどこか心惹かれ、友だちになれたらと思っていたのは真実だ。
でも現実には、三年間同じクラスでもほとんど会話すら交わせていない。
声をかけたくても、そのきっかけすら掴めなくて。いつもさり気なく距離を取られて。
・・・あ。
距離を、取られて。
取られて、いた。
取られて、いたのなら。
それは、その理由は。もしかして。
「・・・っ」
嫌だ、信じたくない。
信じたくない、そんなの。
「・・・ねえアレハンドロ。あなたの頭がおかしいの? それとも私がおかしくなっちゃったのかな」
涙声で震えながらそう尋ねると、なぜか耳元でぷっと吹き出す音がした。
「アレハンドロ?」
「・・・はっ、お前って時間が巻き戻ってもやっぱりそんななんだな」
「え?」
「・・・ベッドの上で俺にのしかかられても、そっちには意識が向かないんだ。ホント、危機管理能力のない女だよな」
「だって・・・」
今の二人は衣服は身につけたままとは言え、ベッドの上に重なるようにして横たわる妙齢の男と女。
確かに、傍から見ればとんでもない光景だ。だが、不思議なことにそこに艶っぽい空気は微塵もなく。
そしてそれは、恐らくナタリアだけでなくアレハンドロの醸し出す空気もまた色欲がない、ということに理由があって。
だから、ナタリアは素直にそれを口にした。
「アレハンドロがそんなことする筈がないもの」
アレハンドロは、自分に性的な目を向けた事はないだろう、と。
その言葉に、ナタリアの肩に埋めていたアレハンドロの頭がぴくりと揺れる。
「・・・なんでだよ。現に薬で眠らされて屋敷から攫われて、連れ込まれた家でベッドの上に押し倒されて、さっきからお前を泣かすような話ばかりしているし。お前に言わせりゃ、俺は頭がおかしい男なんだろ。どこに安心材料があるんだよ」
「でも、アレハンドロはそんなことしない。しないと、思う」
理由は分からない。けど、なんとなくそう思うのだ。
アレハンドロが自分を見るそれは、決して恋する人に対するものではない。
もっと落ち着いた、けど自惚れでなければそれなりの慈愛を含んだものだ。
「・・・」
はあ、と大きな溜息がナタリアの耳元で聞こえた。
「・・・いつまで経っても懲りないところまで、あいつにそっくりだ」
「え?」
「・・・なんでもない」
一度、アレハンドロは起き上がろうとして腕に力を込め、だが途中で止まり、少しの間考えた後、「やっぱりもう少し」と再び上にのしかかった。
「・・・重いよ」
「そんな筈ないだろ。腕で支えてるんだから」
「知ってる」
「そうかよ」
「・・・ねえアレハンドロ」
「なに」
「さっきの話、本当なの? それともいつもみたいに私を揶揄ってるだけ?」
「・・・」
暫く無言のまま言葉を返さなかったアレハンドロは、やがて自分の手を上に回し、ナタリアの頭をポンポンと叩いた。
「好きな方を信じろよ。何かもう、どうでもいいや」
「・・・分かった」
今の答で、ナタリアは理解した。
アレハンドロがしたのは突拍子もない話、証拠も何もない話、だけど、それでもきっと。
もしかしたら、いや多分。
それは本当の話なのだ。
本当に、実際に、ナタリアは親友だったというベアトリーチェ・ストライダムを殺していて。
その罪をなかった事にするために、アレハンドロは時を戻させたのだと。
94
お気に入りに追加
2,070
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる