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それは本当の話

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アレハンドロの隠れ家にある一室。

ナタリアはまだアレハンドロに組み敷かれたまま。

無かったことにされた過去で、自分が犯したおぞましい罪について知った。


「まあでも、よく理性を働かせて頑張ったんじゃないかな。暗示薬が予想以上に効きがよかったせいで、結局暴走しちまったけど。そこの所は俺が悪かった。謝るよ」

「・・・アレハンドロ。あなたは一体、何が・・・」

「黙って聞けよ、ナタリア。じゃあ今がそうなってないのは何故なんだって話なんだけど」


未だ話が理解出来ずにいるナタリアをよそに、アレハンドロは話を続けた。


「ベアトリーチェが死んで、お前は牢獄にぶち込まれた。当たり前だよな。子爵令嬢に過ぎないお前が、白昼堂々屋敷に乗り込んで、侯爵夫人を刺殺したんだから。
特にストライダム家の怒りようはもの凄かったぞ。あの時に漸くあそこの親兄弟の顔を拝めたんだけど、もうその場でお前の首を刎ねそうな勢いでさ」

「・・・」


ぽろぼろと涙を流し続けるナタリアに、アレハンドロは昏い視線を落とす。

傷つけているのは他でもないアレハンドロ自身だというのに、その手は優しくナタリアの涙を拭い、髪を撫でていた。


「・・・ホント、苦労したんだよ。怪しげな魔術師に大金払ったりしてさ。一年巻き戻すのに金貨百枚とか、流石は違法者、どんだけ強欲なんだよって呆れちまった。だって、学園入学前まで戻すのに金貨七百枚だぜ? 蓄えが吹っ飛んだよ」


ナタリアが、目を瞬かせる。


「分かんない? 時間を巻き戻したんだよ。だって、あのままじゃお前、処刑されるところだったから」

「・・・な、に、言ってるの・・・そんなこと、出来るわけ」

「もちろん俺にそんなこと出来るわけないさ。まあ、頼んだそいつも、なんか媒体が必要だとか言ってベアトリーチェの墓を掘り起こしてたけどな」

「・・・」


意味が分からないとでも言いたげに、ナタリアは激しく首を左右に振る。


「分かんないならもうそれでいい。認めようと認めまいと変わるものでもないから。俺はただ、お前があのまま処刑されるのが我慢できなかったって話をしたかっただけ」


そう言うと、アレハンドロの体がとさりとナタリアの上に覆い被さった。

小柄なナタリアの身体の上に、それなりに身長のあるアレハンドロの身体が重なる。だが、どこかで身体を支えているのだろうか、ナタリアが苦しくなるほどの重さを感じる事はなかった。


「・・・ああ。ちゃんと生きてるな、お前」

「・・・っ!」


唐突に落とされた言葉に、虚を突かれる。

こんな風に、思いもかけない時に思いもかけない言葉で揺さぶる。だからアレハンドロは狡いのだ。

そんなナタリアの困惑をよそに、アレハンドロはふと思いついたように言葉を継いだ。


「そう言えば、ベアトリーチェに恋人がいるんじゃないかってさっき言ってたな。あり得ないと思ったけど、もしかしてあの時の客の男だったりして。あの時もそいつ、血まみれのベアトリーチェを抱きしめて泣いてたんだ。昨日は遠目に見てたから顔がよく分からなかったけど」

「・・・そう、なんだ」


どうしてだろう。

さっきから随分とめちゃくちゃな話を聞かされているのに。知らない場所に連れ去られ身に覚えのない罪を突きつけられているのに。

アレハンドロに感じるのは怒りではなく、恐怖でもなく、耳にする言葉がただただ悲しくて涙が溢れてくる。まるで胸を抉られているみたいに。

ずっと、涙が止まらない。

なのにナタリアは、なにがどう悲しいのかもよく分からないのだ。


アレハンドロの言っている事は、ナタリアには今もよく理解出来ない。

自分があのストライダム家の令嬢と親友だったとか、彼女がレオのことをずっと好きだったとか、レオと結婚した事を恨んで刺し殺したとか。

しかも、それはアレハンドロがナタリアに薬を盛って暗示をかけた事が発端で。

それで誰かに頼んで時間を巻き戻したなんて、そんな事を言われても混乱するばかりだ。

確かに、あの人ベアトリーチェにどこか心惹かれ、友だちになれたらと思っていたのは真実だ。
でも現実には、三年間同じクラスでもほとんど会話すら交わせていない。


声をかけたくても、そのきっかけすら掴めなくて。いつもさり気なく距離を取られて。


・・・あ。


距離を、取られて。


取られて、いた。
取られて、いたのなら。

それは、その理由は。もしかして。


「・・・っ」


嫌だ、信じたくない。
信じたくない、そんなの。


「・・・ねえアレハンドロ。あなたの頭がおかしいの? それとも私がおかしくなっちゃったのかな」


涙声で震えながらそう尋ねると、なぜか耳元でぷっと吹き出す音がした。


「アレハンドロ?」

「・・・はっ、お前って時間が巻き戻ってもやっぱりそんななんだな」

「え?」

「・・・ベッドの上で俺にのしかかられても、そっちには意識が向かないんだ。ホント、危機管理能力のない女だよな」

「だって・・・」


今の二人は衣服は身につけたままとは言え、ベッドの上に重なるようにして横たわる妙齢の男と女。

確かに、傍から見ればとんでもない光景だ。だが、不思議なことにそこに艶っぽい空気は微塵もなく。

そしてそれは、恐らくナタリアだけでなくアレハンドロの醸し出す空気もまた色欲がない、ということに理由があって。

だから、ナタリアは素直にそれを口にした。


「アレハンドロがそんなことする筈がないもの」


アレハンドロは、自分に性的な目を向けた事はないだろう、と。


その言葉に、ナタリアの肩に埋めていたアレハンドロの頭がぴくりと揺れる。


「・・・なんでだよ。現に薬で眠らされて屋敷から攫われて、連れ込まれた家でベッドの上に押し倒されて、さっきからお前を泣かすような話ばかりしているし。お前に言わせりゃ、俺は頭がおかしい男なんだろ。どこに安心材料があるんだよ」

「でも、アレハンドロはそんなことしない。しないと、思う」


理由は分からない。けど、なんとなくそう思うのだ。
アレハンドロが自分を見るそれは、決して恋する人に対するものではない。

もっと落ち着いた、けど自惚れでなければそれなりの慈愛を含んだものだ。


「・・・」


はあ、と大きな溜息がナタリアの耳元で聞こえた。


「・・・いつまで経っても懲りないところまで、あいつにそっくりだ」

「え?」

「・・・なんでもない」


一度、アレハンドロは起き上がろうとして腕に力を込め、だが途中で止まり、少しの間考えた後、「やっぱりもう少し」と再び上にのしかかった。


「・・・重いよ」

「そんな筈ないだろ。腕で支えてるんだから」

「知ってる」

「そうかよ」

「・・・ねえアレハンドロ」

「なに」

「さっきの話、本当なの? それともいつもみたいに私を揶揄ってるだけ?」

「・・・」


暫く無言のまま言葉を返さなかったアレハンドロは、やがて自分の手を上に回し、ナタリアの頭をポンポンと叩いた。


「好きな方を信じろよ。何かもう、どうでもいいや」

「・・・分かった」


今の答で、ナタリアは理解した。


アレハンドロがしたのは突拍子もない話、証拠も何もない話、だけど、それでもきっと。

もしかしたら、いや多分。


それは本当の話なのだ。


本当に、実際に、ナタリアは親友だったというベアトリーチェ・ストライダムを殺していて。


その罪をなかった事にするために、アレハンドロは時を戻させたのだと。

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