上 下
29 / 128

交錯

しおりを挟む


「それは本当かい? エドガー君」


王立医学研究所の主任補佐カルティエは、身を乗り出すようにして尋ねた。

それにエドガーは大きく頷き返す。


「はい。手紙にはそう書いてありました。今まで渡した薬の中で、一番効果があったようです」

「ふむ。配合がよほど上手くいったと見える。確か、シドラ草の配合量を上げたんだよな?」

「そうです。そして、シドラ草の効能を高める効果があるレンドランの果皮も少量加えました」

「ほう、レンドランか。なるほど、よく思いついたな」

「たまたまレンドランについて書かれたレポートを見つけまして。運が良かったのでしょう」

「はは、相変わらず謙虚だなぁ、君は」


ベアトリーチェからエドガーに手紙が届いた。例の茶緑色の薬を飲んで、これまでになく体調がいい日が続いたと書かれていたのを読んだ時は、エドガーは嬉しさのあまり、思わず叫びそうになった。

本人は、苦すぎてスプーン一杯でも大変だったと書いてあったが、味の改善などこれから先いくらでも出来る。効果が高い薬を見つけるのがまず難しく、その配合となれば至難の業となるが。


今が三年目と半年。

エドガーは頭の中で月日を計算する。

レンブラントによると、巻き戻り前は七年目にベアトリーチェの身体はいよいよ動かなくなって・・・死期を悟った頃に殺されたという。


考えるのも嫌な言葉だ。エドガーは無言で頭を振った。


大丈夫。今度は死なせない。

たぶん今の方が体調はずっといい筈。

そして今のペースなら七年もかからない。恐らく来年か再来年には完成させてみせる。


だから・・・だから、今度こそアーティは生きる。生きて、この先もずっと生き続けるから。

そうしたら、彼女も普通の女性のように将来を思うことが出来る様になる。

もう誰かを応援するための契約結婚ではなく、自分の幸せのためのそれを夢見てくれる筈。

そして、出来ることならその時、アーティの隣にいるのは。

そう、隣には。


「・・・っ、まったく気が早い。今はそんな事を考えるよりも頭と手を動かさなくては」


止めどなく流れていきそうな思考に、エドガーはぶんぶんと頭を振って歯止めをかける。


夢を見たいなら、そのための結果を。それだけの成果を上げるんだ。


「・・・よし」


次は、造血作用が確認されている薬草との組み合わせを考えなくては。


エドガーは作業に取り掛かる。

全ては大事な幼馴染みの、そして小さい頃から守ってあげたいと見つめ続けた女の子の、未来のために。









「ザカライアスさま。お呼びでしょうか?」


平日の昼間。
主人であるアレハンドロは学園に行っている。


ベルを鳴らして部下を呼んだザカライアスは、つけていた帳簿から顔を上げた。


「ああ、テセオスか。ちょっと頼みたい事があるんだ」


深く頭を下げ、上司からの指示を待つ部下に、ザカライアスは帳簿に視線を戻し、話し始めた。


「少々手が足りなくてな。手頃な奴を見繕って寄越してくれないか。間違っても情報を漏らす恐れがない、口が固い奴がいいんだが」

「口が固い奴、ですか。ならばちょうど良いのがおります。つい先日手に入れた奴隷でして」

「奴隷? そいつのどこがちょうど良いと言うんだ」


テセオスは、ニヤリと笑い、言葉を続けた。


「実はその男、口がきけないのです」

「口が? 話せないのか?」

「そうなんです。私も確認しましたが、そもそも発声が出来ない様でして。辛うじて喉から掠れた音を出せる程度です。簡単な文字を読む事は出来ますが、書く事は出来ません。ですから、そいつから情報が漏れる心配は一切ありません。指示を与えるときは口頭での伝達のみになりますが」


テセオスからその奴隷について一通りの説明を受け、ザカライアスは納得したように頷いた。


「そうか。なるほど、情報を守るには打ってつけだな。よし、連れて来い」

「畏まりました」


テセオスは一旦席を外すと、若い男を連れて戻って来た。連れて来られた奴隷男は、引き締まった体躯で左目に眼帯をしていた。


「ほう、その男か」

「はい。レオンといいます」

「なるほど、分かった。よし、レオン。こっちに来い。仕事を与える」


レオンと呼ばれた奴隷は、僅かに足を引きずりながらザカライアスの方に歩いてきた。


「なんだ、こいつ。眼だけでなく足も怪我しているのか? 体格だけなら騎士にもなれそうなくせに、とんだ見かけ倒しだな」

「は。右膝に古傷がある様でして。今も包帯を外せない様です。ですが仕事をするのに差し障りはない程度なのでご安心を」

「ふん。いいか、レオン。ここにある書類をこんな風に日付ごとに分けるんだ。ここを見て、同じものが書かれているものを上に重ねていけ」


レオンはこくりと頷く。


「アレハンドロさまにお渡しする報告書に係る書類だ。絶対に間違えるな。あと、私が書き写し終えた後は全部焼却して処分するように」


レオンが再び頷いたのを確認すると、ザカライアスは帳簿付けの作業を再開した。

テセオスは、横で黙々と書類の振り分け作業を始めたレオンに「しっかりやれよ」と声をかけた。


その間ずっと、ザカライアスは帳簿に目を落としたままだった。

だからだろう。


自分の持ち場に戻るために部屋を辞すテセオスの口角が微かに上がっている事に、彼は気づかなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...