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業腹
しおりを挟むベアトリーチェは本当に馬鹿だ。
そうレンブラントは思った。
小さい頃からレオポルド馬鹿だった。
人の好みはそれぞれだから、いくら兄とはいえ妹の男の好みに口を出すものじゃない。そう思ったから何も言わなかったけれど。
本当に、本当に理解出来なかった。
別にレオポルドが悪いとは言わない。
性格は素直だし、真っ直ぐだし、曲がったことはしないし、まあ普通にいい奴の部類に入るだろう。
だが、何事においても裏が読めない。そもそもレオは、この世の中にそんなものがあるとも知らないのかもしれない。
腹の探り合いをしなくていい分、相手をするには楽なのだろう。でも、そんな男の妻になる女性は、その方面に不向きな夫を補える様に更なる対応力が求められる。ベアトリーチェでは駄目だ。
常に良いものを願い、悪意にまで善意を返そうと思うような妹では。
二人揃って良いように食い尽くされ、呑み込まれ、搾り取られて終わりだ。
巻き戻り前では、レオポルドたちを助けるために契約結婚までしたらしいが、それでも何とかならなかったから巻き戻った現在がある。
まったく、うちまで巻き込みやがって。
レンブラントのこの文句は現状についてではない。前の時の、契約結婚による援助の云々を言っているのだ。
レンブラントの記憶にはないのだから文句を言っても仕様がない、その筈なのだが何故か彼は非常に腹を立てている。
白い結婚前提で嫁に出した挙句、金を援助するとか、あの妹はどれだけ自分を安売りすれば気が済むのか、それにそんな事をしたら絶対、あの男がうちにまで何かしてきたに違いないんだ。トリーチェは抜けてるから、そんな事も思いつかないだろうが。
アレハンドロは、ナタリアとかいう娘に好意を持ったニコラスをトラッド子爵家ごと攻撃した男だ。
ベアトリーチェとレオポルドとの結婚は大歓迎だったろうが、それであの家が立て直されては業腹だろう。しかも三年後には、妻の座をナタリアに明け渡すと言うのだ。
絶対に、絶対に、あのイカれ男はうちにも攻撃を仕掛けた筈、そしてきっとその時の俺も大活躍させられたに違いない、そうレンブラントは思うのだ。
重ねて言うが、今のレンブラントは何も覚えていない。だが、確信めいた考えが彼を怒りに駆り立てる。
そのくらいには、レンブラントはベアトリーチェの話した過去に腹を立てていた。
だって、嫁いでまで助けに行って最後には刺殺されたと言うのだ。
しかも妹は、それでもまだ自分を刺した相手を助けたいと思っているのだから始末に負えない。
まあ絶対、その件だって例の執着男が絡んでるんだろうし、一番許せないのはそいつであるのに間違いはないのだけど。
そんな事を考えているとレンブラントのうちに再び怒りが湧き上がりそうになり、だがそこで時計が視界に入る。
「・・・と、そろそろ時間か」
溜息をひとつ。
それから、必要な書類を手にして、レンブラントは応接室へと足を向けた。
腹芸が出来ないあの男には、話の全容を伝えるべきではないだろう。レオポルドの好いた相手がナタリアという女で、そのナタリアのすぐ側にいるのがアレハンドロだ。そう思って彼に伝えるべき内容を頭の中で吟味する。
「全く・・・政略結婚にもそれなりの意味があるってこと、あいつらには分からないのかねえ?」
好きな相手と結婚するのは別に良い。だがそれは、相性や条件が釣り合った上での事だ。結婚はゴールではない。始まりに過ぎないのだから。
愛し合った者同士がめでたく結ばれました、二人はその後もずっと幸せに暮しましたとさ・・・なんてエンディングは物語の中だけだ。
現実では結婚式の後に延々と続く日常がある。それこそ、死が二人を別かつまで夫婦は人生を共に歩むのだ。
愛情だけではやっていけない。人が生きていくには金も物も必要だ。「愛してる」の台詞だけで腹が膨れる特殊な人間だと主張するなら話は別だが。
「まあとにかく、今はエドガーが本気を出してくれたから良かったけどな」
夢見がちな妹も、少しは大人になったという事なのか、その事にはレンブラントも安堵している。
ベアトリーチェも、エドガーも、それにレオポルドだって、幸せになってもらいたいと、こう見えてレンブラントは思っている。
巻き戻り前の自分が、何を思ってどう動いていたか本当のところは分からないが。その時の自分もきっとそうであったと信じたい。
応接室の扉前に立つ。
レオポルドはもう到着して、部屋に案内されたと聞いている。
はあ、と大きく息を吐く。
本当だったら、レオポルドにも色々とぶちまけてやりたいのだ。
自分の性格をよく考えてから相手を選べとか、もっとしっかりしとけとか、結婚を甘く見るなとか。
ベアトリーチェ曰く『運命の恋人』であるナタリアとやらも、レオポルドの相手としてはどうかとレンブラントは思っている。
どれだけ綺麗で清らかで素直な女性なのかは知らないが、報告書を読んだだけで気分が悪くなるような変態ストーカーに長年付き纏われて、それでもまだそいつの異常性に気づいていないとか、疑う事を知らないにも程があるとレンブラントは言ってやりたい。
まあ幼い頃から囲い込まれて仕舞えば、気づきにくくなるのも仕方ないが。
そういう女性は、裏の裏まで読めるような多少腹黒い男と一緒にならないと夫婦揃ってカモにされて終わりだろうに。
ドアノブを握る手に思わず力がこもり、慌ててもう一度深呼吸をする。
別に恋愛相談に乗る必要はない、そこまでは管轄外だ。そう自分に言い聞かせて、少し頭の血が下がった所で扉を開けた。
そして、見舞いに来た筈なのになぜかベアトリーチェの部屋でなく応接室に通され、しかも現れたのがレンブラントである事に目を丸くしているレオポルドに向かって、妹を溺愛する男はにこりと微笑みかける。
そして挨拶も早々に本題に入ったのだ。
「お前の家が狙われている」と。
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