【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
25 / 128

業腹

しおりを挟む


ベアトリーチェは本当に馬鹿だ。


そうレンブラントは思った。


小さい頃からレオポルド馬鹿だった。


人の好みはそれぞれだから、いくら兄とはいえ妹の男の好みに口を出すものじゃない。そう思ったから何も言わなかったけれど。

本当に、本当に理解出来なかった。

別にレオポルドが悪いとは言わない。
性格は素直だし、真っ直ぐだし、曲がったことはしないし、まあ普通にいい奴の部類に入るだろう。
だが、何事においても裏が読めない。そもそもレオは、この世の中にそんなものがあるとも知らないのかもしれない。

腹の探り合いをしなくていい分、相手をするには楽なのだろう。でも、そんな男の妻になる女性は、その方面に不向きな夫を補える様に更なる対応力が求められる。ベアトリーチェでは駄目だ。

常に良いものを願い、悪意にまで善意を返そうと思うような妹では。

二人揃って良いように食い尽くされ、呑み込まれ、搾り取られて終わりだ。

巻き戻り前では、レオポルドたちを助けるために契約結婚までしたらしいが、それでも何とかならなかったから巻き戻った現在いまがある。


まったく、うちストライダム侯爵家まで巻き込みやがって。


レンブラントのこの文句は現状についてではない。前の時の、契約結婚による援助の云々を言っているのだ。


レンブラントの記憶にはないのだから文句を言っても仕様がない、その筈なのだが何故か彼は非常に腹を立てている。


白い結婚前提で嫁に出した挙句、金を援助するとか、あの妹はどれだけ自分を安売りすれば気が済むのか、それにそんな事をしたら絶対、あの男・・・がうちにまで何かしてきたに違いないんだ。トリーチェは抜けてるから、そんな事も思いつかないだろうが。


アレハンドロは、ナタリアとかいう娘に好意を持ったニコラスをトラッド子爵家ごと攻撃した男だ。
ベアトリーチェとレオポルドとの結婚は大歓迎だったろうが、それであの家が立て直されては業腹だろう。しかも三年後には、妻の座をナタリアに明け渡すと言うのだ。


絶対に、絶対に、あのイカれ男はうちにも攻撃を仕掛けた筈、そしてきっとその時の俺も大活躍させられたに違いない、そうレンブラントは思うのだ。


重ねて言うが、今のレンブラントは何も覚えていない。だが、確信めいた考えが彼を怒りに駆り立てる。

そのくらいには、レンブラントはベアトリーチェの話した過去に腹を立てていた。

だって、嫁いでまで助けに行って最後には刺殺されたと言うのだ。

しかも妹は、それでもまだ自分を刺した相手を助けたいと思っているのだから始末に負えない。


まあ絶対、その件だって例の執着男が絡んでるんだろうし、一番許せないのはそいつであるのに間違いはないのだけど。


そんな事を考えているとレンブラントのうちに再び怒りが湧き上がりそうになり、だがそこで時計が視界に入る。


「・・・と、そろそろ時間か」


溜息をひとつ。

それから、必要な書類を手にして、レンブラントは応接室へと足を向けた。


腹芸が出来ないあの男レオポルドには、話の全容を伝えるべきではないだろう。レオポルドの好いた相手がナタリアという女で、そのナタリアのすぐ側にいるのがアレハンドロだ。そう思って彼に伝えるべき内容を頭の中で吟味する。


「全く・・・政略結婚にもそれなりの意味があるってこと、あいつらには分からないのかねえ?」


好きな相手と結婚するのは別に良い。だがそれは、相性や条件が釣り合った上での事だ。結婚はゴールではない。始まりに過ぎないのだから。


愛し合った者同士がめでたく結ばれました、二人はその後もずっと幸せに暮しましたとさ・・・なんてエンディングは物語の中だけだ。

現実では結婚式の後に延々と続く日常がある。それこそ、死が二人を別かつまで夫婦は人生を共に歩むのだ。

愛情だけではやっていけない。人が生きていくには金も物も必要だ。「愛してる」の台詞だけで腹が膨れる特殊な人間だと主張するなら話は別だが。


「まあとにかく、今はエドガーが本気を出してくれたから良かったけどな」


夢見がちな妹も、少しは大人になったという事なのか、その事にはレンブラントも安堵している。


ベアトリーチェも、エドガーも、それにレオポルドだって、幸せになってもらいたいと、こう見えてレンブラントは思っている。


巻き戻り前の自分が、何を思ってどう動いていたか本当のところは分からないが。その時の自分もきっとそうであったと信じたい。


応接室の扉前に立つ。

レオポルドはもう到着して、部屋に案内されたと聞いている。


はあ、と大きく息を吐く。


本当だったら、レオポルドにも色々とぶちまけてやりたいのだ。

自分の性格をよく考えてから相手を選べとか、もっとしっかりしとけとか、結婚を甘く見るなとか。


ベアトリーチェ曰く『運命の恋人』であるナタリアとやらも、レオポルドの相手としてはどうかとレンブラントは思っている。

どれだけ綺麗で清らかで素直な女性なのかは知らないが、報告書を読んだだけで気分が悪くなるような変態ストーカーに長年付き纏われて、それでもまだそいつの異常性に気づいていないとか、疑う事を知らないにも程があるとレンブラントは言ってやりたい。

まあ幼い頃から囲い込まれて仕舞えば、気づきにくくなるのも仕方ないが。

そういう女性は、裏の裏まで読めるような多少腹黒い男と一緒にならないと夫婦揃ってカモにされて終わりだろうに。


ドアノブを握る手に思わず力がこもり、慌ててもう一度深呼吸をする。


別に恋愛相談に乗る必要はない、そこまでは管轄外だ。そう自分に言い聞かせて、少し頭の血が下がった所で扉を開けた。


そして、見舞いに来た筈なのになぜかベアトリーチェの部屋でなく応接室に通され、しかも現れたのがレンブラントである事に目を丸くしているレオポルドに向かって、妹を溺愛する男レンブラントはにこりと微笑みかける。


そして挨拶も早々に本題に入ったのだ。


「お前の家が狙われている」と。




しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...