24 / 128
その気がもしあるのなら
しおりを挟む「ストライダム侯爵家のレンブラント令息より、ベアトリーチェ・ストライダム令嬢の見舞いに来て欲しいとのお言伝がありました」
執事からのその言葉に、レオポルドは驚く。
幼馴染みとしてレンブラントとの付き合いはそれなりにあるものの、この様な形で呼ばれた事は一度もない。
というより、レオポルドに声をかけるとしたらそれはベアトリーチェであって、レンブラントではない。
事実上、これがレンブラントからの初めての呼び出しだ。
「・・・ベアトリーチェの具合がそれほど良くないという事だろうか」
暫く考えてから落とされたレオポルドの呟きに、執事は悲しげな表情を見せる。
「ご令嬢は不治の病を抱えておいでですから。もしや何か不測の事が起きたのかもしれません」
「そうか・・・では会いに行かねばならないな。ペン、返事をしておいてくれないか。明日の夕刻、学園が終わってから伺うと」
「畏まりました」
正直、時間を取られるタイミングとしては最悪に思えた。
四か月前の沈没事故の影響が残る中で、強盗被害に遭ったばかり。
レオポルドの父、ライナルファ侯爵は、事件の対応、そして損失の穴埋めと資金の遣り繰りで駆けずり回っている。
レオポルド自身も、学業の傍ら執務の一部を手助けしていた。
今は昼休みに一緒にランチを取るくらいで、ナタリアとの時間もゆっくり取ることは出来ていない。
運がなかった、その一言で済ませてしまうには、先の二件の影響は大きすぎた。
今はまだ持ち堪えてはいるが、こうも立て続けに事故や事件が起きてしまうと、これは呪いではあるまいか、この先もまた何か起きるのでは、と現侯爵は不安を募らせる程だ。
ライナルファにとっては非常に厳しく、多忙な時期であった。だが幼馴染みの病状が悪化したとなれば、当然駆けつけるべきだろう。なにせ異例の連絡が入ったのだから。
そこまで考えてから、レオポルドはふと思う。
そう言えば、ここ数年、ろくに話もしていないな。
エドガーが隣国に留学し、幼馴染み同士で会う機会が更に減った。
学園では同学年だが、科が異なるためベアトリーチェに会うことは殆どなく。
最後にベアトリーチェと話をしたのは、レオポルドがナタリアに想いを伝えようと考え、言伝を頼もうとした時だ。
ナタリアと親しかった騎士訓練科の男子生徒が、家の事情で学園を辞めた時、他の男に声をかけられる前に、と焦って学舎の前でベアトリーチェに仲継ぎを頼もうとした。
いつも笑ってレオポルドの頼みに頷いてくれる彼女が、その時だけは珍しく力になれないと言ってきた。
更には、いつもの追い縋るような眼差しを向けられる事もなく、ただ貴方なら大丈夫よと励まされたのは少し意外だった。
体の弱いベアトリーチェ。
体を動かすのが好きな自分と違い、静かに座って本を読んだり刺繍をしたりするのが好きで、それでも無理をすればすぐに倒れていた。
その傍にいるのはいつももう一人の幼馴染み、エドガーで。
幼い頃から家族に可愛がられ守られていたベアトリーチェは、エドガーの掛け値なしの優しさも家族の愛情と同様に自然に受け取っていて、それがレオポルドは不思議で堪らなかった。
なぜ気づかないのだろう。
エドガーは優しい奴だけど、ベアトリーチェには別格に甘いのに。
剣一筋で色恋に疎いレオポルドでも分かる程だ、なのに当のベアトリーチェだけが気づいていない。
だから、そのエドガーが留学すると聞いた時はもの凄く驚いた。
あのエドガーが、よくベアトリーチェと離れる決心をしたものだ、と。
ベアトリーチェもきっと悲しむだろう。とても懐いていたから。
そう分かっていても、自分がエドガーの様に気の利いた慰めを言えるとも思えず、なかなか足を向けられずにいるうちに、交流はすっかり途絶えてしまったのだけれど。
「そうだよな。あのレンブラントが呼び出すくらいだ。可哀想に、きっと相当に具合を悪くしているに違いない。何か見舞いの品を用意して行こう」
ベアトリーチェの好きなものは何だったっけ、と考えながら、あれこれと見舞いの品を準備して、そして約束した次の日の夕方。
レオポルドは、訪れたストライダム侯爵家の応接室、人払いされたその部屋で、レンブラントから告げられた言葉に愕然とする。
「え、と・・・もう一回、言ってくれないか、レンブラント。ちょっと意味がよく・・・」
「だから」
青ざめたレオポルドとは逆に、レンブラントは至極落ち着き払った表情で紅茶の入ったカップを持ち上げる。
そして、まるで時節の挨拶を告げるかの様に、レオポルドが衝撃を受けた言葉を再び口にした。
「お前の家が、狙われている」
「・・・」
二回聞いても、やはりどう返答したらいいのか分からなかった。
レオポルドは考えるよりも体を動かす方が得意だ。
だから学園でも騎士訓練科を選んだ。
そうは言っても、ライナルファ侯爵家の次期当主となる身、そのための勉強をしていない訳でもない。
執務能力では、目の前の男レンブラントに遥かに劣るとしても、言われた事が全く分からないほど愚かではなかった。
ライナルファ侯爵家が狙われている --- そう告げられれば思い浮かぶ事は二つ。
四か月前に起きた商船の沈没事故と、八日ほど前に起きた荷馬車の強奪事件。
狙われている、我がライナルファ家が。
だけど、どうして。いったい誰が。
何の目的で?
侯爵家の人間が、誰かから恨みを買うような事をしたと言うのか?
狙われた結果が先の二件の事故だと言うのなら、まさかあの様な事がこれからも・・・
「・・・恐らく、まだ続くぞ」
レオポルドの考えを読んでいるかの様に、レンブラントの声が響いた。
「・・・どういう事だ、レンブラント。君は・・・何を知っている?」
微かに声を震わせながらそう話すレオポルドに、くく、とレンブラントは笑う。
「誤解するなよ。俺は不安がるトリーチェに頼まれて調査した結果を、お前に親切に教えてやっているだけだ」
「・・・ベアトリーチェに・・・」
レオポルドの目の前に、数枚の紙がひらりと落とされる。
「調査報告書だ。事故の前後にあった怪しい動きがそこに書かれている。状況証拠からしてそいつに間違いないが、いかんせん決定的な証拠がない。それでも平民ならば処理も可能だが、残念ながらそいつは貴族だ。法を無視して動くことは出来まい」
「じゃあ・・・」
「証拠を掴むまでは、多少の自衛は出来ても、やられっぱなしという事だ」
示された書類に目を落としながら、レオポルドの顔色はどんどん悪くなっていく。
「そんな、じゃあ最悪うちは」
「なあ、レオポルド」
レオポルドの声を遮って、レンブラントが口を開いた。
「これ、実はお前が撒いた種みたいなんだけど、どうする? 何とかする気はあるか?」
「え?」
「俺は無関係だから放っておいてもいいと思ったんだけどな。トリーチェが心配するんだよ」
レンブラントは挑むようにレオポルドを見つめた。
「それで? もう一回聞くぞ。お前はどうする? かかった火の粉を払うだけの気概はあるのか?」
105
お気に入りに追加
2,083
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる