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その気がもしあるのなら

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「ストライダム侯爵家のレンブラント令息より、ベアトリーチェ・ストライダム令嬢の見舞いに来て欲しいとのお言伝がありました」


執事からのその言葉に、レオポルドは驚く。


幼馴染みとしてレンブラントとの付き合いはそれなりにあるものの、この様な形で呼ばれた事は一度もない。

というより、レオポルドに声をかけるとしたらそれはベアトリーチェであって、レンブラントではない。

事実上、これがレンブラントからの初めての呼び出しだ。


「・・・ベアトリーチェの具合がそれほど良くないという事だろうか」


暫く考えてから落とされたレオポルドの呟きに、執事は悲しげな表情を見せる。


「ご令嬢は不治の病を抱えておいでですから。もしや何か不測の事が起きたのかもしれません」

「そうか・・・では会いに行かねばならないな。ペン、返事をしておいてくれないか。明日の夕刻、学園が終わってから伺うと」

「畏まりました」


正直、時間を取られるタイミングとしては最悪に思えた。

四か月前の沈没事故の影響が残る中で、強盗被害に遭ったばかり。


レオポルドの父、ライナルファ侯爵は、事件の対応、そして損失の穴埋めと資金の遣り繰りで駆けずり回っている。

レオポルド自身も、学業の傍ら執務の一部を手助けしていた。

今は昼休みに一緒にランチを取るくらいで、ナタリアとの時間もゆっくり取ることは出来ていない。


運がなかった、その一言で済ませてしまうには、先の二件の影響は大きすぎた。

今はまだ持ち堪えてはいるが、こうも立て続けに事故や事件が起きてしまうと、これは呪いではあるまいか、この先もまた何か起きるのでは、と現侯爵は不安を募らせる程だ。

ライナルファにとっては非常に厳しく、多忙な時期であった。だが幼馴染みの病状が悪化したとなれば、当然駆けつけるべきだろう。なにせ異例の連絡が入ったのだから。


そこまで考えてから、レオポルドはふと思う。


そう言えば、ここ数年、ろくに話もしていないな。


エドガーが隣国に留学し、幼馴染み同士で会う機会が更に減った。

学園では同学年だが、科が異なるためベアトリーチェに会うことは殆どなく。


最後にベアトリーチェと話をしたのは、レオポルドがナタリアに想いを伝えようと考え、言伝を頼もうとした時だ。


ナタリアと親しかった騎士訓練科の男子生徒が、家の事情・・・・で学園を辞めた時、他の男に声をかけられる前に、と焦って学舎の前でベアトリーチェに仲継ぎを頼もうとした。


いつも笑ってレオポルドの頼みに頷いてくれる彼女が、その時だけは珍しく力になれないと言ってきた。


更には、いつもの追い縋るような眼差しを向けられる事もなく、ただ貴方なら大丈夫よと励まされたのは少し意外だった。


体の弱いベアトリーチェ。
体を動かすのが好きな自分と違い、静かに座って本を読んだり刺繍をしたりするのが好きで、それでも無理をすればすぐに倒れていた。

その傍にいるのはいつももう一人の幼馴染み、エドガーで。


幼い頃から家族に可愛がられ守られていたベアトリーチェは、エドガーの掛け値なしの優しさも家族の愛情と同様に自然に受け取っていて、それがレオポルドは不思議で堪らなかった。


なぜ気づかないのだろう。

エドガーは優しい奴だけど、ベアトリーチェには別格に甘いのに。


剣一筋で色恋に疎いレオポルドでも分かる程だ、なのに当のベアトリーチェだけが気づいていない。

だから、そのエドガーが留学すると聞いた時はもの凄く驚いた。

あのエドガーが、よくベアトリーチェと離れる決心をしたものだ、と。

ベアトリーチェもきっと悲しむだろう。とても懐いていたから。

そう分かっていても、自分がエドガーの様に気の利いた慰めを言えるとも思えず、なかなか足を向けられずにいるうちに、交流はすっかり途絶えてしまったのだけれど。


「そうだよな。あのレンブラントが呼び出すくらいだ。可哀想に、きっと相当に具合を悪くしているに違いない。何か見舞いの品を用意して行こう」






ベアトリーチェの好きなものは何だったっけ、と考えながら、あれこれと見舞いの品を準備して、そして約束した次の日の夕方。


レオポルドは、訪れたストライダム侯爵家の応接室、人払いされたその部屋で、レンブラントから告げられた言葉に愕然とする。


「え、と・・・もう一回、言ってくれないか、レンブラント。ちょっと意味がよく・・・」

「だから」


青ざめたレオポルドとは逆に、レンブラントは至極落ち着き払った表情で紅茶の入ったカップを持ち上げる。

そして、まるで時節の挨拶を告げるかの様に、レオポルドが衝撃を受けた言葉を再び口にした。


「お前の家が、狙われている」

「・・・」


二回聞いても、やはりどう返答したらいいのか分からなかった。


レオポルドは考えるよりも体を動かす方が得意だ。

だから学園でも騎士訓練科を選んだ。

そうは言っても、ライナルファ侯爵家の次期当主となる身、そのための勉強をしていない訳でもない。

執務能力では、目の前の男レンブラントに遥かに劣るとしても、言われた事が全く分からないほど愚かではなかった。


ライナルファ侯爵家が狙われている --- そう告げられれば思い浮かぶ事は二つ。

四か月前に起きた商船の沈没事故と、八日ほど前に起きた荷馬車の強奪事件。


狙われている、我がライナルファ家が。

だけど、どうして。いったい誰が。

何の目的で?
侯爵家の人間が、誰かから恨みを買うような事をしたと言うのか?

狙われた結果が先の二件の事故だと言うのなら、まさかあの様な事がこれからも・・・


「・・・恐らく、まだ続くぞ」


レオポルドの考えを読んでいるかの様に、レンブラントの声が響いた。


「・・・どういう事だ、レンブラント。君は・・・何を知っている?」


微かに声を震わせながらそう話すレオポルドに、くく、とレンブラントは笑う。


「誤解するなよ。俺は不安がるトリーチェに頼まれて調査した結果を、お前に親切に教えてやっているだけだ」

「・・・ベアトリーチェに・・・」


レオポルドの目の前に、数枚の紙がひらりと落とされる。


「調査報告書だ。事故の前後にあった怪しい動きがそこに書かれている。状況証拠からしてそいつに間違いないが、いかんせん決定的な証拠がない。それでも平民ならば処理も可能だが、残念ながらそいつは貴族だ。法を無視して動くことは出来まい」

「じゃあ・・・」

「証拠を掴むまでは、多少の自衛は出来ても、やられっぱなしという事だ」


示された書類に目を落としながら、レオポルドの顔色はどんどん悪くなっていく。


「そんな、じゃあ最悪うちは」

「なあ、レオポルド」


レオポルドの声を遮って、レンブラントが口を開いた。


「これ、実はお前が撒いた種みたいなんだけど、どうする? 何とかする気はあるか?」

「え?」

「俺は無関係だから放っておいてもいいと思ったんだけどな。トリーチェが心配するんだよ」


レンブラントは挑むようにレオポルドを見つめた。


「それで? もう一回聞くぞ。お前はどうする? かかった火の粉を払うだけの気概はあるのか?」


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