【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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理由がないから

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王国歴1215年の六の月。


ベアトリーチェに再従姉弟はとこと称して専属の護衛マルケスが付けられてから三か月ほど経った頃。

事件はベアトリーチェにではなく、レオポルドの生家であるライナルファ侯爵家に起きた。


事業のために買い付けた商品を運んでいた荷馬車が、ライナルファ領の西境に位置する山中で盗賊に襲われ、積んでいた荷を全て奪い取られてしまう。



四ヶ月前の商船沈没事故に続いての荷馬車強盗。これで買い付けた商品を失うのは二度目となる。


ライナルファ家への経済的打撃は、決して少なくはなかった。




「お兄さま、これは一体どういう事ですか・・・っ?」


前回に沈没事故の知らせを聞いて倒れたせいだろう、ベアトリーチェがその件について人伝てに聞いたのは、その事件が起きてから五日も経ってからのことだった。

説明を求めるベアトリーチェに、レンブラントは涼しい顔で問い返す。


「どういう事とは?」

「お兄さまは密かに対策を取ってるのでしょう? だから私にまで護衛をつけた。でも標的は私じゃなくてレオポルドだわ。これ以上の被害が出ない様に、私に人員を割くよりも、あちらの家を守ることに・・・」

「ちょっと待った。どうしてそうなる」


レンブラントが手を上げてベアトリーチェの言葉を遮った。


「・・・え?」

「どうして俺がレオの家を守ってやらないといけないんだ?」

「え・・・だってそれはレオポルドさまが狙われているから・・・」

「意味が分からんな。なぜ俺があいつのために動く必要が? 俺はストライダム侯爵家の人間だぞ」


ベアトリーチェはその返答に目を丸くする。


「あいつが好いた相手を見つけ、それを逆恨みした男があいつの家にちょっかいを出した。そこに、俺があいつの家を守ってやらないといけないどんな理由が?」

「え・・・だって」

「あの家を守るために動くべきは、原因を作った本人じゃないのか?」


正論だ、ベアトリーチェは思った。

今回は特に、ベアトリーチェは二人の出会いにすら関わっていない。

だが、だからといって納得は出来ない。

ベアトリーチェが兄に巻き戻りについて打ち明けたのはライナルファ家の現状を正しく理解してもらうため。自分の想定通りにアレハンドロが動いているとしたら助けてもらうためだ。


だけど、兄はそんなお人好しではなかった。
自分の家に利がない事はしない、する気もない。


兄が自分に護衛を付けたのは、アレハンドロの周辺に探りを入れる際の保険にすぎなかった、そういう事か。


兄の真意を知り、ひとり解決策を見いだした気になっていたベアトリーチェは唇を噛む。


ならやはり今回もナタリアは、レオポルドは。


アレハンドロに引き裂かれて終わりなのか。

彼がいなければ何の障害もなく結ばれ、次の侯爵夫妻となったであろう二人が。


レオポルドに兄の様な立ち回りの上手さも狡猾さもない。彼はただただ真っ直ぐだ。

細かい配慮が出来る人ではない。言われなければ最後まで気づかない事もある。兄やエドガーと比べてしまえば、それこそ本当に貴族としては不器用すぎて、裏がなさすぎて。


・・・だから、彼が笑っている時は本当に嬉しい時で。

機嫌が悪い時は、大抵その原因は目の前に分かりやすく転がっていた。そんな単純で素直な人だ。


病弱なベアトリーチェを陰で笑う人は多くいた、同情する振りをして馬鹿にする人も。

ベアトリーチェの前では優しげな笑みを浮かべてそれらしい慰めの言葉を紡いでおきながら、陰ではとんだ欠陥品と嘲笑っていた。


政略結婚の駒にもならぬと、親戚も、侯爵家と付き合いのある人たちも、皆。


だから。
だから私は、彼が笑っている時は本当に安心できて。

今レオポルドが笑っているこの瞬間は、自分に何の問題もない、大丈夫なのだと安堵した。

そう。自分は、彼の前では楽に息が吐けたのだ。

ベアトリーチェに気を遣うでもなく、遠慮するでもなく、かと言って蔑む事もなく、ただ楽しければ楽しいと笑う彼が。


「・・・」


唇をきつく噛んだまま黙り込むベアトリーチェを前に、レンブラントは一つ溜息を吐く。


「・・・まあ落ち着けよ」

「・・・」

「俺はレオの家を助ける義務はないと言ったんだ。それをすべきなのは後継であるレオ自身だからな。だが正直、あいつには荷が重い相手だ。剣を使っての真っ向勝負なら話は別だが、生憎とあちらさんはそんな分かりやすい手を使ってはくれない」

「アレハンドロが何かしているのは確かなのね・・・?」


今さらな質問だが、ベアトリーチェはまだはっきりとした答えをこの兄から聞いていない。


レンブラントは首肯し、言葉を継いだ。


「前の沈没事故の前後に怪しい動きを取っていた事は確認済みだ。捕まえられる程の証拠ではなく、あくまでも関わりを匂わせる程度のものだが・・・ニコラス・トラッドの方も同じで、アレハンドロという男が絡んでいるのは間違いない」

「そう、ですか」


レンブラントは大きく息を一つ吐くと、ベアトリーチェの顔を覗き込む。

そして、しっかりと視線を合わせると、低くよく通る声で話を続けた。


「さっきも言ったが、俺が守るべきなのはこの家とベアトリーチェ、お前だ。俺にライナルファ家を守れと言うのは筋違いだ。それは俺の負うべきものじゃない」

「・・・それは分かります。でもレオポルドさまは、そんな」

「ああ。あいつはそんな器用な奴じゃないよな。通常の仕事ならばともかく、相手があんな蛇のような男では到底敵わないだろう」

「でも」

「それでも動くべきなのはあいつだ。あそこの次期当主はレオポルドなんだから。だが、レオが動くと言うのであれば、俺も少しばかり手助けをしてやらなくもない」

「・・・え」


俯いていた顔を上げ、兄を見る。

レンブラントは苦笑した。


「俺にだって幼馴染みとしての情はあるんだよ。あいつのことは別に嫌いじゃない。まあ・・・たまに気が利かな過ぎてムカついてたけど」

「・・・お兄さま・・・っ」

「なんだよ、そんな驚くような事か?」


レンブラントは眉尻を下げ、照れたように頰をかく。


「まあ、とにかく。一度あいつに会って話をしてみない事には始まらない。まずはそのための場を用意しないとな」

「はい!」


大きく頷くベアトリーチェに、レンブラントはこう続ける。


「と、いうわけで。トリーチェ」


にこにこと。


「お前、体調を崩して倒れてくれ」

「・・・はい?」


こんなことを。





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