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間に合わなかったことを知る

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「おや、お帰り、エドガー君。今回の帰省は急だったけど大丈夫だったかい?」


ドリエステの王立医学研究所に戻ったエドガーに、彼の直属の上司であり主任補佐でもあるカルティエが声をかける。


「はい、大丈夫です。無理を言ってすみませんでした」


軽く頭を下げ、急な休暇申請を詫びるエドガーに、カルティエは柔らかく微笑みかけた。


「いや、構わないよ。君からの報告はとても役に立っているんだ。効果が実証された成分を実際に服用した結果を私たちに知らせてくれて、とても助かってるからね。お陰で最適の配合率を見つける目処も立ったよ」

「いえ、感謝したいのは僕の方です。最近、彼女の調子が良くなってきている様で嬉しくて。それも、こちらのご厚意に甘えさせてもらったお陰ですから」

「効果が出ているのなら何よりだよ。なにせ症例が少なくてね。普通ならばこんな効率のいいやり方は取れないから」

「そう言って頂けると嬉しいです。出来るだけ急ぎたくて・・・間に合わないなんて事は、もう二度とあって欲しくないから」

「エドガー君?」


怪訝そうに名を呼ばれ、エドガーは「何でもありません」と首を振った。


「では、持ち場に戻らせていただきます」

「ああ頼むよ」


一礼して、エドガーは自分が担当する部署に入る。


既に作業を始めていた何人かの同僚が、エドガーに気づいて挨拶をした。

そのうちの一人、同期のロナウドが揶揄うような笑みを浮かべた。


「よう、エドガー。今回は随分と慌てて帰ったな。愛しのアーティちゃんに何かあったのか?」


いつものお約束の軽口。

帰国して戻って来る度に、儀式のように交わす言葉だ。
いつもであれば、何もないの一言で終わる筈の。

いつもならば。


だが今日は、振り返ったエドガーの顔を見て、ロナウドは目を丸くする。

それはいつもと同じにこやかな笑顔。

だが、その目には僅かに怒気を孕んでいた。


「エ、エドガー・・・?」


慌てるロナウドに、エドガーは笑顔のまま語りかける。


「あのね、ロナウド。馴れ馴れしくその呼び名を使わないでもらえるかな。彼女をアーティと呼んでいいのは僕だけなんだ」

「へ?」

「分かった?」

「あ、は、はい!」


肯定の返事を聞いて、エドガーはもう一度にこりと笑うと自分の机に足速に向かう。


「お、おっかねぇ・・・機嫌が悪いあいつなんて初めて見た・・・」


そんな呟きが聞こえた気がしたが、今日のエドガーはそんな事もどうでもよく思えた。


急がなくては。


エドガーは、この研究所では所属三年目の下っ端だ。

自分に出来る事など然程ない。

資料を揃えたり、データを比較して最有効な薬草を選定したり、薬品薬草の発注や管理を担当したり、実験に参加したり。


つい半年前にようやく効果の高い薬草を一つ発見した、自分で誇れる様な業績はまだそれくらいだ。


予想したよりも早いペースで進んでいるのは間違いない。それは皆も認めるところだ。だけど。

だけど、それでも。

間に合わないなんて事は。そんな事には。


もう二度と。









「・・・なんだって?」


ベアトリーチェの容体が気になって、予定外の休暇を取り帰国した日の夜。


面会したレンブラントの発した言葉の意味が分からず、エドガーは思わず聞き返した。


言われた言葉が何だったかは分かる、だがその意味が理解出来なくて問い返したのだ。


「だから。例の薬はお前が留学してから七年後に完成したんだってさ。つまり今からだいたい五年後な」

「・・・レンブラント? お前、何を言ってる?」


その後、レンブラントが口にした内容は信じ難いもので。


時間が巻き戻った?
学園でレオポルドに恋人が出来た?

その恋人がアーティの友だちで、でもレオポルドの家が没落しかけて、二人は結婚を諦めて。

でもそれは、その恋人の幼馴染みの罠で。


そして。


「アーティとレオが、契約結婚・・・」

「そう。しかもトリーチェから言い出した事らしい。その見返りにうちが資金援助をするんだとさ」


そこまでの話だけでも、十分に衝撃的だった。

だが、エドガーにとって最もショックだったのがそれに続いた言葉。


「薬は無事に開発されたらしいんだけど、ちょうどその頃にあいつ、死んじまうんだ」







「・・・」


エドガーはぐっと拳を握りしめた。


急がなくては。

早く、出来るだけ早く。


レンブラントの言葉が頭から離れない。



--- お前、前の時は留学したきり一度も帰って来なかったんだってよ

トリーチェとレオポルドの結婚式の時にも戻って来なかったんだってさ ---



それはそうだ。もし本当に時が逆行していて、前の人生でそんな事が起きていたのなら、自分は絶対に参加しになど帰って来ない。

その光景を目にして、笑っていられる自信など自分にはない。


そもそも、今だって本当は行ったきりになっていた筈。だってその予定でいた。

アーティに最初に留学の話をしに行った時には、少なくともそのつもりで。


一刻も早く薬を完成させるために、その手助けをするために、自分の持てる時間の全てを使おうと、そう思っていたから。


だけどアーティが言った。



--- 行ってしまうのね、寂しいわ

でも、立派な志で隣国へ旅立つエドガーさまを引き止めるようなことを言ってはダメね。私の我儘だもの ---



そして、ぽろりと涙を溢したから。



気がつけば、ちょくちょく帰ってくると口にしていた。


それを実行するとなると相当にキツいスケジュールになる事は分かっていた。でもそれを押しても構わないと思うほどには嬉しくて。


ずっと、優しい兄の様にしか思われてないと知っていた。

ならばせめて、その願い通りに行動しようと努力してきた。


だけど、あの時初めてエドガーは思った。願ったのだ。


もしかして、もしかしたら、君をこいねがってもいいのだろうか、と。


兄のように慕われるのでなく、幼馴染みとして寄り添うのでもなく、ただ一人の男として。


アーティ、君を求めてもいいのだろうか、と。




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