上 下
13 / 128

そして出会う恋人たち

しおりを挟む


結局、ニコラス・トラッドは第一学年の終了を待たずして学園を辞め、王国騎士団に入団した。

学園の騎士訓練科を卒業しての入団とは異なり、一般募集による剣の実技試験のみでの入団、それは主に平民たちのために開かれた門戸だ。


まずは候補生として訓練を受け、それから騎士見習い、騎士へと立場が上がっていくのは同じだが、そうなるスピードも、その後の出世に関しても、学園卒業者とそうでない者との差はかなりのものだ。

子爵令息でありながら平民と同枠での入団となったニコラスに、出世の望みは殆どないだろう。


そして。


未だナタリアと出会っていないレオポルドの家には、以前の様な事象は何も起きていない。


今週で第一学年の授業が終わる。
巻き戻り前の時は、この時点で既にレオポルドの家に不安要素がかなり多く現れていたというのに。


「・・・ただの考え過ぎかもしれない、だけど」


学園へと向かう馬車の中。

誰もいないのを良いことに、不穏な言葉が口を突いて出そうになり、べアトリーチェは慌てて口を噤む。


確証もないのに決めつけてはいけない。
たとえそれが、どれだけ『それらしく』見えようと。


今は当事者ではなく、遠くから第三者として見ているから、何かおかしいと感じるのかもしれない。

あれは、自分の独りよがりの親切だけが引き寄せた不幸ではなかったのかもしれない、と。

そう、もしかしたら自分が殺された原因だって。


・・・いえ、それはどうかしら。


だって、あれはドリエステが薬の開発に成功した事がきっかけだ。


ベアトリーチェは溜息を吐いた。


今はまだ何も分からない。

わざわざ自分を不安がらせても何にもならないのに。

レオポルドの家が無事なのは良いことだ、それで良しとすべきではないだろうか。


そう納得して。
けれどそんな悠長な考えも、学園に到着して直ぐに雲散する。


「やあ、ベアトリーチェ。久しぶり」

「・・・レオポルド、さま」


レオポルドが自分の前に現れた理由を予測して、ベアトリーチェは慄いた。


巻き込まれるのは簡単だ。ニコラス・トラッドがそうだったかもしれないように。

何も知らずに地雷を踏んで、気づけば粉々に吹き飛ばされ人生そのものが一変して。

それでも、巻き戻り前のベアトリーチェは巻き込まれたのではなく、自ら巻き込まれに行ったのだけれど。


だが今回は違う。

たとえあと六年もすれば病の悪化でどうせ死ぬのだと分かっていても、もう他の誰かの不幸に関わりたくはない。


だからこそ、その根源だと思ったこの恋を終わらせる事に決めたのだ。


・・・なのに。


ベアトリーチェは微かに眉を寄せた。


その様子に、レオポルドは不思議そうに首を傾げる。


ベアトリーチェが彼に会って不機嫌な様子を見せるなど、今日が初めての事だから。

だが、それはレオポルドにとってあまり気にする事ではなく。

故に彼はさっさと用件に入る。


「あの、さ。ベアトリーチェに頼みたいことがあってさ」


レオポルドは恥ずかしそうに、ぽりぽりと頭を掻く。


何を言い出すつもりなのか、ある程度の予想は立つ。
けれど、どうか当たらないでと祈るように目を瞑った。


だけど、そういう予想ほど当たるものだ。


「ええと、ナタリア・オルセンって子がベアトリーチェのクラスにいるだろ。実は、ずっと気になってたんだけど、前は付き合ってる奴がいるっぽかったから、声をかけられなくて」



・・・ああ。

顔を赤らめ、視線をあちこちに彷徨わせながらぽつぽつと語るその姿は、かつての風景と重なるもので。


この二人が運命の恋人たちだと言うのなら、祝福するべきなのだろう、喜ぶべきなのだろう。

でも今は。

やはりこうなるのか、頭に浮かぶ言葉はそれだけだ。

安堵と不安と期待と焦燥。


ナタリアとレオポルド。
空色の髪の乙女と、亜麻色の髪の青年。

今度こそ結ばれて幸せになってほしくて。

でも、もう二人の運命の歯車を狂わせないように、自分は何もせず、ただ黙って見守ろうと、そう思って。


だけど、もし。

もし自分の推測が当たっているなら、レオポルドが動くことで、また何かが変わる。変わってしまう。

今は無事であるライナルファ侯爵家に、もしかしたら何らかの危機が訪れるかもしれない。巻き戻り前の時のように。


そして、もしかしたら。

もしかしたら、だけど。

もしここでベアトリーチェがレオポルドの恋の手助けをすれば、ストライダム侯爵家にも何かが起こる、という事も有り得るのだろうか。


考えすぎ? そうかもしれない。
でも、本当に? それで片付けていいのだろうか。


そんな言葉が頭を過ぎるけれど、やはりそれは只の予想、あるいは妄想でしかなくて。


ならばベアトリーチェは。
ベアトリーチェの出せる答えは。


一つしかない。


「・・・確かに、ナタリアさまは私のクラスメイトです。でも私から何か言うほど親しい仲ではないわ。もし彼女に好意を持っているのなら、レオポルドさまから直接お話になる方がいいと思うの」

「あ、ああ。そうだな・・・やっぱりそうすべきだよな」


恥ずかしそうに俯くその表情は、かつてベアトリーチェが恋い焦がれたもので。

でも、不思議なほどに今のベアトリーチェの心には響かない。


「呼び止めて悪かったな、ベアトリーチェ」

「いいえ、こちらこそお役に立てなくてごめんなさい。ほら、私よく学園を休むでしょう? だから親しい方は本当に少なくて・・・私から話しかけても、きっとびっくりされてしまうと思うの」

「仕方ないさ。俺も男らしくない事を考えてしまった。やはり直接会って話してみるよ」

「そうね。そうなさって・・・他ならぬレオポルドさまからですもの。きっとナタリアさまも喜ぶわ」

「そうかな。そうだと良いけど」


そう言ってはにかむ彼に、ベアトリーチェは笑みを返す。


大丈夫。

ナタリアはきっと、今回もまた、あなたに一目で恋に落ちる。

それだけは間違いないから。


だけどごめんなさい、レオポルド。

私はもう、自分の手が誰かを救えるなんて、信じていないの。

だから助けはしない、でも邪魔もしない。

ただ、遠くから祈るだけ。

望む幸福があなたたち二人に訪れることを、恐れる未来が来ないことを。


「じゃあな、ベアトリーチェ」

「さようなら、レオポルドさま」


ベアトリーチェは軽く頭を下げた。


さようなら、大好きだった人。

私に決して優しくしてはくれなかった人。

真っ直ぐで、鈍感で、明るくて、裏表がなくて。

病弱だからと決して私を特別扱いせず、何の遠慮もせず。

そんなあなたといると、自分が病気だという事が忘れられた。だからあなたの側に居たいと願ったのかもしれない。

馬鹿よね。病気を理由に私を結婚相手に選ばないのは、レオポルド、あなたも同じだったのに。

でも、今回の私は、あなたに手を差し伸べる事はない。

だからあなたが。
ナタリアしか見えないあなたが頑張って。

今度こそ、ちゃんとナタリアを守って。



ベアトリーチェは静かにレオポルドの背を見送る。


ひしひしと迫る嫌な予感、決して当たっては欲しくない、けれど。


「ああ・・・」


怖くてたまらない。


どうしてだろう。

無性にエドガーに会いたい、ベアトリーチェはそう思った。

しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...