【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
7 / 128

初日の邂逅

しおりを挟む

・・・只のクラスメイトとして適正な距離を保つ、確かにそう決めた筈なのだけれど。


ベアトリーチェは、初日早々どうしたものかと途方に暮れた。



「アンタ、顔色悪いけど大丈夫?」


入学式早々、遅刻して講堂に現れたアレハンドロにそう囁かれ、ベアトリーチェの肩はぴくりと跳ねた。


どうしてここに・・・?


あまりに驚いたベアトリーチェは、暫し言葉を返せずにいた。


だって、彼は前の時、ナタリアと一緒に中央辺りに座っていたのだ。

その時のベアトリーチェは、ナタリアたちの斜め前の席だったから間違いない。


だから今回は一番後ろの席にしたのに。


そんな焦るベアトリーチェの内心など、隣の椅子にどかりと座った彼には知る由もない。


「具合が悪いんなら、保健室に連れて行ってやろうか?」

「・・・い、いいえ」


ゆるゆると首を左右に振った。

だが、アレハンドロは膝の上に乗せた腕で頬杖をつき、じっとベアトリーチェの顔を覗き込んでいる。


「・・・ホントに?」

「だ、大丈夫です。何かあれば、その、後ろにいらっしゃる先生方に声をかけますので」


前回の様に具合を悪くしても、最後列ならばすぐに教師に声をかけて手を貸してもらえる。

この座席にしたのはナタリアとの不必要な接触を避けるためでもあり、具合を悪くした時の自衛策でもあった。

そうだった、のに。


どうしてこの人アレハンドロがここにいるの。なぜナタリアと一緒ではないの?



ベアトリーチェの心の声も、アレハンドロには聞こえない。


「ふ~ん。まあ本人が大丈夫って言うんなら、別に構わないけどさ」


彼の飄々とした態度は巻き戻った後も健在で、こんな時にと我ながら思うけれど、何だか笑いそうになってしまった。


もちろん、ここで笑うなどという愚は犯さない。
ただ彼から視線を逸らし、それ以降は沈黙を貫いただけだ。



だが結局、そのやり取りから約10分後。

ベアトリーチェは背後の教師に抱えられ、保健室へと運ばれる事になる。


そうしてホームルームが終わる頃にようやく自分が属するクラスに戻って来られたのだが。


「あ、来た。もう治ったんだ?」

「・・・どうも」


扉近くの壁にもたれてお喋りしていたアレハンドロに、再び声をかけられてしまった。


悪いことに、いやこれは巻き戻り前の事を考えれば当たり前なのだが、アレハンドロのすぐ側にはナタリアがいて、不思議そうな表情で二人を交互に見比べている。


「あら、知り合いなの? アレハンドロ」

「いや、入学式で席が隣だっただけ」

「ああアレハンドロったら、いきなり遅刻して来たものね。あ、私、ナタリア。ナタリア・オルセンです。同じクラスですよね? どうぞよろしく」

「・・・ベアトリーチェ・ストライダムと申します。どうぞよろしく」


失礼にならない様に、最低限の自己紹介を済ませてから横を通り抜ける。


座席は既に割り振られている。念のため、表を確認してそこに座った。

幸い、ナタリアたちからは少し離れた席だ。


椅子に座ると、ベアトリーチェは思わず溜息を吐いた。


立てた予定と違いすぎる。


なぜか入学して早々、ナタリアと別行動をしていたアレハンドロとは絡んでしまったけれど、ここから先は。


・・・必要最低限。必要最低限。


そう心の中で何度も呪文の様に繰り返していると、隣から可愛らしい声が聞こえてきた。


「あら、ここの席の方? ホームルームの時はいらっしゃらなかった様ですけど、どうかなさいましたの?」


右隣の席のバートランド公爵令嬢だ。

前はあまり話す機会がなかったから、家名しか覚えていないが。


「・・・お恥ずかしい話ですが、入学式の最中に具合を悪くしまして。今まで保健室で休んでおりましたの」

「まあ、それは大変でしたわね。もう大丈夫なのですか?」

「はい。もともと体が弱く、こういう事もしょっちゅうなのです。ですからご心配なく」


バートランド令嬢は優しい笑みを浮かべ、無理はなさならないでね、と続けた。


人好きのする、ホッとする様な笑みだ。


ああそう言えば、とベアトリーチェは思い出す。

この方は友人が多かった。

取り巻きを作って侍らせる、という印象ではない。
複数の令嬢たちと楽しそうに語らう姿を、よく見かけていた様に思うのだ。


・・・ナタリアとの距離を置くためにも、新しい友人を見つけた方がいいだろう。それは分かっているのだけれど。


この方は、自分と友だちになってくれるだろうか。

病弱で、すぐに体調を崩す自分なんかと。


にこにこと微笑みかけるバートランド令嬢からそっと視線を外し、僅かに俯く。


もともと引っ込み思案だったのが、巻き戻り前の記憶のせいで弱気な性格にさらに拍車がかかる。


卑屈になっては駄目、そう思うのに。


幾ばくかの魂胆があったとはいえ、悪意のない申し出をしたつもりで、なのにそれが自分やナタリアたちに最悪の結果を叩きつけてしまった。

その記憶が、今なお鮮明に残るベアトリーチェだ。


楽観的に考えられる理由など、当然ながら今のベアトリーチェには、なくて。


・・・また、何か間違えたら。

今度は違う人を巻き込むのかしら。不幸にしてしまうのかしら。


苛まれるような感覚に、深く項垂れそうになった、その時だった。


「わたくしヴィヴィアン・バートランドと申しますの。せっかく隣同士になったのですもの、仲良くしてくださると嬉しいわ」

「・・・」


降ってきた言葉に、思わず見上げた先にあった優しい笑顔に、ベアトリーチェはホッと息を吐く。


大丈夫。

もうレオポルドに恋焦がれる自分はいない。

身の丈を超えた幸せなど、もう望まない。

だから。


「ベアトリーチェ・ストライダムと申します・・・こんな私ですが、どうか仲良くして下さいませ」

「こちらこそ」


ヴィヴィアンは嬉しそうに微笑んだ。

しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

処理中です...