【完結】僕の恋人が、僕の友人と、蕩けそうな笑顔でダンスを踊るから

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
2 / 13

好き、だからこそ

しおりを挟む
 グレンは相変わらず休日は街に出かけているらしい。

「視察も兼ねているからね。それに街のみんなの顔も見たいんだ」

 そんな風に言っていた。
 王様なのに、忙しいだろうに。ちゃんと街の空気を感じたいらしい。

 そう。街だ。

 アンフェールの好奇心がむくりと起き上がる。
 アンフェールは現在の街を知らない。古代竜エンシェントドラゴン時代の街なんて遥か昔だ。色々変わっているはずなのだ。
 精霊の目を通して街を見た事はあるけれど、それはあくまで精霊の目。
 見えるビジョンはふんわりぽやんなのだ。

 見たい。歩き回りたい。そしてグレングリーズが作った国を、グレンが治める国を知りたい。

 ぱぁぁぁぁっ、とアンフェールの夢の情景が花開く。

 これは崇高な目的なのだ。
 別に美味しいものが食べられるんじゃないかなんて微塵も思っていない。
 連れてってくれないだろうか。
 王弟だって視察してもおかしくないと思うのだ。

「兄上、私も街に行きたいです」
「駄目だ」

 秒で断られた。
 もっと、うーん、とか思い悩む間合いを入れてくれてもいいのに。

「私は外の世界を知りません。この国を支える者として、このままではいけないと思うのです」

 アンフェールは尤もらしい理由をひねり出した。王族ぶりっこだ。
 表情も真面目だ。
 こんなに真剣に国の事を考える弟を見たら、グレンも考えを改めると思うのだ。

 思った通り、グレンはうっとなった。
 グレンは真剣に国の事を考えている。だから弟の高い志を折る事はしないだろう。
 策士アンフェールはにやりと笑った。

「……私一人ではアンフェールを守りきれるか不安だ。護衛もつけていいなら相談してみよう」

 勝った。

 アンフェールの中の小さいアンフェールたちが拳を突き上げ、わ~わ~と勝鬨かちどきを上げた。



◇◇◇



「おっ、殿下、可愛いな!」
「ありがとうございます」

 エドワードが軽い調子で声を掛けてくる。
 離宮の馬車どまりには既にエドワードとロビンが待っていてくれた。

 本日の護衛はロビンとエドワードだ。
 ロビンはグレンの夜間護衛をしていただけあって、体術に関してはかなりのものらしい。
 エドワードも第二王子の閨係を目指した時点から体術を仕込まれたんだそうな。七年、かなり強くなったんだぞ、と自慢された。

 アンフェールは素のままだと目立って仕方がない。
 なので目立つ髪を隠し、『認識阻害』の魔道具を使って目立たないようにしている。

 『認識阻害』の魔道具は眼鏡だ。太古の時代から『認識阻害』と言えば眼鏡だ、という位定番の魔道具である。
 アンフェールと親しい者は顔を認識してしまうけれど、知らない者は認識できないという術が仕込まれている。

 髪の毛はシンプルにアップスタイルにして、帽子をかぶっている。側仕え達は可愛い髪形にしたいとウズウズしていたが、そこは抑えて貰った。
 ファッションは街中にいそうな平均オブ平均の少年の格好らしい。
 これでどこから見ても街の子にしか見えないのだ。

「エドワードとロビンの普通の恰好を初めて見ました」
「はは。様になってるだろ? でもロビンは目立つかもな」

 エドワードの言葉に、ロビンをまじまじと見てしまう。
 普段着を着ている壁だな、って思う。ロビンが側にいるだけで、アンフェールは全然目立たないだろう。

「すまない、待たせた」

 グレンがやって来た。
 ラフなシャツと簡素なパンツスタイルだ。それでも内側から品の良さがにじみ出ている。番びいきのスパイスを抜いても平民には見えない。
 カッコいい。
 アンフェールは見惚れてしまう。番はいついかなる時もカッコいいのだ。

 そんなアンフェールとは逆に、グレンはこちらを見て早々渋い顔をする。

「アンフェールの可愛さが、隠せていないと思うのだが……」
「兄上、認識阻害の魔道具を付けているのです。眼鏡なのですが」
「認識出来ているが……」
「親しい相手には効かないんですよ。だから兄上には分かってしまうのです」

 そう言っただけでグレンは途端に機嫌が良くなった。
 弟に親しいと言われただけで喜んじゃうなんて、本当に可愛い兄なのだ。

「本当は護衛であればギュンターに頼みたかったのだがな。今は忙しいらしい」

 グレンは今回の護衛が二人であることの説明をしてくれた。

 ギュンターが忙しい理由は、アンフェールが渡した証拠資料関係で動いているからだ。
 あちらはとても重要な事なので邪魔してはいけない。
 ぶっちゃけ何に襲われてもアンフェールは一人で対処できる。『護衛を付けた』というアリバイ用の護衛なら誰でもいい。

「でも、エドワードとロビンとお出かけできるのは嬉しいです!」

 アンフェールはギュンターに処々任せてしまっている分、彼をフォローしたくなってしまった。
 ギュンターが来られなかった結果、教会時代の仲良し二人と時間を共に出来るのだと、嬉しさを前面に出して伝えた。

「いやあ、そうですね! ダブルデートみたいだなぁ! 勿論俺の相手はロビンですよ!」

 何故か急にエドワードが音量高めにロビンとの仲を主張しだした。
 なんだろう。二人の仲が良いのは知っている。

 エドワードの方を向いていたグレンがこちらを向く。優しい微笑みを浮かべていた。

「……そうか、アンフェールと私がカップルか」
「兄上と仲良しなのは嬉しいです」

 ダブルデートごっこでも、カップルごっこでも嬉しい。
 グレンと顔を見合わせ、えへへ、と笑い合った。
 手を取ってくれる。
 アンフェールはグレンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。




 馬車は街に向かいガタゴト走る。いつもと違う情景が車窓に流れるだけで随分刺激的だ。
 グレンは普段馬に乗り、街に行くらしい。
 馬に乗るグレンは精霊時代何度も見ている。絵本の王子様のようにカッコ良くて憧れてしまう。

 アンフェールも一回くらい乗ってみたい。

 アンフェールは前世でも今世でも馬に乗った事は無い。でも馬に『乗せて』ってお願いすれば乗れる気がする。
 しかし一度も乗った事が無い十四歳が急に乗馬が出来るのも不自然だ。
 だからいつも大人しく馬車に乗せられている。

「兄上、私も馬に乗ってみたいです」

 アンフェールは馬内のグレンに視線を移した。おねだりするよう、上目遣いだ。

「……一人で乗るのは危ない。二人で乗ろう」

 グレンはアンフェールの肩に腕を回した。

「いいのですか!」
「ああ。ちょっと先になるが纏まった休暇が取れる。その時に遠乗りをしてみようか」
「はい!」

 アンフェールは嬉しくなってしまった。
 グレンが纏まった休暇が取れると。しかもその時に遠乗りに連れていって貰えると。


 目の前のエドワードが「さりげなく次のデートの約束を成立させる手腕」と小さな声で呟いていた。

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

公爵令嬢は運命の相手を間違える

あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。 だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。 アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。 だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。 今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。 そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。 そんな感じのお話です。

私と婚約破棄して妹と婚約!? ……そうですか。やって御覧なさい。後悔しても遅いわよ?

百谷シカ
恋愛
地味顔の私じゃなくて、可愛い顔の妹を選んだ伯爵。 だけど私は知っている。妹と結婚したって、不幸になるしかないって事を……

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

(完結)無能なふりを強要された公爵令嬢の私、その訳は?(全3話)

青空一夏
恋愛
私は公爵家の長女で幼い頃から優秀だった。けれどもお母様はそんな私をいつも窘めた。 「いいですか? フローレンス。男性より優れたところを見せてはなりませんよ。女性は一歩、いいえ三歩後ろを下がって男性の背中を見て歩きなさい」 ですって!! そんなのこれからの時代にはそぐわないと思う。だから、お母様のおっしゃることは貴族学園では無視していた。そうしたら家柄と才覚を見込まれて王太子妃になることに決まってしまい・・・・・・ これは、男勝りの公爵令嬢が、愚か者と有名な王太子と愛?を育む話です。(多分、あまり甘々ではない) 前編・中編・後編の3話。お話の長さは均一ではありません。異世界のお話で、言葉遣いやところどころ現代的部分あり。コメディー調。

それは私の仕事ではありません

mios
恋愛
手伝ってほしい?嫌ですけど。自分の仕事ぐらい自分でしてください。

【完結】消えた姉の婚約者と結婚しました。愛し愛されたかったけどどうやら無理みたいです

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベアトリーチェは消えた姉の代わりに、姉の婚約者だった公爵家の子息ランスロットと結婚した。 夫とは愛し愛されたいと夢みていたベアトリーチェだったが、夫を見ていてやっぱり無理かもと思いはじめている。 ベアトリーチェはランスロットと愛し愛される夫婦になることを諦め、楽しい次期公爵夫人生活を過ごそうと決めた。 一方夫のランスロットは……。 作者の頭の中の異世界が舞台の緩い設定のお話です。 ご都合主義です。 以前公開していた『政略結婚して次期侯爵夫人になりました。愛し愛されたかったのにどうやら無理みたいです』の改訂版です。少し内容を変更して書き直しています。前のを読んだ方にも楽しんでいただけると嬉しいです。

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

処理中です...