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好き、だからこそ
しおりを挟む夜会会場を飛び出したパーシヴァルは、廊下から通路階段へと進み、外部に通じる階段を駆け降りた。
そしてそこから、庭園に向かって足早に進む。
広々とした庭園は美しく整えられていた。大人の腰くらいの高さで作られた生垣の迷路や薔薇のアーチに加え、点々と配置されたトピアリーと、中央には涼し気な音を微かにたてる噴水、遠くにはガラス張りの温室が見えた。
要所要所に配置された灯りは、幻想的な光で周囲を慎ましやかに照らす。
静かで落ち着く空間、だが点在する白いベンチに座っている者は誰もいない。というか、庭園に出ているのもパーシヴァルだけかもしれない。そう思うくらいには静寂が辺りを支配していた。
考えてみればそれも当たり前、夜会はまだ始まったばかりだった。
パーシヴァルは開始早々のダンスをケイトリンと楽しみ、踊り終わった時にダニエルがパーシヴァルに声をかけてきた。
パーシヴァルはダニエルに恋人のケイトリンを紹介し、ダニエルがケイトリンにダンスを申し込んだ。
初対面の2人は、踊りながらどんどん親密になっていって、最後には、ケイトリンが普段自分にしか見せない艶っぽい表情をダニエルに見せたところで―――
「・・・逃げだしちゃった。はぁ、我ながら情けない」
パーシヴァルは噴水近くのベンチに腰掛けた。すると、太ももにズボンのポケットにあった何かがこつんと当たる。
「・・・あ。そうだった、これ」
パーシヴァルはポケットに手を入れ、仕舞っていた小さな箱を取り出し、蓋を開けた。
中にあったのは可愛らしいデザインの指輪。
ケイトリンの左手の薬指のサイズに合わせて作らせた、彼女の綺麗な緑の瞳と同じ鮮やかな発色のエメラルドを嵌め込んだもの。
宝石店に勤める従兄弟にあれこれと相談しながら注文したのは7か月前で、出来上がったのは半年前。
それからずっと持ち歩いて、プロポーズの機会を窺い続けて、けれどタイミングを見つけられないまま今日に至ってしまった指輪だ。
「今夜こそ、って思ってたのに」
パーシヴァルは、薄暗い中、じっと指輪を眺めた。
あちこちに照明が置かれてはいるが、あくまで雰囲気を壊さない程度。
昼間のような明るさは望むべくもなく、ケイトリンの瞳の色と同じ筈の石を見ても、すぐにそうとは分からない。
それがまるで、自分の恋が本物ではなかったと無言のうちに突きつけられている気がして、パーシヴァルは溜め息を溢した。
「・・・結局、これの出番はないのかな」
プロポーズして、ケイトリンの指にこの指輪をはめる日を、ずっと夢見ていた。
明るくて、気が強いケイトリン。
元気で、前向きなケイトリン。
笑顔が素敵なケイトリン。
大人しい性格のパーシヴァルの背中をさりげなく押して、いつも勇気と力をくれた大好きな人。
そして、友人のダニエル。
ハンサムで剣の腕が立つ男で、ちょっと口は悪いけど、男気があって情にも厚い。
家格は同じ伯爵位で、嫡男である事も同じだけど、中の上の見た目のパーシヴァルと比べ、外見も中身もずっと上だ。
つまり、ひと言でいえば雲泥の差なのである。
「・・・ダニエルと僕が並んでいたら、そりゃケイトだって、ダニエルの方を選ぶよね」
ダニエルは長く隣国に留学していたから、今までケイトリンと出会わずにいただけ。
もしダニエルがこの国の王立学園に入学していたら、学園でケイトリンと出会って恋に落ちたのは、パーシヴァルではなくてダニエルだったのかもしれない。
―――いや、違う。恋に落ちたのはパーシヴァルだけで、ケイトリンは最初から・・・
「・・・ああ、でも」
暗い庭園を灯りがほのかに照らす中、パーシヴァルが呟く。
「好き、だったなぁ。ケイトリンが・・・ケイトが大好きだった」
ぽろりと零れた言葉に、パーシヴァル自身が違うと首を振る。
だったじゃない、今も大好きだ。
「大好き、なのに」
いや、それも違う。
大好きだからこそ、きっと願うべきなのだ。
愛する人の、これからの幸せを。
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